« タブブラウズとアクセス解析 | Accueil | アクセス解析の目的 »

18/04/2005

訃報

 1973年は、南海ホークスが最後に優勝した年だ。この時のヘッドコーチで、攻撃面の指揮を取っていたのが、ドナルド・ブラッシングゲームで、燃える男というニックネームから、ブレーザーを登録名にしていた。そのブレーザーが亡くなったそうだ。
 優勝の大きな要因は、前年に東映から移籍してきた江本、そしてこの年に加わった山内と松原と、先発投手のコマが揃ったからだ。その松原、後の福士投手の葬儀の記事が、ブレーザーの訃報の誌面に載っていた。
 この年は2シーズン制で、阪急ブレーブスとのプレーオフを制して優勝したのだが、そのブレーブスも今はない。日本シリーズの相手は常勝巨人軍。讀賣は今でもあるが「常勝」は、お亡くなりになって久しい。
 1973年当時から唯一残っているのが、この年にはじまった「あぶさん」くらい。大阪球場は、もっと後にだけれど、何度か行ったことがある。大阪球場も南海ホークスもなくなり、関係した諸々がなくなっていく。けれども、そんなに寂しいとは感じない。
 やっぱりプロ野球というのは他人事なんだと思う。でも、自分が草野球をして遊んだ場所がなくなってしまい、そこで遊ぼうという気はないにしろ、同じように遊んでる子どもが見られない。同じ体験が伝承されない。こういうのは、とても残念だ。
 妙な例えだけれど、引退していた越路大夫や燕三が亡くなった方が大きなニュースだがそう寂しくない。けれども、個人的に話をしたりした緑さんや八介さんが亡くなった方がずっと残念に思う感覚だ。
 公共工事が必要なら、不要な施設やその敷地を使えばいいのに、どうして子どもの遊び場を取り上げたのかな。
 草野球のグランドとして使われていた、京都御苑の饗宴場跡地の工事現場のサイトを見て思った。

|

« タブブラウズとアクセス解析 | Accueil | アクセス解析の目的 »

Commentaires

Poster un commentaire



(Ne sera pas visible avec le commentaire.)




TrackBack

URL TrackBack de cette note:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23135/3757623

Voici les sites qui parlent de 訃報:

« タブブラウズとアクセス解析 | Accueil | アクセス解析の目的 »