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11/10/2006

シュール・ナショナル

 別の所のコメント欄で「近代の虜」みたいなことを書いた。
 日本で「近代」というと明治から冷戦体制という捉え方を普通はする。だからナショナリズムやインターナショナルという枠組み自体が「近代」のものと思う。だから近代の克服というと、近世以前からの「伝統」とグローバリズムの融合という所に行き着くことは多い。
 それでも、実際に国という「近代の制度」があるからには、その中で生活しなくちゃいけない。そうすると合理主義や効率主義と同じように国もツールとして捉えてしまうのが、リベラルであって、市民派と呼ばれるリベラルもネオリベもその点では一緒。ツールとしての国の利用コンセプトが違うだけ。
 そして、文化的アイデンティティとしては、もっとローカルな文化や、近世以前からの文化や、趣味的な部分とか、一方でグローバルなところで共感できるところを探しちゃう。
 だけど、文化的アイデンティティを「近代」の日本に置く右翼と違い、自称「中道」のウヨさんというのは、単にナショナルでしかものを考えられないから、蓋然性にアイデンティティを置くだけで「近代の虜」でしかないという話。
 それで、思いついたのが、blogというメディアにおける社会問題の取り扱い方。
 このblogは、基本的に主張するようなもんなじゃくて、感想のblogなわけで、社会問題については、どういう主張であれ、まともなものには言及していなくて、山羊さんやアヒルさんのようなトンデモさんをネタにしているだけだ。なのに、社会派blogについて言及するのもナンなんだけど、その程度のblogだから書ける法螺話。
 かつて、青ヶ島のことで、同じ事象を全く正反対に解釈している2つのサイトを見て、面白がって言及したことがあった。
 以来、その一方を継続して見ている。近世短形詩をはじめとする趣味の話と、貧乏話だとかがメインになっていて、その延長上で社会問題にも言及している。耐震偽装だとか野口怪死問題以来、人気サイトになったようで、注目された理由は、掴んだ情報を発信したことで、逆に情報が集まってるみたいなことで「社会派blog」みたいに思われているんだろう。けれども、基本は、彼女の身辺の話だ。身辺に情報があったから書いているわけで、貧乏話とか短形詩作家として美意識の反動というかウップンみたいなサイトなんだろうと思う。無駄とも思える饒舌な文も詩作のウップンなのかと思う。ウップンだからダメというわけではなく、だから読者が多いんだと思う。文化的なアイデンティティや生活者としての脚元がわかるから、共感を呼ぶわけだろう。
 その人気blogを下品と評し、それを支持する左派勢力の堕落を嘆いた知性的なblogがあった。その知性的なblogが「間違いなく政治運動」とかいうのを始めたことがあった。うちのお客さんには、けっこうコイズミ嫌い、それ以上にアベ嫌いが多い。そのせいか、別のところで、参加していた人がいそうなように思われたのが、見てみると見事にいない。
 別に「団体行動が出来ない勝手なやつ」というわけでもなかろうに、結局は「社会派」blogがなくて、生活系だのお笑い系だの雑記系が多いからだ。その延長で、コイズミ氏やアベ氏にツッコミを入れてるからである。別に、知性的な方が嫌いとかそういうわけではない。
 現在の社会制度というのは、というか文明自体が近代に成立したものであって、社会問題について論じるなら、近代の枠組みの中で論じることは当然のことだ。だから、間違いなく政治運動が「近代」に囚われているのは当然のことだ。
 一方で、そのような「近代」の枠組みを超えて、文化的アイデンティティを持つ人がいるわけである。こういう人たちにとっては、国家や政治というのはツールでしかないわけである。そして、このような人たちのblogというのは、文化的アイデンティティの発露の場であるわけで、個人のものであり、個人のコミュニケーションツールだから、特定の社会問題に関してトラックバックを飛ばしあうという外への動きは行っても、「近代」の枠組みに組み入れられたくないのだろうか。
 もうひとつの可能性は、リベラルとネオリベの対立軸は近代制度の利用コンセプトであって、知性的なblogの主張するネオリベに対抗する左右の連携という構図や、日本の「近代」の始まりをモデルとする知性が、「脱近代」に対抗する「近代」の抵抗と誤読されたというか、そういう臭いを感じられたというのもあるかもしれない。
 さらには、もっと単純に、近代に囚われているblogは、近代を相対化している人には味気ない。それだけなのかも知れない。
 たぶん、右派・左派なんて言ってる人には見えない「敷居」として、「近代に囚われるか」と「近代を相対化する」があるのだろうと思う。元々、近代に懐疑的であった右翼さん、鈴木邦男さんは、意見は反対でも、同じ土俵にいるということで、リベラルな人と話が通じるわけで、だから「近代に囚われた」ウヨさんに「左翼」扱いされている。
 blogランキングで、政治カテゴリーという「近代」の枠組の中でのblogでは、上位をウヨさんが占めるのも「超近代」と「近代の虜」の軸で見ると当然のように思える。
 ある党派性を表明しているblogで、反アベの働きかけを積極的に行おうとしたが、あまり歓迎されなかったと「敗北宣言」をされている人を見かけた。それは、たぶん、政治的な、あるいは党派的な敗北ではないと思う。単に、リベラルというか「近代」を相対化している人たちのblogへのアプローチの問題だったと思う。「今後は自分のブログから出て行かず自分の書きたいことを書きたいように書いていく」と書かれているのだが、むしろ、blogというメディアでは、それが適しているんだと思う。出て行くんではなく、個々のテーマで引き込めばいいと思うのだが。党派性を表明しているblogでも、社会的な意見だけではなく、身辺雑記があったり、書き手の文化的アイデンティティとしての四万十川の風景が見えるような所だと、ワタシ的には読んでて面白いし、チョッカイを出したりしちゃうってこともあるのだ。

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