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03/02/2006

千日前の北と西

 千日前の北側、道頓堀の芝居町の裏町はかつて「芝居裏」と呼ばれており、遊里だった。ここに漬物を漬ける名人がいたそうだ。さらに西に行くと戎橋筋で「橋筋」と呼ばれた盛り場で、この地にあった「鮓虎」が「こうこ巻」をはじめた。芝居裏の漬物名人から、その漬けたたくあんを海苔巻きにしてほしいという注文をよく受け、評判がいいというので、店でも売り出したそうだ。明治の末か大正の頃の話である。

 というのは、このblogにコメントをいただく人が調べた結果であるが、以下の内容から、紹介していいのか悪いのかわからないので、ご本人様のコメントを待ちます。

 それまで、大阪の巻きずしは「太巻き」だったので、この細巻きの「こうこ巻き」は評判になったようである。新こうこのできるのが節分のころなので、今頃の時期には人気だったろうと思われる。

img073 さて、上に紹介した方や新見公立短大の岩崎竹彦氏の研究などから、恵方巻きの起源には以下のような説があるらしい。古いものから紹介する。

1.豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴が、偶々節分の前日に巻きずしの様な物を食べて出陣し、戦いに大勝利を収めたという故事を元にしている。
 この説は、主に寿司業界で採用している。以前は「巻きずしを丸かぶりして」となっていたのだが、海苔抄き製法が考案されたのが1718年頃(亨保2年)、海苔巻きすしが考案されたのが1770年(安永年間)ということから、最近では丸かぶりしたのは「巻きずしの様な物」に変わってしまっている。

img0752.江戸中期ごろ、節分はちょうど新しい香の物が漬かる時期なので、香の物入りの巻き寿司を切らずに丸のまま恵方を向いて食べ、縁起をかついだ。
 なお、「江戸中期ごろ」ではなく「大正初期」で、他は全く同じ説もあり、主にスーパー等で採用されている。大阪が発祥とするなら「こうこ巻き」の起源から大正年間の方が正しい。こうこ巻きが、巻き寿司丸かぶりの発生に関わりがあることを伺わせる。

3.江戸時代の末期から明治初め頃の船場が発祥で、商売繁盛、無病息災、家内円満を願った。包丁をいれると「縁が切れる」という縁起かつぎから、長いまま食べる習慣が生まれた。
 主に海苔業界で採用している説であり、「文献によると」と書かれた例もあるが、その文献が紹介される例はいまだに見ていない。さらに「明治時代に一旦廃れた」という一節が追加されることが多い。

4.昔、色町で、女性が階段の中段に立ち、巻きずしをまるかぶりしながら願い事をしたらかなったという故事にちなんだもの。スーパーのちらしにあったらしいが、5の派生だろうか。

5.船場の旦那衆が、節分の日に遊女に巻きずしを丸かぶりさせて、遊んだことが起源。
img074 最古の物証とされるのは大阪市中央区の本福寿司所蔵の「大阪鮓商組合」の1932年のチラシで「この流行は古くから花柳界にもてされてゐました。(中略)惠方に向いて無言で壱本の巻寿司を丸かぶりすれば其年は幸運に惠まれる」とあり、最ももっともらしい。
 それで、なぜ節分なのだ。
 関西の花街に節分の夜に行ってみると、女装した男性を見かける。節分の日には厄落としと称して様々な悪ふざけが許容されていたようで、そのひとつの「お化け」という風習が今でも行われている。かつては、路上に腰巻きをこっそり落とすという奇習もあったようだ。一種の悪ふざけということだったのだろうか。

img076 でも、遊女に巻きずしを丸かぶりさせて遊んだというが、何が面白いのだろうか。それは謎である。
 やはり「こうこ巻」というか細巻きの発祥の時期に始まったことと関係があるのだろうか。それに「縁起がいい」とでも言わないと遊女は銜えてくれなかったのだろうか。

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Commentaires

南郷さん、こんばんは。
TBありがとうございました。
私の方からもTBさせて頂きました。

>でも、遊女に巻きずしを丸かぶりさせて遊んだというが、何が面白いのだろうか。それは謎である。
>やはり「こうこ巻」というか細巻きの発祥の時期に始まったことと関係があるのだろうか。

遊女に巻きずしを丸かぶり、、、細巻の発祥の時期に
始まったと聞くと、大いに関係ありそうな気が
いたしますが……(あくまで想像です 大爆)
ご丁寧に画像付きですね。。。

Rédigé par: coply | le 05/02/2006 à 00:30

海苔巻き業界さんが主張されている秀吉の家臣云々の起源は
「~とされる」とか「~の様な物」と言った感じで
いまいち信憑性がない、とは思っていました。
まあ、こういった縁起物とか伝承物って
口伝で伝わっていくものだから、
伝言ゲームのように内容が変わっていったり
あるいは意図的に変えられたものも数知れず、なんでしょう。

んでもっておおかたの人が気にしているのが
「だからなんで節分に」ということなんですが
これが「厄落としと称して様々な悪ふざけが許容されていた」
ということなら、海苔業界さんとしては
「5.」の説もご存じだった、ということになりますか?
(というより、こっちが先で秀吉は後付?)

Rédigé par: しのぶ | le 05/02/2006 à 02:31

>coplyさま
 ご丁寧に画像付きというのがタイヘンで。
 ここのDVDのジャケ画像はクリックすると販売サイトに飛ぶわけです。というのも「画像」の著作権対策なのです。
 丸かぶりしている画像は、自分で撮ったのを使おうとしても顔出しNGのモデルなので、他から持ってきました。それで著作権対策に、やっぱりリンクまで付けなきゃならない。

>しのぶさま
 5の説は、1990年当時に大阪海苔問屋共同組合理事長だった藤森秀夫氏によるらしいので、海苔業界もご存じです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 05/02/2006 à 15:42

篠田統:すしの本、によれば、昭和44年の節分の日、大阪市立博物館の館長から「本日巻きずし有り」の広告はどういう意味なんでしょう?と質問がでた。という話が記されています。かなり狭い地域の風だったようですね。

Rédigé par: fumi | le 11/02/2007 à 19:20

 この広告は阿部野橋での話だし、大阪市立博物館には、1940年の大阪鮓商組合後援会の広告があるそうなので、狭い地域というよりも、限られた人しか知らなかったのでしょう。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 12/02/2007 à 04:34

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