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22/07/2006

郵便局前にて思はく

切手 あらためて、郵政問題につひて書ひてみたい。
 郵便局の前を通ると、ふみの日の切手を発売といふポスターが貼ってあった。百人一首のかるたのデザインださうだ。連絡を取るやうな時は殆ど電子メールを使ひ、昨今は手紙の類は、懸想文さへ出すことはない。けれども、たまに小物を送るやうなこともあり、さう云ふ際に年賀状の末等景品の切手ですますもアイソなからうと、買っておかうかと思った。

 例へばである。誰かを想定してゐるわけではないが、
 以前、顔をあはす機会もコンスタントにあったが、しばらく会ってゐない人なら、
「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思う」
 最近に初めて逢ひ、お食事をした人なら、
「あひみてののちの心にくらぶれば 昔は物を思はざりけり」
 ネット上でコメントしあふことが多いが全く会ったことのない人なら、
「今はただ思い絶えなむとばかりを 人づてならでいうよしもがな」
 深夜にチャットなぞをよくしてゐる人なら、
「明けぬれば暮るるものとは知りながら なほうらめしき朝ぼらけかな」
 コッソリ、あやしいファイルのやりとりとかしてゐる、及び、してた人なら、
「名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られで来るよしもがな」
 と、いろいろ選ぶとオモシロさうではないかいな。

 しかし、販売されてゐたのは、この5首だけだった。
「いにしえの奈良のみやこの八重桜 今日九重ににおいぬるかな」
「ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる」
「心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどわせる白菊の花」
「田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪はふりつつ」
「春の夜の夢ばかりなる手枕に かいなく立たむ名こそ惜しけれ」

 だういふシチュエーションで使へば良いのだ。最後のは使へさうだが、かいなく立ちさうなこととて、あまりに少ない今日この頃だ。それで、結局、買わなかった。

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