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30/10/2006

159日目

モリアオガエル 水浴びというか飲んだ後。そろそろ夜になってもじっとしているのもおり、そろそろ冬眠シーズン。
 昨年は、冬眠中の湿り気確保が無理そうだったので、冬眠前の温度の高い日に放流してしまったが、この冬は、うちで越させるか。

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27/10/2006

皇帝のいない八月

皇帝のいない八月 30年近く昔の映画で「カサンドラ・クロス」みたいな話。つまり、列車を使ったサスペンスで、背景はポリティックなものなのだが、あくまで背景にすぎないと割り切って、荒唐無稽な話に徹している。その分、最近の某国のイージスみたいに下手にリアリティを付けようとしてドツボにはまることもない。
 自衛隊がクーデターを起こすという話なのだが、ストーリーに説得力がなさすぎるために、かえって、細かいとこは気にせずに、サスペンスとしておもしろがれる。
 ファーストシーンは、軽い交通違反を起こしたトラックをパトカーが追いかけるのだが、トラックの中から機関銃で撃たれ、炎上する。この事件がきっかけでクーデター計画が発覚するというのが後でわかるのだが、そんな杜撰なクーデターはないやろというのは後で思うこと。気付いた頃には「そういう映画」という感じで楽しめているという作りで、徐々に荒唐無稽なストーリーの世界に引き込むのがうまい。
 どうでもいいことだが、風景がそんなに古くさくないのに、墓参中の三国連太郎に連絡が来るあたりで「この時代にはケータイがなかったんだ」と思った。当時と今の日常生活の最大の差だろう。
 さて、クーデター計画は失敗し、特急さくらをトレインジャックした渡瀬恒彦のグループだけが鎮圧されずに残る。この渡瀬恒彦のイカれっぷりが、今聞くと笑える。
 山本圭との対決シーンで、クーデターに至った心情を演説するのだが、具体的な中身がなく、「日本固有の文化」や「美しい規律ある国」を作る、「日本を骨抜きにした憲法を改正する」とか、言葉に陶酔しているだけの当時の右翼を戯画化している。もちろん、ちゃんと噛まず、まともな発音で喋っている。
 ともかくも、作られた当時よりも、今見る方が、ある意味、楽しめる。

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水はそうじ力に反応

 小瓶を2本、用意する。それぞれに水を入れ、一方の小瓶は毎日、丁寧に掃除し、もう一方は放置する。そして、7日後と14日後に水の状況を目測した。
 その結果、丁寧に掃除した瓶には変化がなかったが、放置した方には、蚊の幼虫が発生した。これは、そうじ力エネルギーが水の変質を防止し、蚊の発生を抑制したと考えられる。
 うさんくさいものも合成するとマトモになるのは、マイナスとマイナスをかけるとプラスになるようなものか。。。たぶん、違うと思うけど。

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26/10/2006

154日目

モリアオガエル 容器の隅に4匹固まっている。中と小、それぞれ2匹。大は葉っぱのかげ。
 涼しくはなっているが、まだ、動き回れる気温のようだ。
モリアオガエル 中と言っても、もう30mm近い。大は、30mmを少し超えている。

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25/10/2006

かめ?

かめ 河原に野良鹿の出没する川であるが、昼間はいない。その川の橋の上からカメがいるのを発見。デカイのでミシシッピーアカミミガメかと思ったが、見ていると頭の両側に模様はないし、甲羅の後ろが鋸状なのでイシガメかも知れない。

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24/10/2006

レリーフの鳩

双鳩 たまに通るけれども、気付かなかった。壁というか破風というか、妻にある浮き彫りの鳩。

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23/10/2006

水清くして魚棲まず

 有名なトンデモさんに、言葉によって水の氷結に影響を与えるというのがある。さて、このデモンストレーションを九大のグループが日本物理学会で発表したそうだ
 それで、そういうインチキなデモンストレーションをする人が、なぜ国立大の教員でいてられるのか、また日本物理学会で発表できるのかという素朴な疑問が起こるわけである。それは、国立大学教員が簡単にクビに出来ると恣意的な運用のおそれがあるということ。さらに、物理学会で言えば「学会で発表するというのは研究者仲間に研究内容を知らせる」というだけのことで、一見常識外れの研究でも、まともな成果に結びつく可能性を排除しないためだそうだ。いわば、天才的な研究を排除しないため、紙一重も排除しないそうだ。
 なるほどなと思う。学術の擁護や発展のためのコストとして、こういうインチキが紛れ込むリスクも必要なんだと思う。
 さて、文部科学省が大学・短大教員の講義のレベルアップのため、全大学に教員への研修を義務付ける方針を固めたそうだ。これについては、左のblogリストに載せているうち、内田先生あんとに庵さんが反対意見を書いている。他にも把握しているだけだが大学教員が4人ほどいらっしゃるが、今のところ言及されていない。賛成意見はないようだ。
 こういった文部科学省の方針が支持されるためには、「これはひどい」という大学・短大教員が知られることが必要だということで思いあたったのが、ある公立大学の助教授。
 神武天皇のY染色体でトンデモさんとして有名になり、ご自分の妄想を根拠にジェンダーフリーを攻撃している方である。フランクフルト学派を陰謀団体かニャントロ星人みたいに言う方だ。ところが、この方、現政権の「教育改革」に熱心だそうで、つまり、あの奇矯な言説は一種の自爆攻撃による「大学教員研修」支援のつもりなんだろうか。
 確かに「水にありがとうと言うときれいな結晶になる」や「男女同室の着替えは更衣室不足ではなく教育方針」などという教員は問題があるだろうけど、あえて、こういう連中が紛れ込むのは、健全性を保つためのコストとして必要なんだと思う。
 学生にしても、例えば「KGBは秘密裏に人をガンに出来る薬を開発していて、こっそり注射していた」なんて言うトンデモ教員を信用しないし、むしろ「突っ込む」ことによって、批判や検証という科学的な手続きの訓練という教育効果というのもあると思うのだが。
 研究ならともかく、教育には「天才」より、紙一重でも、それはそれで「使いよう」があるかもしれない。

