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08/11/2005

作り山伏ツアーしませんか

 世の中には、様々な「物語」がある。「物語」は「事実」と違う。だからと言って「物語」を否定するわけにはいかないし、「物語」には「物語」として付きあえばいい。
 けれども、人によって付きあえる「物語」と付き合いきれない「物語」がある。私もそうだ。だから付き合いきれる範囲でしか「物語」には付きあわない。例えば、占いだ。血液型占いや占星術の話には付きあう。けれども、占いを実生活の根拠とするような人とは、あまり親しくしたくない。
 「仮名手本忠臣蔵」という「物語」がある。作られたのは1748年。モンテスキューが三権分立を説いた「法の精神」を出版した年である。モデルとなった事件は1701〜3年。物語の設定は室町時代初期だから14世紀半ばだろうか。
 1958年に今の天皇が婚約し、翌年に結婚している。1958年にもうひとつ世間が注目した結婚は、歌舞伎界の御曹司と宝塚スターの結婚だ。この2つの結婚話をモデルにお話を作ってみる。皇室と芸能といえば、あるジャンルの雑誌の定番記事だし、売れるかもしれない。けれども、日本国の象徴や国権の最高機関の議長を下手にネタにしにくい。そうだ、戦国時代末期から江戸時代の話にして、秀頼と千姫の話とそれと出雲の阿国が結婚したという話にして作ってしまえ。。。。257年ずらすとこういうことになる。
 歴史の授業では、この「仮名手本忠臣蔵」は、江戸時代中期の文化史の範疇だ。モデルとなった元禄時代の所にも、「この事件は、後に浄瑠璃や歌舞伎の題材となった。」として出てくるかもしれない。けれども、決して設定の室町時代には出てこない。「物語の内容」と「社会科学」は違うから当然だ。
 さて、私はカトリック系のミッションスクールで中等教育を受けた。生物や地学の授業も、世界史の授業も、宗教の時間もあった。地学の授業では宇宙の歴史について、生物の授業では進化論についての時間があり、科学者達が最も正確だとしている概念に沿った授業が行われた。宗教の時間には創世記についての時間があった。その内容に食い違いがあることに、私を含めた生徒も教員も誰も不思議に思っていなかったように思う。「物語の内容」と「科学」とは別物であり、それによって「物語による主張」が損なわれるものではないということを、理解できていたからだ。
 でも、アメリカでは、この違いを理解できない人たちの勢力がけっこう強く「創造論」などという新しい「物語」を作っているようで、今の大統領の支持基盤のひとつになっているらしい。
 このところ、ニュースや巡回先のblog等で、この「物語」と「科学」、あるいは「物語」と「事実」の混同に関する話題に、よく遭遇する。
 例えば、天皇についての論議だ。天皇の地位は国民の総意に基づく。「総意」というのは「物語」だが、天皇の地位は国民の意思によっているという意味であり、明治憲法の「万世一系」という「物語」の意味とは違う根拠になった。そして、国民の意思は国民の持っている天皇についての「物語」によって形成されるわけである。
 天皇が「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。」と言っても「信頼ト敬愛」の多くの部分は「神話ト伝説」という「物語」に起因してるのだ。
 明治よりも前にも天皇が存在していたのは事実である。ただし、多くの人が持っている天皇についての「物語」は、7世紀に起源を持つものもあるとしても、多くは明治以降に作られたものだ。明治以降に確立したからと言って「物語」を否定するわけではない。重要なのは「物語」の意味なのだ。だから、明治時代に出来た「物語」を、それ以前からあるように装うのは「物語」の価値を貶めるような気がする。日本史を和泉流宗家や竹内文書と同格にしちゃっていいのかと思う。
 「物語」を「事実」や「科学」と混同することも、「物語」の価値を貶めるような気がする。「室町時代初期に、日本に鉄砲はない。だから、定九郎が鉄砲に撃たれるのはおかしいので、矢に撃たれることにしました」などと言い出すと、じゃあ、一力茶屋があるのも変だとかで、結局、「仮名手本忠臣蔵」という物語を否定しないといけなくなる。
 天皇に関しては「皇統」という「物語」が明治時代以降に普及したわけである。「総意」という「物語」の背景にもなっている。ならば、その「物語」の意味するところについて考えればいいように思う。そこにY染色体云々という「物語」の作られた体系にない科学的発見を持ち込むのは、その「物語」を否定する方向にしか行かないように思う。もちろん、この「物語」の意味するところから「物語」が否定されるのはいいと思うが、「物語」を否定したくなさそうな人が、Y染色体云々と言っているのは滑稽だ。陵墓への学術調査が頑なに拒まれていることを知らないのだろうか。
 このような、「物語」と「事実」や「科学」との混同が目に付くのはなぜだろう。これも、「物語」を「事実」と思いたい「勝ち組@元祖」の影響かな、とも思う。

