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16/08/2006

送り火

 お盆には、亡者への供養に送り火を焚くという風習がある。けれども他人の家を焚くのはアホである。
 加藤紘一さんの実家が焼けた件で、まだ原因とかはわかっていない。だから、こう結論付けてしまうのは勇み足だと思う。いくら相手が相手でも、節度は持ちたい。
 確かに、1999年の下関市長選の際に、安倍晋三が推した候補を支援した土地ブローカーに対し、秘書が300万円を工面したが、ブローカーはさらに金を要求し、応じられなかったため、暴力団と共謀して嫌がらせに、火炎瓶を投げ込むという事件があった。いくら、安倍晋三が、すぐに火を点けたがる人たちとお付き合いがあったとしても、何もわからない段階で、結びつけてしまうべきではないだろう。
 それよりも、感じたのは2点。
 自殺するにしても、いきがって割腹とかすると失敗した時に余計に無様だ。日が日だけに、軍人のくせにピストル自殺を失敗した無様さを思い出す。狂言説もあるが。
 加藤氏の母だが、97歳で散歩というのは感心した。101歳の知り合いの人が97歳の当時を思い出しても、歩けてはいたが、一人で歩いて外には出られなかった。
 どうでもいい話だが「紘一」という名前は、普通は61歳以上だ。何と無く顔も似ている河内紘一さんという人が愛媛県の内子にいて、内子座文楽に行くと顔を合わす。一昨年の8月には会ったが、昨年は会っていない。今年はどうなることやら。

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