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27/01/2006

宝くじの謎

 宝くじって、なぜ買うのだろうか。ちょと考えてみた。
 単純なモデルにして言えば、100円づつ1万人が払う。集まった100万円のうち、50万円をシステムの費用や社会事業や利権として引いて、50万円を誰かに払うという構造だ。
 当たった1人は、100円払って50万円貰える。残りの9999人の100円は丸損だ。合計しても、100万円払って戻るのは50万円だから、トータルで考えれば、買う人は損という計算になる。
 それなのに買うというのは、「100円損した気分」より「50万円当たるかもしれない気分」の方がいいからだろう。気分を買うものなんだろう。
 逆を考えてみればいい。1万人が100円づつ貰える。要する費用は100万円だけど、そのうち貰った人から返して貰うのは50万円だ。抽選で当たった人は50万円を払わなければならない。この「くじ」は、トータルで考えると絶対に得だ。
 でも、誰も買わないと思う。100円貰ってもそう嬉しさより、50万円払わないといけない方が嫌だからだろう。
 つまり、客観的な損得よりも、確実でも100円と不確実でも50万円の比較になってしまっている。自分が得するかも、損するかも、という気分の方が大事なんじゃないかとも思う。

 駄菓子菓子。
 北海道や九州に行くのは飛行機の方が列車より「少し」便利だ。列車と飛行機じゃ事故の確率もその結果も大きく違う。でも、大勢が少しいい目を見て、少数の誰かが酷い目にあう飛行機を使う。皆が100円得をして、1人が50万円損をするくじは買わないのに、なぜだろう。

 宝くじで1億円が2回当たることはあるのだろうか。普通はないと考える。それでは、自分に1億円当たることはあるのだろうか。当たるかも知れないと思うから買う。
 1億円当たった人に、さらに当たる確率と、自分に当たる確率は一緒なのに。
 自分に1億円当たると嬉しいからだろうか。確率が一緒なのに、結果が嬉しい方が「ありうる」と思っているわけだろう。贔屓のチームが優勝すると予測する野球ファンやサッカーファンと同じ心理なんだろう。

 駄菓子菓子。
 知人の例えば、忠信さんや赤星さんが宝くじを買っても、1億円があたるかも知れないと思ってしまう。忠信さんに1億円が当たるのも、誰かに1億円が2回当たる確率と同じなのに、ずっとありうると思ってしまうのは、なぜだろう。

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