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29/10/2005

茨城的おバカ映画

 モリアオガエルは日本各地に生息しているが、なぜか茨城にはいない。茨城といえば、筑波のガマなので遠慮しているのだろうか。その茨城の映画のDVDを、2本続けて5月に見た。それも「おバカ映画」のDVDだった。「ローレライ」で「おバカ映画」のことを書いたので、5月の直後に他で書いた文を転載してみる。
 なお、片方は天然「おバカ映画」だが、片方はスタイルとしての「おバカ映画」で、同じ茨城というだけで一緒にするのは失礼かも知れないが、この2本で、茨城の新たなイメージが形成された。


img098 様式というものがある。お約束と言ってもいい。東映特撮の様式と言えば、半径数キロでロケしたような日常感あふれる風景、世界制服を企む組織が幼稚園バスを乗っ取るという矮小化だ。
 その伝統を正しく踏まえている。全くアリモノと言っていいような校舎での導入部、幼稚園バスがショッピングモールに変わっているが、話のスケールの大きさと映像のセコさのギャップは、これぞ東映特撮と拍手したくなった。
 主要俳優の拙さ、これぞダンドリ芝居という演出も、チープさを際だてていて、笑える。細かなことだが、宇崎竜童の職場姿が最初に出た時という不意打ちのようなギャグにはまいった。そして、そのシーンで刈り取ったあった田圃に、後のシーンではいつのまにか稲が生えているという、ギャグの追い打ちも秀逸。
 原作もアニメ版も見てないので、ストーリーというか、話の展開が唐突だと言うのは否めない。おそらく複雑な話をはしょったからだろうけど、結果、展開がご都合主義になっているのも、きちんと笑いのツボを押さえている。
 惜しむらくは、こういう様式がわかりにくい。エンドロールのバックにでも、スーパーの屋上で、着ぐるみでデビルマンショーを演じる主演2人、そして、本編での意味が不明な鳥を被った女の3人のシーンでも付ければ、もっとわかりやすいのに。
 劇場で4桁払った人は怒るかもしれないが、レンタルDVDなら充分に楽しめる。そろそろ新作扱いから旧作になるので、おすすめしたい。

img099 「デビルマン」の次にこの映画のDVDを見たのは偶然だった。でも、「日常的な風景」と「非日常的な風景」と撮り方で全く別の背景に見えてはいるが、同じ茨城で風景は似ている。実写と特撮というかアニメの合成という手法、そしてハイティーン2人の物語、共通点は多い。
 こちらはロストワールドの物語。こういうカッコの女の子って、たぶん80年代で絶滅したというのが普通の感覚。下妻という地名は知らなかったが、牛久大仏、取手乗換え、常磐線、貴族の森という「キー」で、生息していて不思議じゃないと思わせる。アマゾン、ジャングル、断崖という「キー」で恐竜が生きていそうに思わせるのと同じ。そういう別世界の話だから、何でもありで、無理目の設定、テンポ優先の無理目の編集、キャストの異質な演技の共存とか、普通はいけないことも全く違和感がない。
 そして、ホントに「こう見えて感動大作」なのだ。おバカ映画は偶然に作られることが多い。「キルビル」のように確信して作ることも出来る。そのことはちゃんと説明してくれる「シベリア超特急」を例に。そして、そういうバカ映画の体裁で、ちゃんと考えさせる映画を作ってしまったのがこれ。
 単なる友情物語ではない。自立した個人とは、ということを考えさせる。つまり、自立したつもりの個人、強いと思ってるだけの個人ではなく、ヒトはホントに自身を確立させた時に、友情を築くことが出来るし、ウソをウソと見分けることも、自分の行うべきこともわかるという話。
 事前の情報、例えば、宣伝やパッケージ、キャスティング、テレビ局がらみ、こういう予備知識で予想していた内容は裏切られる。その点も「デビルマン」と一緒。でも、こちらは、嬉しい方に裏切られた。
 パッケージデザインや宣伝手法で、男性で敬遠していた人もあるだろうけど、小池栄子のノーブラ姿や篠原涼子の局部のドアップもあると書いておこう。

