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19/12/2006

アホな機能じゃないかも

 ヤフーの囲い込み機能、「転載機能」が問題になっているのはチェーンメールもどきの使い方をする人がいるからだが、それとは無関係に思ったこと。
 私は法律に関しては素人であり、著作権に関してもよくわかっていない。だから、かなりイイカゲンなとこもあるけど、検証は後回しで。
 かつて、一般の人が目にする著作物というのは、ほとんどが商品価値を持っていた。ところがネットの普及によって、商品価値のない著作物を目にする機会が飛躍的に増加している。
 日本の著作権法は「文化の発展に寄与すること」を目的として、そのために公正な利用に留意しつつ、権利の保護をするものらしい。つまり、著作物の価値の共有のために、価値ある著作物の創作や公表のインセンティブとして、権利を保護すると読める。異論があるのは知ってはいるが。
 だから、論評等のために利用することは、文化の発展のために必要だから認められ、著作権者の権利を横取りするような利用は認められていない。というのが私の理解だった。「引用」における出所明示や引用著作物の扱いは、そのための形式的基準であり、あくまで、ケースバイケースで判断されるものだと。
 著作物というものが普通は商品価値を持っていたということは、著作者の権利というのは、得るべき利益で代表されていると考えれば、わかりやすかった。このblogでも、DVDの感想とかの記述に際し、ジャケット画像を使うのにアフェリエイトにリンクしたり、キャプ画像を載せる場合にも「権利者の利益」を損なわないように扱ったり、「言及のために必要」以上の対応を、一応はしている。
 つまり、著作権の所以をインセンティブと捉えるということは、ユーザー側というか再利用する側にとって、公正な利用にあたるかを、その目的と著作物の商品価値への影響を考えることで判断しているところがある。
 なぜ、著作権の侵害が親告罪になっているかは、ばれなきゃいいということではない。レイプは常に犯罪であるが、犯罪を告発することで、さらに被害を受ける、つまり、セカンドレイプの所以で親告罪になっていたと思う。ところが著作物の無断使用は、常に、権利者の利益を侵害することにはならない。例えば、CMソングを勝手に使うことは、むしろ利益になることもある。その是非の判断は、権利者に委ねることしかできないからだろう。
 以前にも書いたことだが、日本のアニメの世界での市場は「違法コピー」によって形成されたところがある。結果論になるが、市場がない所には、そのコピーによって侵害された「権利者の利益」は存在しなかったわけで、市場が形成されることで、後に他の権利者が利益を得るというヤヤコシイ経緯があるわけで、「違法行為」であっても、マクロに見れば、結果的に「不法行為」ではなかったわけである。
 さて、ネットに公表されている著作物には、それ自身に商品価値のあるものは少ない。ほとんどはタダだから読まれているわけである。それどころか、お金を払ってblogを開設している人も多い。彼らはなぜ書くか、読んでほしいからである。こういう著作物は一種の「財産」であっても、経済的価値として考えるのは難しい。さらに、こういう人の多くは「好意的」に転載してくれるのは歓迎し、「批判的」に転載する場合は「権利の侵害」という意識を持つようであり、一種のというか極めて特殊な「人格権」と思われているようだ。
 このような構図は、ネット以前にも例はある。日本舞踊の公演には、歌舞伎俳優が行うものとどこかの教室が行うものがある。前者はお金を貰って踊るし、後者はお金を払って踊る。観客は前者にはお金を払うが、後者は払わないし、お菓子のひとつもお礼に貰える。そして、後者は、どんなに下手糞でも褒めるというマナーが存在する。
 ヤフーの「転載機能」は、機能はオフにできるということで、権利侵害に関する問題は回避できる。前エントリーで「アホな機能」と書いたが、「ヤフーblogの個々の記事には商品価値がない」「ヤフー利用者間では好意的な言及のためコピーされる」という2つの暗黙の了解があるならば、充分に「利用者へのサービス」となるわけで、アホなとばかりは言えないのだと気付いた。少なくとも考案した人には、こういう暗黙の了解があったのだろう。利用者もその暗黙の了解を受け入れていれば「便利」なのだ。
 さらには、この「暗黙の了解」というのは、何もヤフーblogだけのものではなく、ネットの世界にはよく見られるように思う。
 著作者の権利の所以をインセンティブに求める、その前提である著作物の商品価値はほとんど存在しない、さらには「文化の発展に寄与する」上で重要な批評性も、否定的に考えられがち。こういう状況のもとでは、従前の著作権についての考え方とは、その前提が全く違っていることになる。
 ネットには、その技術的な発達の経緯から「ネットに載せた時点で、個人の権利が及ばない公共物」という思想を典型とする、一般の著作権概念とは異なった考え方もある。しかし、「転載機能」にあるのは、こういう古典的な「前提の違い」とは別の、「著作の価値低下」による「前提の違い」なのではと思うのだ。
 だから、どうだってことはないのだが、ネット上での著作権に関する意見を読むには、こういう「世界観」のことも考えないと、理解は難しいんだろうなと思ったので。

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Commentaires

いろいろコメントしたい記事があるのに時間がない・・・。
年末のばかやろー!!

