« 殺人タイマー | Accueil | 山ちゃん、しずちゃん »

14/01/2006

説得力か納得力か_7

 以前のエントリーの文を多少、書き換えてみた。

 現在の皇統断絶の危機は、皇室の意義が政治権力が変わろうとも尊重されてきた「歴史」にもかかわらず、現在の政治権力の根拠となっている国民が、皇統をどれだけ理解しているかという「状況」があることが出発点になっていることは確かだろう。
 男系維持が男女平等という現代の考え方から理解しにくいことは確かだ。だから女系容認とするなら、皇室そのものが平等という概念を超越したものであり、同じように認められないことになりかねない。
 一方、男系維持のための方法は、現代人の家庭観では受け入れにくい。皇統というのは時代を超えた存在であり、現代人の家庭観で判断すべきものではない。つまり、男系維持には皇統の正しい理解が必要であり、伝統は現代の感覚で判断すべきものではないことも理解される必要がある

 前の文が受け入れられなくても、この文だけを読むと、その通りだと思う人がいるかも知れない。この2つの文の趣旨は全く同じにもかかわらず。
 前者が、客観的な記述であり、後者が男系維持が正当という立場で記述しているだけだ。
 さらに、前者の文では「現代社会での価値観と相容れない伝説は共有されないだろう」という予測が伴うのに対して、「現代人の感覚で理解しにくとも、伝統だから理解されるだろう」と読む前から予測しているから「腑に落ちてしまう」。
 たぶん、前の文の趣旨をちゃんと読みとれないということではない。読みとらないだけだ、「納得力」を妨げる意識があるからだろう。
 例えば、「敵・見方」概念だ。目的が同じなら「納得力」を持つ、違うから持たないという意識だ。自分たちはわかっている、相手はわかっていないという意識だ。
 例えばY染色体の話だって「男系維持論者にアホがいるからって、主張自体が間違ってるわけではない」ですむ話だ。それを、目的が一緒だからと「男系ということを説明しているだけ」ということにする。男系の説明だけなら必要もない概念を持ち出してくるから、意味があると誰だって思う。単なる言い換えに持ち出して来るのはアホだ。だけど、目的が同じだからと、何とか「納得力」を発揮しようとする。
 誰でも、コミュニケーションのためならば、相手の趣旨を読みとろうとする。だから「説得力」に対応して、相応の「納得力」が期待できる。
 ところが、コミュニケーションのためではなく「自分の位置」を確認したいだけの場合は、「敵・見方」概念の方が重要だから、書いた相手の立場がまず気になる。その立場次第で「納得力」が大きく変わるから、いかに「説得力」があっても無駄な場合と、全く「説得力」がなくていい場合がある。
 この「自分の位置」というのは、たまたま例が天皇の話だったが、天皇の問題に関する位置や、政治的な位置、経済的位置だけじゃない。むしろ、昨今は自分の趣味だとか、単に持ち物とかが、自分の「位置」に重要だったりする。ツールに対して帰属意識を感じてしまう人もいるようだ。ネット上で使っている掲示板やblogシステムに帰属意識を感じて、それを以て「自分の位置」と考えてる人すらいるようだ。そういう傾向を意識し、ユーザーに帰属意識を持たせようという商売もあるわけだ。

|

« 殺人タイマー | Accueil | 山ちゃん、しずちゃん »

Commentaires

Poster un commentaire



(Ne sera pas visible avec le commentaire.)




TrackBack

URL TrackBack de cette note:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23135/8149555

Voici les sites qui parlent de 説得力か納得力か_7:

« 殺人タイマー | Accueil | 山ちゃん、しずちゃん »