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今日の子モリアオ(10/29)

img097 だいぶ寒くなってきたからか、夜になってもあんまり動かずに、瞳も「昼」の大きさで半分寝ているような感じだ。でも、餌の虫を入れた時は別で、動き出してよく食べる。冬眠の準備なんだろうか。

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28/10/2005

危ないのか

 脳梗塞で倒れて療養中と聞いていたが、「功労者」を貰うということは、ぼちぼち危ないということなのか。住さんあたりは順送りだろうと思うが。

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25/10/2005

C62(Nゲージ)

C62 一応、C62も完成とした。除煙板の周囲の縁取りも飾られているようなのだが、当時の写真だとあまり目立たないし、くどいようで、何よりも、きちんと入れるのが大変なので、省略した。
 やったこととして、プロポーションの加工。
・ボイラーの位置下げ。煙突の取り替え、ドームの高さを低くして、ボイラーの太さを強調。
・それにともない、除煙板の背を低く加工。。。。下部に隙間ができた。
・乗務員室の下部の成形。それで消えた区名札挿や通風口を追加。
・テンダーの車高下げと、後部の成形。
・従台車の前部形状を変更し、位置も前進。
・前照灯の取り替え。
 あと、2号機風にしつらえる加工として、
・煙室扉下部のエプロンを市販パーツで追加。
・煙室前面手摺を用白線と割ピン製に取り替え。
・給水暖め器の横のカバーのない状態に。
・加減弁ハンドルの付け替え。
・重油タンクの追加。古い乗工社の100円のパーツ。
・ランボードの飾りを洋白帯板で追加、つばめマークも市販パーツで追加。
 なお、給水ポンプとコンプレッサーもKATOのC62から外したパーツに交換してあるが、これはKATOのC62のパーツを、同社が発売していたロスト製のパーツに変更しようとして、外したものが残っていたため。
 他にも、乗務員室扉の後ろが屋根につながる部分のRを角にとか、簡単な加工はしているが、そんなに厳密なもんではなく、砂撒管元栓の位置の変更などはしていない。KATO製品で再現されている乗務員室の下部のディテールも一切無視。当時の看板特急の牽引機らしき雰囲気があればいい。

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24/10/2005

C59(Nゲージ)

C59 側面に白いラインを入れ、ナンバープレートを取り付け、一応、完成。加工中に、外した加減弁の作動ロッドが行方不明になったので、探すより早いと、洋泊線と帯板ででっち上げ、付け替えている。
 加工したポイントとしては、あまり多くない。
・動力ユニットを削り、ボディは無加工で車高下げ。
・炭水車の車高下げ。
・乗務員室の下部の成型。
・前照灯をKATOのパーツに取り替え。
 欲を言えばきりがないのだが、これで充分、C59らしくなったので、良しとする。

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C53(Nゲージ)

C53 黒塗装をして「一応完成」と言いたいのだが、ナンバープレートを形式名の入ったものに変更したい。市販のパーツがないので、どこから発売されるのを待つか、プリンターで簡易に作るか。C53のバリエーションのモデルが来月以降に発売されるらしいので、それで、どこからパーツが出るかも知れないので、待ってみる。
 やったことのまとめ。
・ボイラーの下部を削って高さを下げる。
・フロントデッキの傾斜角を急にする。掴み棒の位置変更。
・煙室扉の手摺の形状変更。煙室サイドのステップ追加。
・前照灯を取り替え。
・炭水車の車高を下げる。
・配管の一部撤去と調圧弁、逆転機作動ロッドの追加。
・汽笛は加工中に行方不明になったので、市販パーツの脚を変更して追加。
 それで、効果が大きいのは、やはりボイラー位置を下げたことと、その結果のフロントビューの変化のようだ。C53は重心位置を下げるのに苦労して設計したとかで、砂箱もデッキ上にある。なので、ボイラー回りの配管を省略したり、掴み棒の位置を外に変えるのも、下に踏ん張った印象を与えるには効果があるように思う。なお、これも画像をクリックすると大きめのが表示されるようにした。


