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01/05/2005

連帯を求めてコミュニケーションを取れず

 「女盛りvsエロオヤジ」シリーズは、まだ続くらしい。
 ロジックなテキストでは、「勝ち組@元祖」雑誌における連帯感について考察している。
 私が、最も警戒して接するのは鉄ヲタと呼ばれる人たちだ。なぜなら、私が鉄ヲタ用語をある程度理解できるからだ。
 普通、コミュニケーションというのは、共通の言語や共通の体験がなければ成り立たない。その共有部分をツールにして意志が伝達できる。このアタリマエのことがわからないのがバカである。例えるなら、相手の環境もわからずに、いきなり「何ちゃら.doc」というファイルをメールに添付して送ってくる人である。
 こういうバカでも、コミュニケーションが成立するのが「オタク」の世界だ。語源的に言えば「オタク」というのは、2人称の使い分けができない人が、オールマイティの2人称に「おたく」を使ったことに由来する。つまり、コミュニケーションのプロトコルを確立しない相手と、趣味についてのチョー・コスギの話が出来る人たちだ。
 さて、鉄ヲタの人たちに、鉄ヲタ用語が理解できるということが知られると、彼らは、延々と鉄道に関する話をしはじめる。相手が鉄道に興味がなくてもする人だ。少しでも理解できるとなると、うっとうしい限りの連帯を求めてくるのだ。私にとって首都圏の通勤電車に乗るのは苦痛でしかない。そんな電車は興味の対象外だ。鉄ヲタ用語が理解できるということは、鉄道に対して趣味的な興味があるのかとか、どういう趣味なのか、一切、確かめもしない。プロトコルを確立しない、従ってコミュニケーションもないままに連帯を求めてくるのだ。
 一般の趣味人とオタクが徹底的に違うのがこの点なのだ。たまたま鉄ヲタ用語が理解できることから、鉄ヲタを例に出したが、アニメやフィギュアやいろんな分野の、このような「オタク」が社会に認知されたのがバブルの時代だった。認知されたと言っても、受け入れられたわけではない。キモイとも言われることもあり、次世代産業の旗手とも言われたが、文化として認められたのだ。
 バブルから不況にかけての時代の「勝ち組」は「小金持ち」だけではなかった。実は「オタク」も「勝ち組」だったのだ。勝手に勝ったと思いこんでいただけかも知れないが、人生の価値観に沿った生き方を全うできているんだから「勝ち組」なんだろう。
 経済が萎み、ネットの普及によって社会も縮んだ。そうすると「オタク」と「小金持ち」の距離が近づくことになる。「オタク」もそれなりの年齢になってしまい、多数派と価値観が共有できる安心感が欲しくなる。「小金持ち」は自分たちと全く価値観の違う連中に気付いたのだ。「小金持ち」は、世の中に欲しい玩具のために購入に数ヶ月の収入を充てる連中、つまり「オタク」がいることに気付く。「小金持ち」の価値観に拘る限りは「大金持ち」には勝てないのだが、全く違う土俵があることを知ったのだ。何より、彼らのチョーコスギの連帯感が欲しくなる。「オタク」と「小金持ち」という「勝ち組」は、お互いに「勝ち組」ではないかもしれない恐怖に直面したのだ。
 でも「オタク」は今さらコミュニケーション・スキルを身につけることは難しい。そこで「オタク」たちは、半端なツッコミを覚えたのだ。テキスト・サイトや巨大匿名掲示板でツッコミや集団によるツッコミ「祭」を覚えたのだ。相手を理解しなくても、というか理解しない方がツッコミは楽なのだ。こうして「オタク」たちは、連帯感も持ったままで「勝ち組@元祖」になれたのだ。
 「小金持ち」は今さら、「勝ち組」の実績は捨てたくないし、新たな価値観を持つのは難しい。Macでも買っておけば、少数派が持てる連帯感くらいいくらでも手に入るのに。それに付け込んだ雑誌が現れたということだろうか。
 「勝ち組@元祖」の連帯感というのは、コミュニケーションのない連帯感なんだと思う。コミュニケーションがあると「勝ち組@元祖」でいられないからだろう。

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