 ここでやっと本題に入る。先日のエントリーの大峰山の一件なのだが、「女人禁制」を維持しようとする地元も、撤廃させようとする「まともな」運動も、私は支持するのだ。
 先日のエントリーは、大峰山の女人禁制自体が主題ではなく、「伝統」に名を借りた「伝統」破壊や、社会の均質性に対する皮肉だ。それで、皮肉だけじゃなく、たまには正常位、じゃなくて、前向きなことも書いておこうと。
 結局、「女人禁制」が「物語」だと理解し、尊重するというのが唯一の解決策だと思う。
 「女人禁制」(当山には、女性差別を助長しかねない規則がありますが、当山の歴史的背景を理解いただき、当時の差別の状況をご理解いただくために、あえて当時の規則のまま、残しております)という、昔に出来た「物語」に付き物の注釈が暗黙の了解になればいいのだ。
 祇園の一力茶屋の門の前で、観光に来た知人に、七段目で由良之助が遊んだのがここね、と説明する。七段目はフィクションだから、モデルの大石内蔵助が遊んだというのも、室町時代という設定の由良之助が遊んだというのは「正しくない」というのは誰でもわかっているが言わない。
 大峰山も「女人禁制」ではあるが、事前に公表しない限りチェックはしていないし、女性が登ることは現実に可能だし、登った人も多い。でも「物語」としての「女人禁制の伝統」は、観光にとって重要な「物語」であり、寺側が撤回しようとしても、地元は賛成しない。
 中世に出来た「物語」に、性同一性障害という当時は知られていない「事実」を遡って持ち込むことも無理だろう。
 ということで、「女人禁制」という規則は維持すればいい。そして、「現実」に女性が登ればいいだけだ。

 誰か、大峰山に登りたい女性はいないだろうか。いれば一緒に行きたい。ただし、修験道の山であるので、「作り山伏」一行となって、登りたいと思う。
 もし、咎められたら、「・・・女性よと怪しめられるるは、おのれが仕業の拙きゆえなり。ムム、思えば憎し、憎し憎し、いで物見せん。」なぞと言って、鞭、、、じゃなくて、金剛杖をおつ取って、さんざんに打擲(ちょうちゃく)されることは、了解いただきたい。

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Commentaires

 ほう、南郷さんがその場で勧進帳を読むのですね。最後は見事な飛び六方で逃げると。

 物語というかお約束に対して妙な形で反論する人って確かに最近多いですね。彼らはやたらと勉強はしてるので知識は多くて、「ロジックの展開の仕方」を問題が問題になっているのに、こちらが知らないオタク的知識を振りかざしてくると。あれ、元に戻ってる(笑)
 私も血液型とか星座とか個人的にはどうでもいいですが、授業では「血液型性格論は科学的根拠がない」と教えています。そういう役目なので。

Rédigé par: ロジックなテキストの人 | le 08/11/2005 à 12:44

 山伏について謂れあるや如何に問われた場合に。スラスラ答えられるように勉強しておきます。でも途中で「念仏嫌れえな・・・」とか言ってしまい、止める人たちと立ち回りをして逃げのびるということになるかも知れません。
 ぜひ、ご参加ください。強力姿で。間違えて、ロシア人やポケモンの格好で来ないでくださいね。
 一般的でない「オタク的知識」はここでもよく使っています。でも、相手が知らないから使ったり、論拠にするのは恥ずかしい。誰でも知ってる事例に交換可能な形でないと。
 お役目とは言え、「血液型性格論は科学的根拠がない」とわざわざ教えないといけない生徒も問題アリかと。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 08/11/2005 à 15:12

間違っても神主さんとか巫女さんとかで行ってはいけないのですね。笛もってって、ふきながら橋の上を飛び回ってもいけない・・と
 金剛杖で打たれるのはいやだなぁ・・ばらむちならともかく・・

Rédigé par: 龍 | le 08/11/2005 à 17:09

 龍くんは男の子らしいので、別に、コスプレしなくてもいいんですけど。
 そういや、知人の小柄な女優さんが日本舞踊も習っていて、発表会で師匠の橋弁慶の相手を勤めたことがあるんですが、見に来た友人に「一寸法師が可愛かった」と褒められたと嘆いてた、ということがありました。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 08/11/2005 à 20:00

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