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26/02/2007

アホは有効か

 東京都知事選は、タレントの兄に対抗して、タレントの夫が出るとか。それは、ともかく、以前から、ぜひ選挙に出てほしいタレントがいる。それは、坂田利夫師匠だ。
 坂田師匠といえば、通称「アホの坂田」である。この通称は自他共に使用されている。選挙カーでは、なにわのモーツアルト作曲の「アホの坂田」を流すわけである。そして、公職選挙法では、本名以外の芸名やペンネームなどの通称で広く知られている候補者が、その通称の使用を申請する制度がある。
 坂田師匠の本名は地神利夫であるから、「坂田利夫」は申請することになる。さて、問題は「アホの坂田」である。通称として「広く知られている」わけだから申請することができるはずである。申請しなくても「アホの」は通称の一部となっているわけであり、他事記載で無効票にはならないだろう。
 さて、そうなると「アホ」とだけ、書いた票は有効だろうか。おくやみに行った相手の名前を間違うような人と同じ選挙区から出ない限り、候補者の中で日常的に「アホ」と呼ばれているのは坂田利夫氏だけのはずであり、「アホ」は通称と解することができる。選挙監理委員会がどのような判断をするのか、また「アホ」票が当落に影響を与えた場合、その判断に異議があって裁判になったら、裁判所はどのような判断をするのだろうか。
 別に、当選してほしくはないし、むしろ落選して芸能活動を続けてほしいけど、選挙制度の問題として、坂田利夫氏には一度、選挙に立候補してほしいものだ。

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25/02/2007

これなら許せる?

 このblogは、「良い・悪い」とか「健全・不健全」とかの価値判断をすることは少ない。「好き・嫌い」だの「オモロイ・オモロナイ」という主観がほとんどだ。そして、好き嫌いは激しいのだけれども、それゆえか、似たような好き嫌いの人が読んでるようだ。
 さて、嫌いなもの、というのはストレスを与える。なので、嫌いなものを嫌わなくていいようにしたらどうだろう。
みつを それで、みつを嫌いな人から、トラックバックを貰ったので、こういうのを作ってみた。
 居酒屋の便所に貼ってあると嫌な「みつを」も、こういう形でマルフクの看板や水原弘と由美かをると一緒に倉庫の壁に貼ってあるなら、何となく許せる気がする。
騒言おばさん 細木数子というのも嫌いな占いさんの1人だ。もうひとりは書かないけど。けれども、もっともらしい言い方じゃなくて、布団を叩きながら叫んでいるのなら、近所には決していてほしくないが、どこか遠いところにいるのを、メディアを通じてなら見てもいい気がする。
 加工してわかったのは、押しつけがましさという点で共通しているものでも、過剰になると笑えるということ。

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フロッグマン

フロッグマン 疲労時には、みつをよりもアルバトロスのおバカ映画が効く。フロッグマンといっても、水中工事の人でも、古墳少女コフィーちゃんでもない。薬品工場がこっそり投棄した化学物質によって遺伝子が異常に変化し、形態変異を起こした水棲生物である。
 日本版の予告編では、スパイダーマン、バットマン、Xメンに並べていて、ジャケ写真はそういう系だけど、ちょっと違うぞ。かなりおバカ、ちょっとエロなモンスターパニック。
フロッグマン 特典映像に、フロッグマンのダンスも収録されているので、作った方もバカ映画のつもりで作ってる。
 いきなりレズの絡みシーン。一方は、環境保護庁の人、水棲生物の奇形が発生しているということで調査に来ているのだが、原因は地元の肥料工場。そして、車の前にヘコヘコ歩く「フロッグマン」に驚いて事故を起こす。フロッグマンは化学薬品の影響で遺伝子が変化し、異常に進化したもので、何と人間の遺伝子構造と対になるような構造と「XY」染色体を持つという、ようわからん生物。というのも、人類の女性を襲う理由のためのコジツケっぽい。
フロッグマン それで、邪魔する男性や、枯れた女性を犠牲にしつつ、肥料工場の社長の娘や、女子学園の寮を襲うわけである。作りは、モンスター・ホラーっぽいのだが、フロッグマンの造形や無理矢理感で、どうにもおバカ。
 ネタばらしになるが、フロッグマンは、誕生の原因となり、娘を襲われた肥料工場の社長に射殺されるわけだが、ラストシーンはその娘の出産シーン。父を祖父に殺されるというフロッグマン2世で、続編も作れそうだ。

