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21/04/2005

brotherhood/태극기 휘날리며

 韓国映画で「西便制」と「春香伝」が気にいったのなら、「祝祭」も見ればどうかと奨められた。いつも寄る店では貸し出し中だったので、最も大量に置いてあった、韓国映画史上最大の動員を記録したという「태극기 휘날리며(太極旗を翻して)/brotherhood」を借りてみた。
img054 朝鮮戦争の映画だ。朝鮮戦争の映画というと「MASH」や「トコリの橋」とか、けっこうアメリカ映画の題材になっている。そして、これらの映画では韓国軍は脇役というか「背景」だった。この映画では主役と敵役の両方をやっている。
 朝鮮戦争というのは、北朝鮮と韓国、人民軍と国連軍、共産軍と自由主義の戦争ということになっている。そして、物語は韓国軍の兵士となった兄弟の話だが、兄弟の敵は朝鮮人民軍だけではない。朝鮮人民軍も出てくるのだが「背景」にしかすぎない。この映画では「私」と「公」の戦争が描かれている。
 朝鮮戦争の勃発により家族で避難中、弟が無理矢理に徴兵され、兄がそれを助けようとして、一緒に徴兵されてしまい、家族と引き離される。国という「公」によって家族という「私」が引き離される。
 人民軍に圧され、韓国軍は南に追いつめられる。兄は、勲章が貰えれば、弟が除隊して貰えると聞き、必死で闘う。何とか軍から抜けようとしていたのが、「私」のために戦いはじめる。
 米軍がイムチョンに上陸し、形成が逆転する。兄は、戦うことが自己目的化していく。最初の動機は「私」なのだが、もはや「公」として戦っている。いい兵士を演ずるために「公」のタテマエを借りることもある。けれども、本当にいい兵士になってゆくのだ。北の兵士となったかつての友人を、アカだから、捕虜にすると足手まといになるからと、「公」のタテマエで殺そうとするに至ってしまうのだ。それを止めるのは「私」を失っていない弟だ。
 中国義勇軍が参戦し、また形成逆転する。退却しながら、郷里のソウルに兄弟は立ち寄る。
 ここで、兄の許嫁が殺される。彼女は、麦が貰えるからと、貧しいからと共産党組織に接触したから、韓国の防諜組織に殺される。「私」の理由でも「公」に接触したから、敵対する「公」に殺されるのだ。助けようとした兄弟は捕らえられ、別れてしまう。そして兄は弟が殺されたと思いこむ。
 南北は均衡を保ち、休戦を前に38度線付近で陣取り合戦が行われている。弟が韓国側に殺されたと思った兄は、人民軍側に加わり英雄になってしまっている。
 元々、同じ民族だから、軍服を着替えれば、それで簡単に変われるのだ。軍服だけではなく「イデオロギー」も着替えなくちゃいけないはずだけど、そんなもの、この兄弟にとっては、どうでもいいことなのだ。「私」の都合で簡単に着替えることができる。
 結局、最後まで「私」を守った弟は、「公」に翻弄された兄を「私」に取り戻すのだが、兄は死んでしまうという話。
 弟は「私」を守ったけれども、知らない人は簡単に殺しちゃう。その殺された相手にも、この兄弟のような物語はあるはずだ。でも、徹底して、この兄弟、それも弟の個人的視点で描くというシンプルさで、弟にしか感情移入を許さない。その弟が死なないのは最初のシーンでわかってる。テンポもいい。お金もかけてるから迫力はある。だから、安心して見てられる。
 戦闘シーンでは足がもげたり手が取れたりしてけっこうグロい。でもだんだん馴れてくる。たくさん、それもあっさりと登場人物が死ぬ。それにも馴れてくる。だから泣ける映画とか言う割には泣けない。馴れちゃうのだ。兄弟がだんだん立派な兵士になり、「私」から「公」に馴れてゆくようにだ。
 馴れないためには、DVDという日常的なメディアで見るより劇場で見た方がいいと思う。でも再度、劇場で見るという気にはならない。
 民族と言うより、家族が「公」に翻弄される悲劇を描いた作品だ。そして、この「公」というのは、結局、今の6カ国協議の6カ国に帰結する。現在も世界の半分以上を支配している「公」なのだ。とりあえず自国にさえ注意していればいい国とは違った韓国の事情が背景にある。
 というのが私の見方なのだが、監督がそういうつもりで作ったのかは知らない。イデオロギーとか国家とか、そんな悪い夢から覚めようとまで言うつもりはないかも知れない。でも、いろんな見方ができる方が、いろんな趣味の人が楽しめる。だからこそ、ヒットしたんだろう。

 アメリカ軍の飛行機が3カ所出てくる。南に追いつめられた韓国軍が反撃しようとする時に、制空戦闘機の編隊が上空を飛ぶ。韓国軍が北へ攻め込もうとしている時には戦略爆撃機の編隊が上空を飛ぶ。38度線の戦闘では艦上攻撃機が対地攻撃を行う。制空権を取り戻す編隊、無差別爆撃を行う編隊、近接支援の戦闘機と、アメリカ軍は戦況を表現するための「背景」に使われているのが、妙に印象的。冷戦時代のアメリカ映画では点景にもならなかった韓国人兵士の「私」が主役になり、主役だったアメリカ軍が点景に使われた映画だ。

 韓国らしい、大作らしい映画だと思う。でも、疑問がひとつ。映画は朝鮮戦争の50年後の現代のシーンから始まる。そして、最後に、現代のシーンで終わる。。。と思ったら、戦争直後の弟の帰還シーンが付いてくる。なぜなんだろう。意味があるからそうしてるはずだ。単に、ほっとするシーン、未来志向のシーンで終わらせたかっただけではあるまい。やっぱり、韓国映画ってラストが不思議だ。

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初めて劇場で韓国映画を観た。 (韓国映画はビデオでもほとんど観てなくて、シュリも... [Lire la suite]

Notifié le le 21/04/2005 à 08:57

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