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04/03/2006

オヤジ・ロールプレイング

 いつも書いてるけれど、このblogはけっこうイイカゲンに書いている。よく「わかっている」ことは飯のタネなので、タダのところには書かない。ほとんどわからないことは書けない。なので、いきおい、日常のスケッチとか「わかっていないことがわかっている」ことが中心になる。
 多いパターンは、「どうも、よくわからない」ことを書くことで、どう捉えたらいいか整理するという感じだ。
 それで、私が読んでるところも、ここを読んでる人も、そういうパターンの人が、比較的、多いように思う。文章として断定していても、内容は断定していない人が多い。
 私の場合、webサイトが「こんなデータでも興味があったら共有してくれ」というスタンスに対し、blogの場合は「こんなプロセスでも興味があったら共有してくれ」という感じだ。プロセスというのは、論理や組み立て方、一般化、比喩である。
 そういうプロセス共有のエントリーに対して、様々なコメントのスタンスがあるが、一般的なのは、私のプロセスに対するバリエーションであり、プロセスに対する別の表現であったり、さらには、結論に至る別のプロセスだったりするわけである。
 さて、そういうコメントをしている方が、本人のblog上でのキャラ設定では、おそらくは「30年後のまる子ちゃん」であって、充分に女性独自のネタがあっても、ここでのコメントでは、私のプロセスをトレースした上での場合が多ければ、入ってるオヤジが露出するんじゃないかと思う。
 他の人のblogへのコメントというのは、自分のblog上の人格の一部が強調されてしまうんだろうなと思う。
 私の場合も、自分のところの文と、他の人のblogのコメントでは、ずいぶん雰囲気が違っている。
 誰かに相談を受けた場合、その相談内容に思ったことを素直に答えるという人は、あまり人付き合いの得意な人ではないと思う。普通は、まず、なぜ相談をするのかを考える。区役所がやってる法律相談じゃあるまいし、それなりに親しい人に相談するというのは、言って欲しい結論が決まっていることが多い。最大限に納得力を発揮するから説得してよ、という場合が多い。さらには、一緒に悩んでくれるだけでいい場合もあれば、「真剣な悩み」を茶化してほしいことだってある。「とってもいい人だけど」で終わるか「人が真剣に悩んでいることをギャグにするなんてひどい。。。だから、あなたが好きなのよ」かの差である。
 かように、誰でも対人関係の上では、期待されている役割が形成されていくわけであり、それを中心にふるまうわけであり、その役割が変化したり発展するものだ。
 そういうリアルな関係ほどでもないが、ネット上でも、相互の役割が暗黙の上で形成されていく。そして、コメントの場合、短い文なので、相手と自分の関係が構築されていて、そういった共通認識がないと、コミュニケーションが成立にしにくい事情がある。
 だからこそ、コメント欄というのは「内輪ノリ」なり「馴れ合い」という雰囲気が漂うわけである。しかし、そこにある「ロールプレイ」が読めれば、入っていくのは簡単だ。
 このような「関係性」を前提にしたコミュニケーションとは別の前提だってある。オタク的「知識」であったり、一種の帰属意識であったりする。
 こういう「既存の共有」でも「出会い」にはいいんだろうけど、ネットを思考のツールに使うには、やはり、相互の「役割」を構築していく方が有効なような気がする。

追記
 コメントの場合、そのblogのコメント欄での「生態系」というのも無意識に考慮することもあるように思う。何か書こうとした場合、つい、そこのコメント欄で希薄な生態学的位置を選んでしまう。
 例えば、あるblogでは、私が誰にもやさしいいい人にも関わらず、「毒の吐きあいをする人」という役割が他にいないとすると、同じことを書くにしても、つい、毒気を含んだ書き方をしてしまいがちなのだ。

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誤読をしない人がいるであろうか、いや(ry 誤読家ロストです。 当然ご先祖様も誤読をしました。 仏教を導入し、律令国家として歩みだす日本。 日本の律令[wiki] 飛鳥後期(7世紀後半)から順次整っていくのですが Wikiにもあるように 6世紀末期から7世紀初頭の推古天皇の時代に、律令制を指向する動きがあったとする見解がある。確にこの時期に冠位十二階の制定などの国制改革が行われたが、政治・社会体制を大きく変革するものではなかった。当時の朝廷は、隋との交渉の中で、律令制とその基本理念を知る機... [Lire la suite]

Notifié le le 16/03/2006 à 10:51

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