036 ついでに、流線型のカバーのついたC53の方も加工を始めた。
 問題点は幅が広すぎること。これは、カーブ通過対策というよりも、シリンダーやロッド回りを一般型と共通として、その上からカバーをしているからで、多少、詰めても走行上は問題ない。
 詰めると、カーブ通過に問題が出そうだが、「走行性能」には「急カーブが通過できる」というだけではなく「ホーム等に引っかからずに走れる」というのもあるはずだ。そして、このC53の場合、後者の方が重要だと思った。
 検討した結果、20mmを切るくらいまでに狭めても、半径30cmくらいのカーブは通過できそうなので、客車とのバランスが取れるくらいまでに詰めることにした。

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C51(Nゲージ)

C51 テンダー側面に標記を入れて、一応、完成。画像をクリックすると、ちょっと大きい画像が表示されるようにしてみたが、大きくするようなもんじゃないな。

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23/10/2005

単位としての身体

 JR在来線の線路間隔は、3フィート半である。約3尺5寸。で、この「フィート」という長さの単位は足の寸法から来ているらしい。人によって足の寸法は違うだろうけど。
 何かの大きさを表現するのに、何メートル、何尺、何フィート、また、りんご何個分というのでもいいだろうけど、直感的にわかりやすいのは、人間の身体との比較だろう。だからこそ、フィートとかいう単位が発生したんだろう。
img094 さて、何かのオマケの恐竜のフィギュアである。なぜか人形が一緒に写っている。そのことをよくツッコまれる。これは、恐竜の大きさを表現するのにも、同時代には存在していなくても、人間と比較するとわかりやすいからだ。それで、恐竜のフィギュアとかも同じスケールの人間と並べている。


img093 恐竜映画というと、ジュラシックパークが有名だけど、かつてはこの「恐竜100万年」だったそうだ。コンビニで999円でDVDが売られていたので、買おうとしたら、売り切れているのに見本が置いたままになってたそうだ。それで、レンタルDVD屋にもあったので、借りてみた。
 1967年当時、どういうつもりでこの映画が作られたのかわからないが、とりあえず、100万年前に人類と恐竜が生息しているということになっている。アロザウルスやトリケラトプスといった恐竜の他にも、巨大な海亀とかイグアナとかイノシシも出てくる。
 今から見ると、完全なおバカ映画だ。当時もそうだったのかも知れない。1967年代の特撮というのは、こういうもんで、それでも凄かったんだと思って見た。滑空しか出来なかったと言われているプテラノドンが見事に羽ばたいてホバリングしているい特撮技術はけっこう凄い。
 それで見所というのは、このカバーにも描かれているラクエル・ウェルチという女優なのだ。それだけ。

img096 おバカな恐竜映画というと、やっぱりこの「ジュラシック・アマゾネス」だ。原題は「Dinosaur Island」というマトモなタイトルだが、この邦題の方がおバカっぽくて、内容も伺えていい。
 何しろ、設定も考証もムチャクチャ。特撮技術も今時のもんじゃない。まともな映画だと思って見るようなもんじゃないが、ひたすら突き抜けたバカっぽさが、いかにも洋ピンらしくて楽しい。
 以前に、レンタルビデオ屋で見つけて、見たのだが、最近になってDVDも置かれるようになったので、また借りて観たのだが、残念なことにDVDを売っているのを見たことがない。なお、レンタルのDVDは片面一層だった。