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22/10/2006

ミルワーム

ミルちゃん かえるは大きくなって来てるが、そろそろ虫が少なくなってきている。そこで、小鳥屋で餌用のミルワームを買ってみたのだが、やはり小さなミルちゃんでも、当歳モリアオガエルにはデカイ。
 さて、かえるは動くものには食いつく。だから昨年、庭先をうろうろしていたヒキガエルを、おたまが上陸した際に食ってしまわないよう、回収しておいた。
ミルちゃんそれで、モリオガエルに大きすぎる餌は、このヒキガエルが引き受けているのだが、ちょうど食べやすいようだ。ただ、ミルちゃんはカルシウムが少ないそうなので、コオロギか小さいカタツムリを探さないといけない。

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叡電の混む日

叡電 鞍馬行きは満員。でも、まだ途中駅から乗れる余地はある。
叡電

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リンク許可、お断り

 私が別に設置しているwebサイトに「被リンク」ポリシーがある。正確には「被リンク」ではないのだが。
 たぶん、7・8年くらい前の話だが、あるカーナビソフトの会社からメールが来た。私が作っていたwebサイトに、そのカーナビシステムから「リンク」したいので許可してほしいということだった。
 そのカーナビのシステムがどういうものかわからないのだが、何か怪しい気がした。「リンク」するのに許可など不要なのに、なぜ許可を求めるのかということだ。カーナビの端末にどういう形で表示されるのかもわからないし、おそらく、通常の「リンク」ではなく、許可の必要な利用の仕方だろうと思い、断った。その後も約1年毎に、数回にわたり「リンク」の許可願いが来たが、同様に断った。
 結局、どういう利用の仕方をしたかったのかはわからない。けれども、その会社は、2003年には地図の著作権侵害でゼンリンに提訴され、2005年に侵害を認めて和解金を支払っている。勝手に利用しちゃいけないケースでも利用してる会社なのに、わざわざ許可を求めてきたのは、おそらくは、勝手にしていい通常の「リンク」じゃない利用の仕方だったという推測は的はずれじゃないと思う。
 それ以来、「リンク」の許可願いには、原則として、お断りの返事をしている。通常の「リンク」なら勝手にすればいい。GoogleもYahooも他のリンクも皆、勝手にしている。なのに、許可を求めて来るのは、通常の「リンク」ではなく、例えば自分のフレームの中に表示して、自分のコンテンツのように見せかけるなど、勝手にできない「利用」を考えている可能性があるからだ。
 利用したいなら、どういう利用か依頼してくればいいし、その場合はたいてい許諾している。しかし「リンク」許可のお願いでは、利用の仕方がわからないから、許諾しないのだ。

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21/10/2006

野良鹿追加

野良鹿 先日に撮った野良鹿。
 野良鹿に対抗しサンショウウオを掲載されたのだが、実はこの野良鹿が河川敷をうろうろしている川にはオオサンショウウオが生息している。オオサンショウウオは夜行性の上に保護色なので、見つけにくいのだが、水深の深くなったあたりで、デカイなまずと思って見たら70cmくらいのがのそのそ、ということがたまにある。けれども、撮影しようという気で佐賀しに行っても見つかることはないし、見つかっても水面が光って撮れないだろうな。

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19/10/2006

桔梗

桔梗 実は由緒正しく、曰く因縁のある桔梗らしい。

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18/10/2006

オオスカシバ

オオスカシバ 花の名前はわからん。蛾なので、成虫になった時点では鱗粉が付いているが、すぐに落ちてしまうらしい。「大透かし羽」だが、最初に「大須賀司馬」と変換された。

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被リンク・ポリシー

 いろんな所で「ホワイト・バンド」が叩かれている。正確には、ホワイト・バンド運動が叩かれているのではなく、運動に便乗したイベント屋が叩かれているようだ。
 さて、テレビとかで「公共広告機構」をよく見ることがある。広告の趣旨としては結構なもんだろう。さて、この公共広告機構のwebサイトに「被リンク」ポリシーに関するページがある。リンク・ポリシーならともかく、完全に受け身の「被リンク」について記述する間抜けさに気付かない人が書いているのだが、どこかで見たような文なのだ。というのは「電通」の「被リンク」のポリシーにそっくりなのだ。
 すると、「公共広告機構」は「電通」の中の人がやってるんだと誰しも思う。実際に組織を見てみると専務理事は電通の人だ。すると、「公益性のある広告を行うために、企業から集金している組織」ではなく「広告制作のために、公益活動を理由に集金している組織」というふうにイメージが変わってしまう。
 つまり「ホワイト・バンド」運動そのものと、はたして、その通りなのかは留保したいが、「ホワイト・バンド」屋が叩かれる理由くらいの差が出てくる。
 先日来、話題になっている「死ぬ死ぬ詐欺」についても、充分な情報を得ていないので、事実かどうかはわからない。ただ、世の中の人は、趣旨が賛同できるものであればあるほど、その運営に潔癖性を要求し、疑義があれば叩き出すようだ。「世間にも役に立つ、オレも儲かる、お前らもいい人気分になれる」という三方一両得は、歓迎されない。
 「公共広告機構」も、「被リンク」のポリシー掲載という間抜けなことをしたために、公共活動のための団体から、公共を口実にした団体と、認識が変化しかねない。
 最近「公共広告機構」が「公共広告機構」自身の広告をやたらにしているのも、そのせいかとも思うが、間抜けな「被リンク」のポリシーを削除した方が早いんじゃないかな。