無手順接続の時代には、歌詞の一部を書いただけでも
大量のレスがついたものですが
最近は歌詞や写真を転載したくらいでは誰も怒らなくなりましたね。
私もココログを始めて半年くらいは他人のブログにわざわざ出向いてって
「その画像は本人から承諾を得たのか」なんて書いてたけど
今はもうスルーです、キリがないし・・(やっぱ歳ですかね)。

で、著作権とか違法コピーとはちょっと話がずれるんですが
意外と個人が書いたブログの記事を鵜呑みにする人って多いじゃないですか。
「どっかのブログに書いてあったから本当らしい」みたいな。
逆に、例えばWikipediaなんかは
「専門家でない人でも情報を書き込むことができる」という話をすると
「だったら嘘の情報もあり得るんでしょ」って話になったりする訳です。
この辺りが私はいつも不思議に思うというか、
じゃあ、どのメディアの情報なら信じるのか、
NHKなら良いのか、朝日新聞はダメなのか、ブログの記事はどうなのか。
まあ、結論としては自分自身で読んで判断するしかないんでしょうけど
その判断をなかなかしづらいというか、
ちょっとした情報を得たときも自分で信憑性を判断しなきゃいけないというか、
なかなか頭を使う場面が多くなったものです。
となると、お上が情報を取捨選択してくれる社会って実はラクなんかな。

Rédigé par: しのぶ | le 23/12/2006 à 00:20

 まあ、フォーラムはムラ社会ですから「御親戚体質」の人もイッパイでしたし、「正義」を教えてやるのと、「危険」だと警告するのは意味が違いますしねぇ。誰も損するワケじゃなしと放置するとスタッフにまで文句を言う。
 信憑性については、7月頃にそんなこと書いてたけど、信じたいことを信じるんでしょうね。東スポやサンケイだと、読む人は「例によって」と思うし、このblogだと、しのぶさんが「騙されちゃいけません」と言ってくれるし、信憑性の判断がしやすくていいんですけど。
 信憑性を自分で考えなきゃいけないのは、考えるのが苦手だったり嫌いな人には確かにツライでしょうね。考えるのが楽しい人もいるけど。 世間では、格差社会と言ってますが、まあ、そういう考えることへの格差というか、国民と首相の知的格差を是正するために、教育改革にしっかりと取り組んでくれてるんでしょう。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 23/12/2006 à 18:33

 あの「転載問題」ですけど,今は「転載の是非」よりもその問題の火元のオヤジの人間性が大問題になってます。いったん「どんどん転載しろ」って自分で言ってたのに,後になって「著作権がどうたら」とか言い出してエントリを消すように各地にお願いに上がっているようです。延々8時間だか12時間だか粘られた人もいるとかいないとか。ネット押し売りかよ。
 更に「ヤフーvsはてな」という構図になりつつあって,ややめんどいです。でも,「初心者を謳う人はなぜヤフーにいくのか」は不思議。ココログって基本的に初心者には敷居が高いのかしら。

Rédigé par: コバヤシ | le 24/12/2006 à 13:45

 結局、はてなの「無断リンク」も、ヤフーの「チェーンテキスト」も、今も燻っているのは、奇矯なキャラクターに起因する部分のようですね。フォーラム難民なら「鳥」さんという懐かしい用語を思い出すかも。
 2006.10.16のエントリーで、一般的な「物心」とは別に、個別概念と抽象概念、さらには抽象概念での位相の違いが理解できない人について「物心のつかない」という表現をしてるなんてことを書いたのですが、あのオヤジも、個別の経緯や「善意」と、一般的な状況の位相の差が理解できていないだけの「物心のつかない」人という感じです。はてなの無断リンク云々の人も。
 全く別の所で話題になっている「個別の自分」と「一般的概念の弱者」の差が理解できない赤木さんも。
 「初心者を謳う人はなぜヤフーにいくのか」、楽天にも行きます。それこそ「ムラの常識」に親和性が高いからでしょうか、オークションあたりから流れてくるのか。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 24/12/2006 à 22:02

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Notifié le le 15/01/2007 à 01:28

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