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久々に塗装

049 天候がよく、そこそこ暖かかったので、久しぶりに塗装をしてみた。
 以前に、2色まで塗っていたもので、同じ色が他に使わない紫と、仕掛品の最古参のもの。赤色は他にも塗るものがあるのだが、一緒にと考えていたのでは、いつまでたっても出来上がらないので、同じ会社車輌ということで。

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23/02/2007

塀の上の猫

塀猫 夕方、お買い物に行く途中に通った、巾1メートルくらいの路地の塀の上にいた猫。通っても、逃げもしない。
 約1時間後、帰りに通ったら、まだいた。場所は塀の控壁の上から、塀の上にと、少し移動していた。

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22/02/2007

近頃なぜかチャールストン

近頃なぜかチャールストン 1981年の作品だけど、始まると、とてもそうは思えない。モノクロだからというだけじゃなくて、何というか「戦後」テイストなのだ。高度成長とバブルの谷間の時期の映画とはとても思えない。たぶん、それが狙いなんだろうと思うし、時代設定を曖昧にすることで、かえって、今、見ても新鮮なんだと思う。
 内容は、暑さのせいで、はたして本当にその気があったのか疑問だけど、婦女暴行未遂をやってしまった不良少年と、無銭飲食の老人の一団が留置所で出合い、その後に奇妙な共同生活を送るというもの。それに定年間近の刑事がからむ。この面々が脱力感いっぱいなのに「キャラが立って」躍動的。こういう、ちょいワルというよりも、ちょいダメ連中の抵抗と反攻を描いているのだが、展開のテンポはすごくいいのに、何かぬるーい感じがして、脱力感がいっぱい。こういう雰囲気の映画は好きだ。
 不良少年の家の女中・タミ子役の古館ゆきも、美人でもなく、スタイルももひとつなのに、妙に抜けていて、とても魅力的。

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ALWAYS 三丁目の夕日

三丁目の夕日 普通に「よかった」映画については書きにくい。なぜ「よかった」か、作った方の狙い通りに受け止められたからで、わざわざ書くこともないことが多いから。
 一昨年の日本映画で最も人気の高かった「ALWAYS 三丁目の夕日」も、普通に「よかった」映画で、感想が書きにくい。ひとつには、褒めるのが口惜しい、という気も少しする。
 何しろ、ベタベタだし、予定調和の世界で意外性はないし、とにかく「アタリマエ」すぎるのだ。そのアタリマエにだけど、ひたすら丁寧に作ってあるという感じなのだ。
 ひょっとして、これを作った人は、自分の能力をあまりに過小評価してるんじゃないかなと思った。なので、出来ると思ったことを、とにかく、きちんと作ったんじゃないかと思わせる。
 だから、コミック原作という映画ということでは、比較するのも失礼かもしれないが、あの「キャシャーン」の正反対の印象を受ける。「キャシャーン」が「勘違いしてる」人のオナニーを見せられた印象に対して、こちらは、そこそこの美人が「私ってブスだから、その分、誠意とテクニックで頑張るから、嫌わないでね」という感じなのだ。だから、あまりに好評なのも気にくわない。
 内容としては、原作と同様に「どこか別の世界」を描いたわけである。「別の世界」を創造するため、「この世界」との関係や現実感を持たせるため、近過去という設定を使うのが、原作同様だが、「過去の世界」というわけではない。その「別の世界」の「コンセプト」は共通しているものの、登場人物は名前こそ同じであっても変えてあるし、エピソードも創作だ。
 その「別の世界」の予定調和を、ただ肯定だけしてしまうのはアホみたいだけど、かと言って、否定するようなものでもない。結局、133分の間、どれだけ「別の世界」に浸れるかということになるのだけど、細部まで丁寧に作り上げられているので、気持ちよく浸れるわけである。
 良かったんだけど、何か、これをイイと言うのは、あまりにアタリマエの感想で口惜しい。