 なお、このエントリーから、両方のサイトに勝手にリンクしている。別に「被リンク」のポリシーに逆らうのを面白がっているわけではなくて、必要があるからリンクしている。実効性のない「被リンク」ポリシーは、無視されるか揶揄されるかしか効果がないというのがよくわかると思う。

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17/10/2006

安倍批判の難しさ

 安倍氏が総理になって1ヶ月近くになるけれど、安倍氏に反対する人にとっては、すごく「攻めにくい」だろうなぁと思う。
 総理になって、大統領形の官邸機能整備なんてことをやったようだ。この言葉からイメージされるのは、議院内閣制の元での与党の責任による政策遂行というより、個人の指導力を発揮した政策遂行という色彩の濃い体制だ。
 ところが固有名詞に置き換えてみよう。ブッシュ形の安倍総理体制ということになる、すると全くイメージが異なってくる。安倍氏の最大の弱点が、ブッシュ氏にも共通する弱点であること、むしろ、ブッシュ氏以上というのは衆目の一致するところであり、そのブッシュ氏を二期保たせたような体制ということだ。
 大統領形の官邸機能という言葉でイメージされるような目的があったとしても、現実にはブッシュ形の安倍総理体制という言葉でイメージされるような体制がとられるわけである。ニュース映像とかでアメリカ政府の政策について説明し、やりあうシーンに出てくるのは、ライス氏をはじめとするスタッフであり、ブッシュ氏は原稿通りの演説をする画像だとか、外国首脳を迎えたりする画像がほとんどだ。つまり、政策論争の当事者にトップがならない体制だから、政策面で攻めるのは難しい。
 さらに、その最大の弱点というのは、簡単に言えば言うほど、一般に罵倒語として使われている語彙に共通する。弱点を攻めても、端的に表現しようとすれば、語彙的には単なる罵倒と変わらなくなってしまうわけであり、批判者の品性を疑われかねない。だから、これも攻めにくい。
 多くの予想に反して、ブッシュ政権並みに長続きしても不思議ではないのだ。
 安倍氏の政治理念というか立ち位置を批判しようとする人もいる。ところが昨年の総選挙で、平沼、城内、森岡など、安倍氏に近いとされた人たちの多くが自民党の公認を外される事態となった。安倍氏は小泉氏に抵抗したのかはわからないが、この時の経緯から、政治理念より「立場」を重視する人という評価は得られたと思う。「立場」を重視するわけだから、当然、総理となったら、従前の主張とは変わって「村山談話」「河野談話」の継承ということになる。だから、従前からの支持者は困惑しているわけだが、批判する側は難しい。理念より立場を優先するなら、安倍氏である必要はない。ということは安倍氏でもいいということにもなる。結局、理念を軽視する人を、理念で攻めることは難しい。
 つまり、政治家としての安倍氏を批判するというのは、実体のない「マボロシ」を批判するようなものなのだ。
 小泉氏は政策的には「総受け」であったが、スタイルは「攻め」であったから、その間を攻めたりも、攻め合いができた。安倍氏は何から何まで「総受け」であり「攻め」ても効かなさそう。
 私が、トンデモさんやカルトについて、さらにはそういう連中を受容する人々に対して批判的に書くこともあっても、彼らが支持する安倍氏についてまでは、感想程度のことだけで、批判的なことを書かないのは、このblogでは政治的な主張は行わないことの他に、そういう安倍批判の難しさがある。

