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06/01/2006

説得力か納得力か_1

 年末に、トンデモさんを集めた番組があったようだ。ずーっと見ていたわけではなく、数分だけ見たら、トンデモ界で有名な人が出ていた。この人、簡単に言えば、相対性理論やホーキンスの宇宙論は「自分がわからないので、その理論は間違っている」という本を出している。
 彼が「わからないから」間違っているというのは、笑いの対象となっている。その一方で、彼は独自の理論を提唱している。その理論は、普通の人には「わからないから」信じないし、間違っていると思われ、笑いの対象となっている。
 「わからないから」「信じられない」という点では同じなんだけど、彼が「わからない」理論は正しいとされ、彼以外が「わからない」理論は間違っているとされているんだから、可哀相な話である。
 「わからない」コトより「よくわかる」コトを信じるのは、自然だ。現代では、創造論を知らずに進化論を信じている人はいくらでもいるが、創造論者というのは、たいてい進化論を知っている。その上で進化論は「わからない」が創造論は「よくわかる」から、創造論を信じてらっしゃるわけだ。
 「以前から、釈然としないものを感じていましたが、これを読んで(もしくは聞いて)、目から鱗が落ちました」というのが、トンデモさんに嵌るきっかけということは多い。
 このように、一見、相対的なものに思えてしまう両者の「わからない」だが、一方がトンデモさんと言われる所以は、実は、両者の「わからない」は質的に違う「わからない」からなのだろう。
 その質的な違いにより、同じ「わからない」でも、ホーキンスやアインシュタインの理論に「説得力」がないのではなく、かのトンデモさんには理論に対する「理解力」がない。そしてこのトンデモさんの理論には「説得力」がなく、一般の人にその「理解力」がないわけじゃない、ということになっている。
 それで「理解力」という概念の中で、特にコミュニケーションに関わる理解力、説得力に対する理解力として「納得力」という言い方をしてみる。そうすると、あるリクツに対して、同じ「わからない」でもリクツに「説得力」がないのか、聞く方に「納得力」がないのかというケースがあることになる。
 それで、自然科学の分野においては、「わからない」の理由が、「説得力」にあるか「納得力」にあるかは、わりとわかりやすくなっているようだ。

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