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ドリーマーズ

ドリーマーズ  ベルナルド・ベルトルッチ監督作品。タイトルが「ドリーマーズ」というのだから、夢を見ている人の話だ。男女の双子の兄弟が見ている夢に、アメリカ人留学生が「割り込んでくる」という話。
 観ている夢は3種類。ひとつはフィクションという夢。この3人は映画ファンというかマニアというか、映画のシーンを再現しては作品を当てあうというゲームに興じている。別世界の夢。もうひとつの夢は、現実になってはいけない夢。双子の男女は性的な関係への夢を見ているが、現実にはしてはいけないし、ならない。実現できない禁忌だから夢でしかないのだけれども、夢への「寸止め」を楽しんでいる。さらに、もうひとつの夢が、社会への夢。それで1968年のパリの5月革命前夜が背景になっている。おそらく、社会への意識というものがありそうもない双子にとって「5月革命」というのは一種の「夢の実現」というだけのもの。
 そして、割り込んで来た留学生というのは、現実の世界に生きる人。現実と離れた夢は夢として共有できる。現実化可能な性的な夢は現実化して共有してしまう。そして「5月革命」に対しては共有しない。
 こうした、夢に生きる双子と、現実に生きる留学生の間での、夢をめぐる物語、と理屈で言えばなるんだろうけど、それが映画が留学生の視点で構成されているから、そう思うのだろう。たぶん、この双子には、別の物語が見えているんだろうなと思わせる。
 「夢見ること」が「危うい」がゆえの美、を描いた映画のように感じられる。絵面もきれい。

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妖怪大戦争

妖怪大戦争 林家三平の父親の方の林家正蔵は生で見たことがない。けれども「妖怪百物語」という映画で怪談噺を演じているのをDVDで見て、こういう人だったのかと思った。レッツゴー正児の兄のルーキー新一が出ていた。藤巻潤が主人公だったが、月代がどうだったか覚えていない。
 この「妖怪百物語」の続編が「妖怪大戦争」で、こちらも中身はどうってことはないのだが、若井はんじ・けんじが門番役で出ていたのを覚えている。バビロンから飛んで来た妖怪に憑かれたというか乗っとられた代官役が神田隆だった。
 なので、このリメイク版の「妖怪大戦争」の主役を「神田隆之介」と思いこんでいたが、チェックしてみたら神木だった。劇場ではなく、DVDが出てすぐ見たのだが、もひとつ「中途半端」な感じがして、何も書かないでいた。
 「中途半端」というのは、惜しいなぁ、という感覚だ。「渾身の脱力作」になりきれていない惜しさなのだ。確かに「大戦争」と言いつつ、ぬるーい感覚というか、脱力作を作ろうという意欲はひしひしと伝わる。その「ひしひし」が伝わることが、もひとつ脱力感に欠ける理由だろうか。スネコスリというのも半端な存在。

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ダイナソー・ファイター

ダイナソー・ファイター だいたいタイトルが「ダイナソー・ファイター」で、副題が「カンフーVS.巨大恐竜」で、これは絶対にバカ映画だと誰でもが思うわけで、つい観てしまった。それで、期待通りというか、期待さえも肩すかしを食わされるバカらしさ。
 DVDは2005年に発売されたそうだ。とっても21世紀のものとは思えないので、調べてみたら、1997年の製作だそうで、日本未公開。それでも、この時代になって、あえて、こういう映画が作られたのは奇跡だと思う。
 製作されて8年も、日本で公開もされてないのに、なぜに吹替までして、売ることになったのか。デビルマン効果だろうか。というのも、テイストはたまらなく「東映特撮」っぽい。世界制服が幼稚園バスの乗っ取りに、悪魔対人類の壮大な戦いが茨城のショッピングモールに展開されるようなもんで、背景というか設定の大きさと内容のチープさのギャップが半端じゃない。「人類の存亡をかけた壮絶の肉弾」だそうだけど、主人公は段ボール箱と思うほど、とにかくやたらと段ボール箱が積まれた中でのシーンが多い。
 サイボーグが支配する未来、人類は道具として使われていた。そこから現代のアメリカに男が逃げてくる。逃げた男を追跡・抹殺するため、サイボーグは狂暴な肉食恐竜を大量に過去から送り込む。その肉食恐竜の「存在感」というか脱力感は素晴らしい。各サイズあるけど数匹なのが残念。
 恐竜が現れ、街はパニックに陥ったらしいが、皆さん、普通に生活してます。人類の未来を守ろうと、男は唯一の武器であるカンフーで戦いを挑むわけだけど、街の人たちは「パニックに陥った」ことさえ知らないわけで、列車に乗って逃げ出したはずが、なぜか戻ってきた主人公と見習い尼さんは、数人のお友達と戦うことになる。
 ちなみに、カンフーなのかよくわからないけど、格闘する相手は、ほとんど動かない恐竜よりもサイボーグ。貧相なプレデターにボーグの眼が付いてる感じ。一人しか出てこないけど。
 ともかくも、実写版デビルマンをおもしろがれる人は、見て損はない。原題は「FUTURE WAR」。このタイトルで売ってちゃ、観る機会もなかっただろうけど。