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16/10/2006

トカゲかっ

エリマキ アホスパムの晒しは他にもやってる人がいるので、内容やタイトルというよりも「合わせ技」。カタカナだとトカゲっぽい。

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ベタ・ネタ・スカ

 andy22さん@綾川亭も考察されて、一部で話題の「物心」だが、自己相対化の出来ない、と胃ってしまうと誰でも難しいことだし、出来ないことだが、その試みすらできない人という感覚なのかとか。「感じ」としては、物心の付かない大人という「そういう人はいる」のだが、どうもピッタリの言い方が難しい。
 それで思ったのが「私は常に嘘を言う」というパラドックス。こういう発言は「本当」か「嘘」か、それがわかるのが、ここでいう「物心」じゃないかと。このパラドックスは、言語表現として「嘘を言う」と事象として「嘘を言う」が対応していない、言葉と意味という違う次元というか位相で、同じ表現を使用しているだけの話なのだ。つまり、ひとつの表現の属する枠組みが2つあるだけ。
 先日来、書いている「枠組み」の話で言えば、たぶん「物心」というのは、抽象と具体の「枠組み」の違いがわかったとしても、抽象の中にある「枠組み」の違いに気が付かないということも言えるんじゃないかということ。
 「なぜ人を殺してはいけないか」、人を殺してはいけないという法律はない。けれども、人を殺すと罰するという法律や制度があって、人を殺すと不利益を被るように社会が出来ている。社会制度があるから「人を殺してはいけない」のではなく、「人を殺してはいけない」から社会制度があるわけだ。だから、社会制度について議論する際には「なぜ人を殺してはいけないか」などと考える必要はない。
 しかし、人を殺すと受けなければならない不利益として「殺される」が適切か、さらには「殺される」という不利益を回避する手段として「人を殺してはいけない」か、という問題に至れば、「なぜ人を殺してはいけないか」を考える必要がある場合もある。社会制度の問題ではない、文化への考察においては「なぜ人を殺してはいけないか」と考える必要がある。
 枠組みが違えば、考える必要のないこと、考える必要のあること、それぞれ違う。この枠組みの違いがわからずに「思考停止ヨクナイ」とか言っても、そもそも「物心」が付いてないわけで、いくら考えても、休むに似たりってだけだろう。
 「時うどん」という落語がある。東京にも移され「時そば」になった有名な噺なので、内容は書かない。この噺に出てくる2つのうどん屋は「松嶋屋」と「成駒屋」だった。「おまえとこ、松嶋屋か」「いえ成駒屋」がくすぐりになってたわけである。かつて落語を聞く人は歌舞伎も見た。というより、かつての上方の人の共通文化だった。ところが、若い落語家がタレント活動で人気を得て、そのファンが落語を聞きに行くようになると、歌舞伎は見ないが落語は聞くという人も多くなり、中にはこのくすぐりがわからない人もいる。それで「あたり屋」と「はずれ屋」という屋号で演じることも多くなった。
 「松嶋屋」も「成駒屋」もうどん屋の屋号としてもありうる。でも、並べることで「うどん屋」という枠組みではない全く別の枠組みと、二重の意味を持たせることが出来る。ひとつのネタである。
 一方、「はずれ屋」というのは「あたり屋」の逆というだけだ。あまりにベタである。だから、「松嶋屋」と「成駒屋」と同じように演じるとベタすぎてつまらない。
 しかし「あたり屋」はあっても、「はずれ屋」という屋号はありえない。それをしゃあしゃあと言ってのけるというのは、リアリティの枠組みを逸脱してしまうことだ。つまり、落語を相対化してしまうことにもなる。その逸脱の面白さを表現できれば、メタ落語としての面白さがある。「ベタ・ネタ・メタ」と言った方が語呂はいいんだけど、メタだと概念が広くなりすぎるので、本来の枠組みを外れてしまうので仮にスカの面白さと言おうか。この枠組みの逸脱の面白さを表現する、理解するのは「物心」が必要になる。
 文化が共有されればわかるネタに対し、世の中には単にベタだけで終わるベタもあれば、「物心」があるかどうかで、ベタとスカに分かれてしまうベタもある。
 こう考えると、うちのお客さんの笑いのセンスというのは、スカがけっこう好きなように見える。たぶん「物心」のない人には、ベタな連中と映っているんだと思う。

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15/10/2006

未公開画像

モリアオガエル 今年の5月に撮影したモリアオガエルである。
 このモリアオガエルの場合は、いかにも人工物という物陰にいたので載せていなかったのだが、撮影場所を開かすと、絵馬掛けの看板の裏というか裏板の剥がれた内側。
モリアオガエル 自然の小動物の写真を公表する場合、基本的に具体的な撮影場所を秘匿するという風習があるので、文字面にはモザイクを入れるけど、おっぱい観音のエントリーで「しばらく更新してない」と書いた絵馬blogが今月から再開してるので、記念に載せてみた。

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闘う節足動物

蟷螂 路上にいたので、近づいたらファイティング・ポーズを取る。カエルの餌にするには大きいので、捕獲はせずに放置した。今頃、相手が逃げたと勝利宣言でもしてるんだろうか。

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13/10/2006

けっこう仮面 RETURNS

けっこう仮面 RETURNS けっこう仮面の実写版というと青木クリスという感覚があったのだけど、2004年から4作、作られたようだ。当然、素材が素材だけにバカ映画である。もちろん、エロく作ることも出来るだろうけど、4作のうち3作を見るという暴挙を行ったのだが、どうしてもバカがエロに勝ってしまうようだ。
 その3作のうち、最もバカなのがこの「returns」だ。けっこう仮面の出演シーンは少ないし、ギャグも少ない。ちゃんとベタなスポーツ・ドラマの体裁を取っている。そんなわけで、おバカ度は最も高い。スクール水着がやたらに出てくるので、その方面の愛好家向けとも思ったが、その中身はスクール水着ファンの嗜好とは多少ずれているかも知れない。この方面には詳しくないので識者のご意見にまかせたい。
けっこう仮面 RETURNS けっこう仮面の未向は立派な乳をお持ちなのだが、アクションシーンで揺れないのもエロくない。脇役にかえるの着ぐるみの人が出ているのだが、けっこう仮面との絡みはない。
 バカ映画ファンとしては見ておいても、けっこうと思う。 

