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20/01/2006

説得力か納得力か_8

 黒子、あるいは黒衣という人が芝居に出てくる。芝居で死んだことになった人は、黒子が黒布で隠すと、おもむろに起き出して退場する。始めて見る人は異様に思うかも知れない。
 劇場に電気照明が本格的に使用されたのは20世紀のことである。四国琴平の金比羅歌舞伎に江戸時代の劇場が復元されており、現在は電気照明が使われているが、昔ながらの形で芝居を上演したことがある。全身、黒ずくめの人や黒い布は見えなかった。
 見えないということは、ないように見えるということだ。映画のワイヤーアクションのワイヤーと一緒で、存在はわかっていても、「見えない」ことが「ない」ことの「説得力」になっていた。だから対応する「納得力」を観客が持っていた。
 ところが、劇場が明るくなると、黒子も黒布も見えてしまった。それで「説得力」がなくなっても、観客に「納得力」があるために、100年を経過しても続いているわけである。
 普通は「説得力」がなくなれば、「説得力」のある方法に変えればいいのだが、この黒子や黒布に関しては、代わるべき方法もないままに、観客に「納得力」」があるからいいやと、劇場が暗かった時代からあった歌舞伎の場合には続いているのだ。舞台の両側で裏側を隠している黒幕は他の舞台でも使われるし、耐震性能を隠すのに関連しても使われる
 演劇には、ないものをあると伝える、あるものをないと伝える、見えているものを違うものだと伝えることが必要だ。この伝達には「説得力」が必要であるが、観客の「納得力」に依存することがある。これが様式である。

 死んだ落語家の桂枝雀の目標は、「出てきて高座に座ってるだけで、全く噺はしなくとも、客が喜ぶ」ことだった。その枝雀は英語落語を演っていた。落語に対する「納得力」は日本語に依存する。だから、言語を超越した「説得力」を得るためだったのだろうか。でも、彼の目標は、芸の「説得力」ではなく、客の「納得力」だけで喜ばせるという方法だと思う。

 「説得力」と「納得力」で連想するのは市川團十郎だというコメントを別ブログで見た。市川團十郎は、ただいま病欠中だが、すごい人だ。なぜ、すごいかというと、客の「納得力」の喚起力がすごいのだ。
 そもそも歌舞伎というものは、ドラマを描くだけのものではない。ドラマを描くなら「毛抜」は「粂寺弾正」のドラマだ。でも歌舞伎は「粂寺弾正実ハ市川團十郎実ハ堀越夏雄」を見せる必要がある。だからスターが必要であり、襲名が行われる。
 市川團十郎はあまり「説得力」のある芝居をしない人だ、できなかったのかも知れないが。堀越夏雄氏は「市川團十郎」になる前から、将来のポジションに相応しい役を演じてきた。「説得力」がないという自覚はされており、既存の「納得力」の利用に努力された方だ。言い方を変えると「不器用だからカタを守ることに徹する」だ。また「説得力」がないということは、誤解して受けとる人もいないわけである。さらに、市川團十郎実ハ堀越夏雄が、ファンを大切にする極めて好人物だということも知られている。
 そのような積み重ねが、何を演っても「團十郎だから、これでいいのだ」と客が「納得力」を持つようにな状況を作ったのだ。演技における「説得力」のなさは「鷹揚」と評価されている。
 私も馴れない間はドナルドダックみたいに感じた声も、違和感があるだけで不快というものではなかった。だから、馴れればそれが特色だと思うし、今は彼の魅力と感じており、あの声だから粂寺弾正の愛嬌が強調され、「毛抜」が単なるヒーロー物語でなく、コメディとしての魅力を持てるのだと思ってしまっている。
 「毛抜」にはバカでかい毛抜や磁石が小道具に出てくる。かつての観客は、小さいと見えないから大きくしているという「納得力」を発揮していた。本当は小さいと変換する必要があった。彼の「毛抜」では、その大きさをコメディの要素とする「納得力」を持てるのだ。本当は小さいという変換の必要もない。彼は「毛抜」の見方を変えてしまったし、変えた方が魅力ある芝居になっている。
 ここでは「毛抜」を例にあげたが、彼の出る芝居は、市川團十郎でもなく堀越夏雄の魅力を見せる芝居になったのだ。歌舞伎がスター演劇である以上、それは正しい。そして「鷹揚さ」とあわせて、演じる芝居への支配力の大きさから、「スケールが大きい」「骨太な芸格」と評価されている。

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Commentaires

 團十郎についてうまいこと書かれちゃいました。そう、彼と同じくらいの説得力しか持たない人は結構いるのに(澤村よっしーとか(笑))、客の納得力の喚起の仕方が全然違うのですね。
 富十郎や菊五郎といった役者は、「なぜその役者がいいのか」を、歌舞伎をよく知らない人にも伝えることが可能なのですが、團十郎はそれがとても難しい。しかし「評価されている根拠が、簡単に説明できない」役者の方がスター性は高いと言えましょう。海老蔵も素質はあると思うんですけどね、もうちょっとファンは大事にした方がいいよ(笑)

Rédigé par: コバヤシ | le 20/01/2006 à 11:48

 口跡、容姿、表現力、工夫力とかカタログスペック的に分解すれば「なぜいいのか」説明しやすいのは仁左衛門や吉右衛門でしょうね。でも、團十郎のカタログスペックには、彼のページにしかない「12代目團十郎度」という項目があって、それが100%ですので、説明しにくい。
 海老蔵は、なまじ従来のスペックでも高得点を取れる可能性があるので、それでいいというか、その方がいいでしょうね。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 21/01/2006 à 02:14

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