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ドリームシップ エピソード1/2

ドリームシップ エピソード1/2 ドイツ製のSF映画。
 スタートレック同様に24世紀の話で、地球周辺での話だけど、昔々の銀河の遙か彼方のスターウォーズ的な背景があってって、つまりは、この2つがメインの元ネタ。
 タイムトラベルで、中世のヨーロッパや近代のアメリカに飛んでしまうので、美術費が節約できているんだけど、だからかどうか、本格的っぽい作りになっていて、内容が思いっきりバカバカしいのでいい。でも、ゲイネタってちょいイージーな気もする。
 ちょっと出てくるだけの宇宙船のクルーがいい。通信士官はアフリカ系だし、航法士官は東洋系。

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ダ・ヴィンチ・コード

ダ・ヴィンチ・コード しばらく、映画・DVDの感想を書いてないので、溜まってるメモを消化。
 見る前に、キリスト教の教義をめぐってのミステリーということで、「薔薇の名前」みたな雰囲気なのかと思っていたし、変死体を操作する刑事役でジャン・レノが出てきた所で、「クリムゾン・リバー」みたいな雰囲気かとも思ったが、結局、もっとお気楽な映画。アクションのないインディジョーンズという感じ。原作、読んでないのかと言われれば、その通り。
 だから、次々と新しい展開に移るリズムも心地いいし、伝説というか偽史を前提にしていながら、主人公がトムハンクスで、あまりカッコヨクないというところで、荒唐無稽さを防いでいる。ミステリーの謎解きも、中世史を背景としていながらも、それは単なる背景にすぎず、よーするに「秘密」をめぐる攻防の、対立構造ということなので、分かりやすい。
 そういうことで、充分に楽しめるエンターティンメントなのだが、前宣伝というか、いろんなところでの言及が「歴史」に重きを置いているのが意外。

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17/02/2007

梅がうめー目白

梅 うちのは白梅とややピンクだけど、お買い物のついでに、近所の紅梅を見てきた。最近、JR東海のポスターのモデルになってたし、以前には光琳の紅梅図のモデルもやったらしい。けっこう知られた梅。
梅 梅には鶯、メジロといえばツバキだが、2羽のメジロが梅がうめーと花を突っついていた。突っついては、次の花に移るし、うまく撮れない。
梅 ついでながら「梅に鶯」というのは実は間違いだそうだ。ウグイスではなく、このメジロ。ウグイスは画像検索してもわかるように茶色の鳥で、笹藪の中で生活していて、人が見ている時に梅の枝に留まったりもしない。花札にも描いてあるウグイス色をした鳥は、実はこのメジロらしい。

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16/02/2007

ヴァンパイヤ侍

ヴァンパイヤ侍 オープニング。着物というかキモノ姿の女性がニンジャから逃げている。胸元がユサユサ揺れるんで、つい注目してしまうが、左前だわ。そら縁起が悪いわと思ったら、やっぱり吸血鬼に襲われてしまう。一方、公園の休憩所みたいな所では、やたらとタイソウな甲冑を付けたおじさんが気張ってる。。。これだけで、この映画への期待は膨らむし、それを裏切らないバカらしさ。
 で、ストーリーは配給元のサイトに出ているが、この「ひとつ、人の世を忍び。ふたつ、不死の力を授けられ。みっつ、未来の月となる。」というコピーのように、 完全にネタ映画扱い。
 作った方も、たぶん、そういう気なんだろうと思う。

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268日目

モリアオガエル 早春に産卵するヒキガエルはもう起き出しているようだけど、うちのモリアオガエルは冬眠中。
 冬眠用の容器をセットしたのに、その外の葉っぱの下で寝てるのがいる。おかげで、こまめに給水しなくちゃいけない。でも、乾燥した日が少ないようで、1週間や10日くらいなら大丈夫のようだ。布団を剥がして撮ってみたが、起きない。

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梅がうめー

梅 帰ってみたら、うちの梅も咲き出していた。
 ところで、このタイトルって、流行ってるの? 最初に使った人への羞恥プレイの一種なのか?