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11/10/2006

神猫

神猫 雨宿りしたまま寝てる猫。
 お供えでも、ご神猫でもないと思う。世界文化遺産にて。

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シュール・ナショナル

 別の所のコメント欄で「近代の虜」みたいなことを書いた。
 日本で「近代」というと明治から冷戦体制という捉え方を普通はする。だからナショナリズムやインターナショナルという枠組み自体が「近代」のものと思う。だから近代の克服というと、近世以前からの「伝統」とグローバリズムの融合という所に行き着くことは多い。
 それでも、実際に国という「近代の制度」があるからには、その中で生活しなくちゃいけない。そうすると合理主義や効率主義と同じように国もツールとして捉えてしまうのが、リベラルであって、市民派と呼ばれるリベラルもネオリベもその点では一緒。ツールとしての国の利用コンセプトが違うだけ。
 そして、文化的アイデンティティとしては、もっとローカルな文化や、近世以前からの文化や、趣味的な部分とか、一方でグローバルなところで共感できるところを探しちゃう。
 だけど、文化的アイデンティティを「近代」の日本に置く右翼と違い、自称「中道」のウヨさんというのは、単にナショナルでしかものを考えられないから、蓋然性にアイデンティティを置くだけで「近代の虜」でしかないという話。
 それで、思いついたのが、blogというメディアにおける社会問題の取り扱い方。
 このblogは、基本的に主張するようなもんなじゃくて、感想のblogなわけで、社会問題については、どういう主張であれ、まともなものには言及していなくて、山羊さんやアヒルさんのようなトンデモさんをネタにしているだけだ。なのに、社会派blogについて言及するのもナンなんだけど、その程度のblogだから書ける法螺話。
 かつて、青ヶ島のことで、同じ事象を全く正反対に解釈している2つのサイトを見て、面白がって言及したことがあった。
 以来、その一方を継続して見ている。近世短形詩をはじめとする趣味の話と、貧乏話だとかがメインになっていて、その延長上で社会問題にも言及している。耐震偽装だとか野口怪死問題以来、人気サイトになったようで、注目された理由は、掴んだ情報を発信したことで、逆に情報が集まってるみたいなことで「社会派blog」みたいに思われているんだろう。けれども、基本は、彼女の身辺の話だ。身辺に情報があったから書いているわけで、貧乏話とか短形詩作家として美意識の反動というかウップンみたいなサイトなんだろうと思う。無駄とも思える饒舌な文も詩作のウップンなのかと思う。ウップンだからダメというわけではなく、だから読者が多いんだと思う。文化的なアイデンティティや生活者としての脚元がわかるから、共感を呼ぶわけだろう。
 その人気blogを下品と評し、それを支持する左派勢力の堕落を嘆いた知性的なblogがあった。その知性的なblogが「間違いなく政治運動」とかいうのを始めたことがあった。うちのお客さんには、けっこうコイズミ嫌い、それ以上にアベ嫌いが多い。そのせいか、別のところで、参加していた人がいそうなように思われたのが、見てみると見事にいない。
 別に「団体行動が出来ない勝手なやつ」というわけでもなかろうに、結局は「社会派」blogがなくて、生活系だのお笑い系だの雑記系が多いからだ。その延長で、コイズミ氏やアベ氏にツッコミを入れてるからである。別に、知性的な方が嫌いとかそういうわけではない。
 現在の社会制度というのは、というか文明自体が近代に成立したものであって、社会問題について論じるなら、近代の枠組みの中で論じることは当然のことだ。だから、間違いなく政治運動が「近代」に囚われているのは当然のことだ。
 一方で、そのような「近代」の枠組みを超えて、文化的アイデンティティを持つ人がいるわけである。こういう人たちにとっては、国家や政治というのはツールでしかないわけである。そして、このような人たちのblogというのは、文化的アイデンティティの発露の場であるわけで、個人のものであり、個人のコミュニケーションツールだから、特定の社会問題に関してトラックバックを飛ばしあうという外への動きは行っても、「近代」の枠組みに組み入れられたくないのだろうか。
 もうひとつの可能性は、リベラルとネオリベの対立軸は近代制度の利用コンセプトであって、知性的なblogの主張するネオリベに対抗する左右の連携という構図や、日本の「近代」の始まりをモデルとする知性が、「脱近代」に対抗する「近代」の抵抗と誤読されたというか、そういう臭いを感じられたというのもあるかもしれない。
 さらには、もっと単純に、近代に囚われているblogは、近代を相対化している人には味気ない。それだけなのかも知れない。
 たぶん、右派・左派なんて言ってる人には見えない「敷居」として、「近代に囚われるか」と「近代を相対化する」があるのだろうと思う。元々、近代に懐疑的であった右翼さん、鈴木邦男さんは、意見は反対でも、同じ土俵にいるということで、リベラルな人と話が通じるわけで、だから「近代に囚われた」ウヨさんに「左翼」扱いされている。
 blogランキングで、政治カテゴリーという「近代」の枠組の中でのblogでは、上位をウヨさんが占めるのも「超近代」と「近代の虜」の軸で見ると当然のように思える。
 ある党派性を表明しているblogで、反アベの働きかけを積極的に行おうとしたが、あまり歓迎されなかったと「敗北宣言」をされている人を見かけた。それは、たぶん、政治的な、あるいは党派的な敗北ではないと思う。単に、リベラルというか「近代」を相対化している人たちのblogへのアプローチの問題だったと思う。「今後は自分のブログから出て行かず自分の書きたいことを書きたいように書いていく」と書かれているのだが、むしろ、blogというメディアでは、それが適しているんだと思う。出て行くんではなく、個々のテーマで引き込めばいいと思うのだが。党派性を表明しているblogでも、社会的な意見だけではなく、身辺雑記があったり、書き手の文化的アイデンティティとしての四万十川の風景が見えるような所だと、ワタシ的には読んでて面白いし、チョッカイを出したりしちゃうってこともあるのだ。

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10/10/2006

Under the Moon

月 Under the Moonと言っても、壷を売ったり、ニセ科学を信じたり、家族を崩壊させる連中の話ではない。そのMoonじゃなく月のこと。
 そういや「Under the Sun」というサイトを作っている人たちがいるけど、「Under the Moon」をお祝いする政治家に対抗するという意味もあるんだろうか。
 ともかくも、仲秋の明月は曇り空だった。それで、月が西北に向かってすごい勢いで移動していた。そう見えるけど、ホントはもちろん雲の方が移動しているわけで、周囲の景色とか一緒に見れば簡単にわかる。動いてるように見えても、動いてるのは止まってみえる方なのだ。
 それで、動いているように見える太陽も星も動いているんじゃないかと思うのは不思議じゃない。地動説というのを知ってしまえば、こんなことは簡単に言える。けれども、今なら「誰でも思いついて不思議じゃない」ことを思いつくのに、人類は凄く時間がかかっている。
 別のblogのコメント欄で、「近代」について書いていて、「近代」の枠組み、つまり「国」という中でしかアイデンティティを得られないし、世界を見られないという人たちについて書いていて思ったのが、このこと。
 国家はツールであり国民はそのユーザーというのは、そんなに到達が難しい考え方なんだろうか。