 恐竜映画には、こういうおバカ映画の名作もあるから、やっぱり、恐竜には半裸美女が似合うと思うようになったんだろうか。

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22/10/2005

育ちすぎ

img095 モリアオガエルというのは樹上性のカエルである。なので、カエルの住居に、安い観葉植物の鉢植えを入れていた。
 ところが、こいつら、カエル同様というか、思った以上に成長する。そしてカエルの住居に納まらなくなってしまった。
 まずはサトイモの仲間だが、葉っぱにカエルが乗るもんだから、その重みで茎が倒れたまま成長している。
 ポトスも、茎から出た根っこが捕まるところもないまま、1mを超えてしまい、そのまま入れておくと床面を占領しかねない。
 パキラも上に出た芽はちょん切って、住居に納まるようにしていたが、葉っぱが大きくなって、ほぼ、住居の天井を覆ってしまう。
 ということで、納まらなくなって、鉢植えを入れ替えたのだが、こいつら育ちすぎた連中は、どうすればいいんだろう。

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ローレライ

img092 とあるblogでも話題になっていて、見に行こうかと思っても、結局、行かなかった「ローレライ」がレンタルDVDに出ていたので、見てみた。
 ここ数年、アニメの実写化映画というのがよく作られている。中には、キャシャーンやデビルマンのように、従来の映画の常識に挑戦するような「話題作」もあるようだ。
 そして、この「ローレライ」もアニメの実写化のようである。ただし、アニメの「ローレライ」は存在しない。
 もちろんフィクションなんだから「何でもアリ」でいいはずだ。荒唐無稽な新兵器を前提にしての物語だから、そこにはリアリティーは必要ない。でも、物語のシンの荒唐無稽さを納得させるのは周辺のエピソードのリアリティである。ところが、その周辺部分までがあまりにご都合主義に作られているとシラケてしまう。戦争映画では、相手の魚雷は全く当たらず、主人公側は百発百中なんてのはよくある話だけれども、それが「新兵器」のためとしても、こう極端に描かれているとあまりに都合よすぎなのだ。誘導弾でもない砲撃がB29に都合よく命中したりと、おそらくアニメじゃ通用しても、実写だと「説明」や「経緯」がないと唐突にすぎてしまう。
 おまけに、夏休み最後の日曜のプール並みの密集艦隊なんて、アニメでは許される絵面でも、実写の中のCGでは変だ。そして、その密集の故に艦船どうしが衝突してストーリーが成立するんだから、都合よすぎ。
 他にも、なぜB29が観測機の随行もなしで、単機で離陸するんだとか、そのB29以外の航空戦力、特に哨戒機や雷撃機米海軍機が全く出てこないのはなぜとか、ツッコミ所は満載だ。
 アニメだったり、昔々や未来の話だと、見過ごすようなツッコミ所が、実写で1945年という設定と、見ている方が「リアリティ」を想定できるために、ひっかかってシラケてしまう。
 登場人物の行動のリアリティを支えるために小道具を使うという手法がある。過去の行動や体験、つまり物語を小道具に象徴させるわけである。この映画、そういう小道具がやたらに出てくる。腕時計、野球のボール、あやとり、カメラとか。でも、その小道具には物語があるのだと思わせるだけで、それは描かれない。単に「キャラを立てる」だけの小道具に成り下がっている。だから、そういう小道具の存在も唐突なのだ。存在しないアニメ版には、その小道具のストーリーがあるんだろうけど、この映画ではストーリー上のノイズになっており、ボールやあやとりに至っては、持っていた人物が死ぬシーンで違和感を与える効果しか担っていない。
 つまり、この映画、アニメ版が存在しないのに、アニメの実写化によくある違和感、リアリティの在処の違いを消化してない、いっそ切ってしまえばいいのに部分を下手に端折ることで、唐突にしかならないとか、そういうところが満載で、それを差し引けば、何も残らないのだ。
 どうせ荒唐無稽な話なんだし、アニメ版も存在しないんだから、おバカ映画に徹すれば、救いようもあったろうに、どこかに山下泰文大将でも出すとか。ともかくも、おバカ映画としても楽しめない半端な映画だった。

