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27/10/2004

 その昔、後白河法皇だったかが天下三不如意と言ったのが「賀茂川の水、双六の賽の目、比叡山の山法師」だ。その賀茂川というか、高野川と合流した下流の鴨川も、ここんとこはおとなしいようで、1935年以来、大きな氾濫はないらしい。
 京都の古老の話を聞くと、その1935年の氾濫では「上流から牛が流されてきた」そうだが、先日、水害のあった豊岡というか、兵庫県の北部というと思いつくのは「但馬牛」だ。高級和牛のブランドになっている。
「但馬肉」と書くと「ただし馬肉」と読まれそうだが。
 豊岡市内の水害の状況とかは報道されているのだが、但馬牛のいるあたりは、どうだったんだろうか。
 さて、1935年くらいだと役牛も多くいたんだろうけど、今の牛は乳牛か肉牛だ。乳牛は雌牛、肉牛は雌牛か去勢牛ということで、今の雄牛の用途は精子採取用くらいだから見る機会はめったにない。
 その雄牛を見た機会が、これまでに小千谷と山古志村であった。このあたりでは「闘牛」というか「牛の角突き」という風習があって、愛玩動物として雄牛を飼っている。その闘牛を見に行って始めて「玉付き」の牛を見たのだ。
 その小千谷付近で地震があって、山古志村は全村避難だそうだ。このあたりは錦鯉の養殖をやっているのだが、養殖池の水が抜けて鯉が死んだというニュースもあった。ところが牛がどうなったという報道はない。
 ちょっと気になってる。

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Commentaires

山古志村の住人で、一旦は避難所に行ったものの
牛が気になって、様子を見に行ったという人の映像を見ました。
黒まだら色の、ものすごく顔が大きな牛だったので
(体も大きいのかも知れないけど、顔しか見えなかった)
もしかしたら、あれは闘牛だったのかも知れません。

私は新潟と言えば米どころ、くらいしか思い浮かばないのですが
なぜか錦鯉の養殖のことだけは知ってました。
なんかそういう小説を読んだことがあったんだけど、
どういう話だったのか、タイトルも作者も忘れちゃった・・・。
吉村昭あたりかなあ・・・・。

Rédigé par: しのぶ | le 27/10/2004 à 01:39

 小千谷山古志の牛は、南部短角牛といい、岩手県の九戸郡出身の牛で、茶色が多いです。
 ただ、ここんとこ、やっぱし闘牛をやってる奄美や沖縄方面からも牛が来ているようで、黒くて角大きめです。
 体重は1トンくらいあります。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 27/10/2004 à 22:24

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