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08/10/2006

飲み屋政談

 「本音を吐露すれば、だ」ということで、綾川亭で「北朝鮮なんぞ、暴発させてしまい、国連平和維持軍で、進攻。問題の多い北朝鮮現政府を停止させ、平和維持軍による管理統治。」ということが書いてあった。
 「本音」ということは、別に「タテマエ」があるわけである。まあ、相応の役職の人が「本音」と「タテマエ」を使い分けるのとは違い、一般の市井の人(だと、たぶん思う)の場合は、「感情論」と「理性による意見」の違いだろうか。
 ネットは「本音」のメディアという人もいるが、「感情論」と「理性による意見」の未分化な人は、他のメディアが使えないだけの話だろう。当然、分化できる人もネットを使うわけで、綾川亭では「理性による意見」とは区別し、こういう「暴論」を書いておられた。いわば「飲み屋」での話みたいなものなんだが、そうならと「飲み屋話」に付きあうようなノリで、「北朝鮮への武力行使が期待できるというと中国ですかね。」と書いたら、意外だったみたい。
 それで、飲み屋話的に「吐露」をサカナに、北朝鮮に武力行使する可能性が最も高いのは中国という理由。
 まず、韓国。戦後に北朝鮮の飢えた人民の面倒を見ないといけない。嫌とは言えない。だけど、いきなり統一で、満腹にさせんきゃいけない人口が1.5倍になるのはキツイ。しばらくは、死なない程度に飢える、くらいでカンベンしてもらい、こっちに居着くのは、自分で食えるようになってからがいい。なので、しばらくは中国に職業訓練でもして貰った方が、すぐに統一になりかねない多国籍軍による管理よりいい。
 で、アメリカは、武力行使するには「被害者」にならないといけないのだが、そこまでするメリットはない。どうせ韓国とくっつけないといけないのだし。武力行使のコストは上乗せして他に回すにしても、相手も日本しかない。他の国は他に役割があるし。それなら、自分で武力行使するより、武器売ったり、復興工事で儲ける方がいい。
 ロシアは、朝鮮戦争当時の鎖国が幸いし、関係各国の中で、これまで最も手を汚していない。だから、その立場で影響力を行使、つまり裁き役で立ち回るのが最も得。
 日本の場合、アメリカにツケを回されるより、中国の方が安上がり。それに、政治的な緊張感が残って、経済的な安定があるのがいいので、中国管理の元で、韓国の間としばらく統一論議をやってて貰ってた方が、親米の政権基盤も防衛予算も安定する。
 そして、中国にしたら、うちのシマウチのことは、俺がケリつけちゃるけん。美国は手ぇ出さんといてくれや、というメンツの問題と、抗美救朝戦争を行った政権正統性。将来の統一は仕方ないが、しばらくは、自分が食わさなくても、兄弟に食わせてもらえる子分がいるのは都合がいい。軍は仕事ができ、党は抗金救民キャンペーン。
 何より、大規模化・泥沼化を避けるなら、北朝鮮軍対外国軍という形ではなく、現政権への反対派を支援するという「カタチ」が必要で「友好国」の中国が最も軍を派遣しやすい。
 これで、中国は「汗をかいたのは俺だ」という貸しを作れるし、アメリカやロシアは「国連軍の看板を使わせてやった」という貸しも作れる。日本と韓国も「タテマエ」では支持しないといけないしね。
 まあ、物騒な話だし、あえて無視した要素もあるけど「飲み屋」での話ってこって。

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07/10/2006

野良化

モリアオガエル 近所のいちじくの木にいたアオガエル。このあたりでは、アマガエルは見るがアオガエルは見ないので、うちで上陸したのが原産池付近放流のための回収から逃れて来たのだろうか。近くといってもけっこう距離があるが。
 イチジクには摘まれないまま熟して腐りかけてる実もあって、ショウジョウバエが集っており、餌がいっぱいいるので、けっこういい住処かも知れない。

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むしろヒムラー

 あべしの嫌いな人の中には、彼にチョビ髭を付けるとヒトラーに似てるという人がいる
日村 ただ、そういうことを言っても、ヒトラーというのは、彼の支持者が参拝する神様たちと一緒に戦ったわけだし、嫌味のつもりなら、あまり効果はないと思う。特に、ここ数日は村山談話や河野談話を継承すると言って、そういう支持者は心配してるわけだし、むしろ喜ぶかも知れない。
 むしろ、あべしはヒムラに似てるとふと思った。ナチ親衛隊長で、ヒトラーより狂信的でオカルトと科学を混同したというヒムラーじゃなく、バナナマンのヒムラだけど。で、ヘアスタイルを変えてみたのだが、似てないかなぁ。

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05/10/2006

鹿を撮る

野良鹿 コンパクトのデジカメのストロボでは届かないので、アナログカメラを持ち出して撮ったのだが、やはり、距離があるのでツライ。
 ツマミちゃんでなくて、角のある鹿。
野良鹿 角のないの。大きいのも小さいのも比較的近くまで来るのだが。
野良鹿特に、小さいのは、10メートルくらいに近寄る。70-300mmのズームで100mmくらいのとこでの撮影。
野良鹿 再チャレンジしようかと思ったが、今晩は雨だ。