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18/10/2005

自称「伝統」

 和泉元彌がプロレスデビューするそうな。山脇元彌が和泉元彌と称するのは、和泉流「宗家」を自称しているからである。
 私は能が嫌いだ。狂言は嫌いではないが、ほとんど見ない。狂言師も、狂言をやっているのを見るより、祇園あたりで大蔵流の人が歩いてるの見かける機会の方が多いくらいだ。
 だから詳しくは知らないのだが、和泉流狂言というのは、山脇さんという人が、三宅さん、野村さんという人と始めて、代々、5・600年間やってきた芸能だそうな。そのうち、三宅さんの系統の弟子にも野村さんという人がいて、この人も代々、狂言をやることになる。「万」の付く野村さんは、こっちの系統だ。
 ところが、このうち三宅さんと山脇さんの系統が途絶えてしまった。そこで「万」の野村さんから、三宅さんちを継ぐ人が出て、さらに、その復活三宅さんちから、「宗家」の山脇さんを継ぐ人が出た。これが和泉元彌のパパで、節子の配偶者の元秀という人だ。
 だから、「宗家」と言っても、元彌の父親からのもので、昔の「イエ」制度の上での形式的なものであり、芸能の伝承とは無関係なものだ。芸能の「伝統」から言えば、三宅ー野村(万)ー復活三宅ー復活山脇と、和泉流の末端にあたるわけである。
 「和泉流600年の伝統」とか自称していても、そういうわけで、「伝統」を継承している人は他にいくらでもいるわけで、自称「宗家」が特別なもんでもないし、最近になって復活した「宗家」がなくても、また同じように復活させればいいだけのことなのだ。
 それだけに元彌や節子が「伝統」とかを持ち出すのは、滑稽なだけではなく、哀れでもあるのだが、プロレスの世界なら、その必要もないだろうし、頑張ってほしいもんだ。

 三重県で、地鎮祭に公金を支出するのは、政教分離の原則を定めた憲法違反だという訴訟があった。判決は、宗教行事であっても「伝統的」「慣習的」に行われ宗教色のないものは憲法違反に当たらないということだった。文化財や伝統行事には宗教を起源に持つものも多いわけだから、許容されないと困ることも多いだろう。
 ちなみに地鎮祭というのは「日本書紀」に記述があるらしい。「日本書紀」は8世紀に成立したらしいので、この頃には既に行われていたわけで。「伝統的」「慣習的」と言えるんだろう。首相が近代になってできた新興宗教に参拝するのとはワケが違うのである。
 三重県の訴訟を例に「神社」と称しているから、その参拝は「伝統」「慣習」と誤魔化すのは、由緒ある行事を借りて新興宗教を正当化しているわけで、元彌や節子が「伝統」とかを持ち出すのと同じような哀れさを感じる。

 さて、元彌は自称「狂言師」である。プロレスはタテマエでは「真剣勝負」ということになっている。相撲ほどかたくなに「狂言」を否定しているわけではないし、誰もが知っていることではあるのだが、やはり「狂言」はマズイだろ。
 それとも、プロレス界も能楽界同様に、元彌の芸を「狂言」と認めていないのだろうか。

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05/10/2005

30円の手間

 スーパー内に出店している鮮魚店で、40cmくらいの「天然はまち」が1匹150円で売っていた。安いのもともかく、小さいのであっさりしてるだろうと買うことにした。
 さて「3枚におろすと20円増、皮削ぎまでで30円増」と書いてある。
 180円だと、その場で処理して片身を2枚パックしてくれる。持って帰れば、適当な厚みにスライスすれば刺身になるわけだ。
 150円だと、持って帰ってから、頭と尾を落とし、3枚におろし、刺身にするには、皮を削いでスライスすることになる。この程度なら面倒ではない。ところが、たぶん、それだけではすまない。
 たぶん、3枚におろした片身は刺身にするだろう。もう片身も半分くらいは刺身にするかもしれない。でも、頭や残りを大根と煮てやろうとか考えてしまう。
 はまちはぶりの幼名だから、ぶり大根みたいなもんだけれど、ぶりよりも脂はのっていない。はるかにあっさりしてしまう。だから、味噌仕立てにしようか、キノコ類も入れてもあうかな、とか考えてしまう。
 それに大根もないから、買うことになるが、残った大根を近日中に使うだろうか。そうだ、さんまを焼いて、大根おろしにして付ければいいか。とか、数日中におでんを作ろうかとか、他にも考えないといけないことは多い。
 つまり、30円の手間というのは、お店にとっては、頭と尾を落として、3枚におろして、皮を削ぐことなのだが、こちらにとっては、買ってもいない大根の行く末までも含まれてしまうことになる。
 時間がある時なら、150円にしただろうけど、今日は何となく面倒に思ったので、180円にした。

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03/10/2005

C62とC59の加工(Nゲージ)

032 少し進んだ「つばめ」の牽引蒸気機関車の加工。「つばめ」というより、この組み合わせは、末期の「かもめ」だけど、一応、東海道仕様にするつもり。
 ディティールアップ加工というのはよく聞くが、どうも、ディティールダウン加工をしているような気がする。
 C62の方は、ドームの上を削って下げてみたら、幅が広く見えて、それらしくなった。削ってしまった砂箱蓋の代わりに市販パーツを付けてみたら、高すぎたので、プラの円盤を貼り付けるだけにした。
 従台車は、前部の加工ついでに可能な位置まで前進させてみたが、ちょっと半端。前よりはいいけど。
 ともかく、ボイラーを下げた効果はあるようだ。

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バトン

 yopiさんから、バトンがまわってきた。

■飼ったカエルの総数は?
 100匹以上。上陸してすぐ放流。

■今、飼ってるカエルは?
 モリアオガエルが10匹。卵塊から育てたやつ。
 ひょっとしてシュレーゲルアオガエルが1匹。上陸したカエル用のおうちの環境整備用にモリアオガエルの生息池周辺で拉致。
 ニホンヒキガエルが1匹。モリアオガエルを食っちゃいけないので、庭に放し飼いしてたのを、今は容器に収容中。

■最後に見た野良ガエルは?
 門番のアマガエル。

■よく見る、もしくは思い入れのある5種は
アマガエル。門番してるし、近所の自販機に住みついてるので、よく見る。
モリアオガエル。飼ってるということではなく、元々、好きなのだ。
ニホンヒキガエル。大昔に最初に飼ったカエル。けっこういるのに、そう見られない。
タゴガエル。昔からハイキングとかでよく見るし、最近も見飽きるほど見た。
ミヤコヨッピガエル。先日の野良ケロオフで、渓流の中にいるのを見た大型のカエル。

。。。。ここまで答えたのだが。「カエルの話ばっかりしている人に渡した」というだけで、よく読むとカエルバトンじゃなくて、元のミュージック・バトンだった。
 それで、答え直し。

■コンピュータに入ってる音楽の容量は?
 1,06GB (1,138,767,524バイト)...iTunes Musicフォルダー内がこんだけ。他にあるかも。

■今聞いている音楽は?
 野崎の段切り。‥たまたま、今、電話がかかってきて、着メロ。いつも無音ですが何か?

■最後に買ったCDは?
 何だろう。musicCDじゃなくて、データCDだと思うが、

■よく聞く、もしくは思い入れのある5曲
 
上々颱風/上々颱風
 上々颱風はよく聞くのだが、最初のアルバム、上々颱風3、愛があるから大丈夫、を聞くことが多い。

女子十二楽坊 /Shining Energy
 単にBGMに流しているだけだが、よく聞く曲ということになるんだろう。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ロリン・マゼール指揮)/Der Ring des Nibelungen
 やる気のない時に、ムリヤリ気分を乗せるために流すBGM。

竹本越路大夫/三十三間堂棟由来・平太郎住処の段
 そのうち語ってみたかった曲。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(カール・ベーム, ギュンター・アルント指揮)/魔笛
 音楽としてはフィガロの方が好きなのだが、こっちの方がいろんな演出をしてみたいと妄想をかき立てる。

■バトンを渡す5人
ここで、終わり。

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02/10/2005

揃った

 その後、2個ずつ2回、買ったら、5種類揃ってしまった。計6個。で、ダブリはボーグキューブ。
img091

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