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ダブルD・アベンジャー

 あらゆる俳句に「それにつけても金の欲しさよ」を付けて、狂歌にする、というのがあったが、この所のエントリーが、「それにつけてもあべしの。。。」という感じになってしまっているので、そっちに話がずれないよう、久々にDVDの感想でも。
DDアベ 「ラス・メイヤー監督没後一周年追悼企画」だそうだ。ラス・メイヤーの映画のヒロインだった女優たちが出ている。そういや、昨年だったか、ラス・メイヤー監督没後一周年記念で、作品のDVD化され、何本か見ている。モノクロ作品もあった。でも、この作品は2001年に作られている。計算があわない。
 と企画の意図もわからないし、もはや50台の巨乳美女というのも、エロというには、あまりにマニアックすぎる。結局、ひたすらバカな映画を面白がって作ったということなんだろう。
 それで、DVDには、みうらじゅんんと安斎肇の解説音声付きで、いかにバカか解説している。おそらく、映画単独では、そのバカさに付いていけないかもと、補佐人が付いてるんだろうけど、これとて評価が分かれるところかも。
 まあ、バカな映画ではあり、普通の映画ファンにも巨乳ファンにも、もちろんラス・メイヤーのファンや、昔の単純な作りの映画が懐かしいとか、そのどなたにも奨め難いが、この「ダブルD・アベンジャー」、バカ映画ファンというより、解説の2人に共感できる人なら、見てもいいと思う。

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04/10/2006

国民的人気画家

 ネット上で、そして、ほぼネット上だけの大きな謎が、なぜあべしの支持率が2/3もあるかということだろう。なにしろ、実感としても、ネット上での調査でも、多くて2・3割というところなのだ。
 反対する人から見ても、小泉氏の5割以上は理解できたと思う。けれども、あべしの場合、産経新聞や世界日報のシェア並ということはないにしろ、小泉氏の半分もあればいい方だろうと思っている人は多いようで、いろんな人がこの謎を解こうとしていて、陰謀説だの捏造説まで出てきている。
 その謎のヒントを与えてくれたのが「希少検索ワード」だ。
 「安倍晋三、鶴太郎」というワードでの検索があって、何でと思って検索してみたら、2人は同い年で、鶴太郎が安倍晋三の絵の師匠となったという記事があった。
 それで何となく、謎が解けた気がした。それは鶴太郎が「国民的人気」のある「芸術家」だからだ。デパートで個展が開催されて、覗いて行く人もいる。けれども、絵に興味のある人の間で評価されることはない。おそらく、ネット上での評価では、まともな画家はもちろん、はいだしょうこ画伯にも及ばないだろう。
 でも、リアルな世界では確実に「芸術家」鶴太郎は認められており、支持されているのだ。国民的人気があるのだ。たぶん、書も「みつを」より「みつを」的人気がある。「国民的人気」というのは、そういうことなのかと思った。
 ともかくも、「美しい」が好きなあべしは絵も描くらしい。師匠が鶴太郎だが。

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03/10/2006

今日の野良鹿

野良鹿 今日は角のある大型のを見かけたが撮影できず。うろうろしてた小さいのだけ。

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検索窓のエンジン交換

 またまた検索の話題だが、Firefoxの右上に検索ボックスがある。だいたいgoogleを使うのだが、これはhttp://www.google.co.jp/による検索だ。それをhttp://www.google.com/に切り替えようと思った。
 いかに英語が苦手であっても「Web,Images,VideoNew!,News,Maps,more,Advanced Search,Preferences」くらいはわかるし、日本語の入力も検索も問題ない。
 なぜ、http://www.google.com/に切り替えるかかというと、各所で話題になっている例だが、日本語サイトの結果英語サイトの結果とを見比べてみると微妙な差があるケースがあるからだ。この例だと、美しい国を作るために便所の落書きを消すボランティアがいるらしい。
 別に、見たいとかではなくとも、隠されると気になるので、精神衛生上よろしくない。ハゲた人がいても気にもしないが、生え際が不自然な人だと、ついつい目が行ってしまって気が散るようなものだ。
 隠された情報よりも、隠したという事実の方が大きな意味、情報価値がある場合が多いのだが、野次馬レベルでは、隠された方も見たい。
 ところが調べてみたのだが、googleの検索プラグインはデフォルトで付いているため、追加する方法が今の所わからない。結局、bookmarkにgoogle.comの方を登録している。
 ちなみにSafariの検索窓は、http://www.google.com/の日本語画面で検索しているので、初期設定を英語にすればいいだけだった。もちろん、フィルターなしの設定にする。
 なお、こういうことを書くと、実はある種のイメージ検索で、日本語版英語版では差が出るから、そっちが目的だろうとお尋ねの方がいるかも知れない。お尋ねには、逃げない、逃げ込まないで、しっかりと、後世の歴史家の判断にまかせたい、とお答えしたい。

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02/10/2006

サイトの品格

 人は見た目が9割だとか。同じような「いかにも考えることが苦手そう」な「見た目」を「まともなことを考えないバカ面」と見る人も「悪いことは考えなくて誠実そう」と見る人もいるわけで、実は残りの1割の方が重要なんだが、「見た目」の影響というのはけっこう大きい。
 本人が見えないネット上だと、サイトの見た目も重要と考える人も多いから、blog選びに際して、独自のcssが使えるかを気にする人、つまりデザインのカスタマイズをしようという人も多いわけである。
 サイトのデザインを行うに際して困るのが、自分のデザインセンスの欠如だ。だから、私の場合、センスの必要のないデザイン、機能をそのまま見た目にしたような「情緒よりも理屈」のデザインにしてしまう。だから私のサイトは「品格」がないのか。
 先日に作った頼まれもんのwebサイトも開業医だったということもあり、スタイルシートを無効にして、フォントサイズを大きくしても、あまり変わらないレイアウトなぞというデザインコンセプトに逃げ込んで引き受けた。院長が自分で作ったみたいな雰囲気で。オサレなショップなら断る。
 たまたま、これを書いている時点で、コメント欄のトップにいてられるので引き合いに出すが、うちゃさんのblogと同じデザインのひとつが、ある民主党の立候補予定者のblogだ。明らかに内容は違うのだが、私の中では、似たキャラクターの人という印象を持ってしまっている。もう辞めた島さとしやいまだに粘っている前原や慎吾によって、私の民主党への印象は極めてよろしくないのだが、この立候補予定者に好印象を持っているのは、うちゃさんのせいでもある。
 どこのblogサービスもカスタマイズが可能というわけではないので、出来合いのデザインから選ばなければならないことも多い。ベーシックなものや無難なものなら、類似によって印象を左右するという要素も少ないだろう。キャラが立っていないと十把一絡げに「はてな」の人という印象を持たれることもあっても。
 逆に、以前の瑠璃子さんの苺模様だとか絵ロ具のスポンジボブのように、あまりに饒舌なデザインだと「シャレ」や「偽悪趣味」になって、かえって印象に影響を与えないというケースもあるので、これはこれでアリだと思う。
 で、普通には、その中間くらい。あまりに無味乾燥でもなく、饒舌でもないものを選ぼうとするのだが、このケースのデザインが最も印象を左右してしまうように思う。
 サイトデザインを情緒でなくて理屈でやってしまう私は、見る際にも、かように理屈で見てしまうのである。
 カスタマイズを始めた場合、いろいろ変えても、そのうち固定するし、cssの枠組みは固定し、画像ファイルや色指定だけを交換していくようになる。カスタマイズというのは、最初はやってみたくて、そのうち飽きてくる、という要素もあるのだが、最初はアイデンティティを模索し、やがて安定するという、ネット上での「人格形成」という様相もあるんだろうか。

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速攻削除の理由

 先日のセクハラの件のエントリーは別の所での話題が発端だ。そこで、私がやってしまいそうな項目について書いたら、「国家の策略にハマり,泥酔した挙句,自宅と逆方向の電車に乗り,女子高生の尻など触らないように気をつけて下さい」とのアドバイスを頂いた。
 たぶん、私の場合、政治的な主張はしないし、むしろ、このblogでは、アベ氏が支持者と一緒に無関係な番組に映った件や、放火事件の件と2回に渡ってあべ氏を擁護しているので、国家の謀略にはまるのは大丈夫だろうし、尻も触らないだろう。フクラハギはともかく。
 さて、その女子高生の尻を触った云々のお方の件について、以前にトラックバックを送られたことがあるが、すぐに削除した。理由は3つ。
 1つには送られたエントリーと直接には無関係なこと。
 2つめが最大の理由だが、ここを通じて、構成ファイルが208で、全要領が8メガを越え、そのサーバーが10カ所に分散しているような、ブラウザクラッシャー並のblogに誘導されることを防ぎたかったこと。いかにブロードバンドが主流でも8メガ超は酷い。炎上予防にはなるだろうが。
 3つめは美意識として共感できないこと。「美しい」の定義は人によって違うだろうし奇矯な使用法もあるが、一般的な意味で、そのサイトは私の受忍限度を超えていた。以前に、同じテンプレートを使用している「理系保守」とかいう方の素晴らしいデザインのblogからトラックバックをいただいた時は「晒し者」にしばらく放置していたが、今回は賛否はともかく、内容がまともなだけに、私のセンスからは、逆効果になるようなデザインであると判断した。
 最近、送り先のお方のblogに8メガ超に耐えて見に行ったら、他でも速攻でトラックバックを削除されているらしい。たぶん、似たような理由だろう。けれども、削除されたことにお怒りのようである。
 ここまで書くと、どのblogのことかココロアタリのある方がいると思う。アベ氏を擁護している私がアドバイスしても聞きそうにないので、誰か先方様にわかるようにヒトコト言ってあげてほしいと思う。
 で、ついでに、このblogでも40kbしかないアニメgifだったが、ヒトケタ容量の小さいのに変更した。

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01/10/2006

ガッ

蛾 カエルの小さい頃の餌は、水槽の上のライトや果物に集まる虫で間にあったのだが、間にあわなくなると、夜ごとに近所の自販機に集まる蛾や蜻蛉を集めることになる。
 今日、いたのは、この蛾。胴体だけでもカエルより大きいので食えない。

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ウケ狙い検索

 先日のマイナーな検索ワード・フレーズのエントリーで、なぜ、このblogがヒットするのか不明だったのは、やはりMSNの検索だった。ロジックな姉さん(この世界は、先に入門した方が、兄さん、姉さんなので)も、なぜにこんな検索というのを紹介されてるが、不思議な検索フレーズは、MSNの検索のようだ。
 MSNの検索の精度の悪さやアルゴリズムの不思議さは以前から定評があって、伝統文化やアートを主に扱っているあるblogが「お尻の穴に突っ込んで」で検索上位に来ると話題になったことがあり、むしろお笑いネタにされることが多いようだ。
 そのMSN検索の強敵になるのかどうか、いっそウケ狙いという検索サイトにサグールというのがある。
 「モリアオガエル」で検索すると、googleでもyahooでもここは上位にならないが、サグールだと3位だということは、マジメに調べたい人よりウケ狙いの人に、ここがお奨めということだろうか。
 「安倍晋三」で検索すると、トップはホリエモンと抱き合わせ、続いて、統一教会ネタや某瓦斯ユースが来て、それで本人サイトなんだが、それも「β版」で「公式」という、不思議なサイトが来ている。
 「山谷えり子」で検索すると、こっちは本人サイトがトップだ。で、次に来るのは、ここにも時々コメントをしてくれる「カメ好きのおばさん」と自称してる人だ。山谷えり子についての言及サイトも多いのになぜか「ツボ好きのおばさん」に「カメ好きのおばさん」を並べている。瓶じゃなくて亀なんだけど。
 ともかく、MSNの検索の強敵になるのだろうか。

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