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雨に

 雨に濡れながら たたずむヒキガエル。
アズマヒキガエル 以前のはニホンヒキガエルだけど、今回のはアズマヒキガエル。

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15/02/2007

泡盛

泡盛 「覗き」の後、沖縄料理の店で、夕食だった。
 右側は、糸満の酒。ほんのり甘みと泡盛独自の苦みがあって、スッキリ系。郡山の姉さんや、盛岡の母にも、飲ませて感想を聞いてみたい。
 北上に「白ゆりポーク」というのがあった。「白ゆりポークって仙台にいそうというイメージで、盛岡の白ゆりは、あまりポークのイメージはない。」なんて話をしていたのだが、白百合というのもあったので飲んでみた。石垣の酒で、泡盛っぽさ満開の泡盛だった。

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14/02/2007

のぞき

 春一番が、123ダーと吹くバレンタインデーに、とある公園に、カップルが励んでいる所を「覗き」に行ってきた。このレポートは、好き嫌いもあるだろうし、画像を直接表示するのではなく、ポップアップ式にした。
 さて、公園に行くと、早速、絡み合っている連中がいるし、そこに混ざろうとしているのもいる。
 けれども、絡み合っても、すぐに離れてしまうようだ。そして、次の相手を捜している。
 どうも、男ばっかりのようなのだ。「ブホッ!いい男!」と思ったか挑み掛かっても、相手が声を出して拒否するので、離れてしまう。
 そして、次の相手を捜すのだが、中には、私の足を見つけて、挑み掛かって来たのさえいる。
 そういうわけで、あまり、ゆっくりと覗きはしなかった。

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しつこく「産む機械」

 しつこいようだが、このblogで政治的な主張を行ったり、見解を述べたりすることはない。
 それで、しつこいこうだが、「産む機械」の話である。というのも、この件が「政治的」な問題とは考えていないからだ。単に、政治に携わる人びとを中心に展開され、政治に影響を与えていることだが、政治的なことを書く気はない。
 例えてみるなら「安倍と谷垣のどちらを首相にすべきか」は政治的判断であり、政治的な見解である。でも「安倍と谷垣のどちらの能力が優れているか」というのは政治的な判断でも見解でもない。安倍を支持した人も了解している共通認識があるようなものだ。
 それで、この「産む機械」発言とその反応に感じた「気持ち悪さ」というのも、政治的な見解とは関連しない、むしろ、この発言にあるロジックの気持ち悪さなのだ。

 さて「産む機械」というフレーズはインパクトがある。だから、この言葉だけが取り上げられているように感じて、文脈で判断すべきと書いている人は多い。その通りと思う。小泉さんの手法が「ワンフレーズ」とさんざんに批判されたのは記憶に新しい。当然、小泉「ワンフレーズ」を批判していた人たちは、「産む機械」という「ワンフレーズ」をピックアップすることにも批判的だし、政治手法として、小泉「ワンフレーズ」を許容できると思う人は、このような批判はしない。。。。はずだ。
 私も、最初に、この話題に触れた時にも書いたように、単に「機械に例えた」から問題じゃないと思っている。「例えられるケース」と「例えられないケース」があって、その後者じゃないかと、柳沢氏の話した文脈や謝罪の内容を知って思ったわけである。
 アベレージバッターを「安打製造器」と言ってもいいが、三振の多いロングヒッターを「扇風機」と言うと失礼というように、褒めるつもりか、けなすつもりかということではない。人間の「生理」ではなく「意思」の部分を「機械」に例える気持ち悪さだ。
 「産む」というのは、「産みたい」という「意思」と生理的なメカニズムによるものだ。メカニズムと書いたように、わたし自身、後者は機械に例えているし、それが問題とは思わない。もちろん、人体を機械に例えるのは一種の「唯物論的」発想だと、宗教的見地などから、それすら否定する人はいるだろう。例えば、
 八木洋八:人間を機械に例えるのは、唯物論なんですね。
 中川秀次:そうです。共産主義です。
 八木洋八:やはり柳沢氏は間違いなく共産主義者です。
 中川秀次:そういう人は閣僚に相応しくないですね。
というような漫才を行う人もいるだろうけど、私の場合、生理機能を例えるなら気にならない。
 生理的な機能は例えても問題はない。けれども「産みたい」「産みたくない」という意思の問題を、機械に例えるのは気持ちが悪い。柳沢は、まず「なかなか今の女性は、一生の間にたくさん子どもを産んでくれない。」ことを前提にしている。正確には「産む意思を持ってくれない」わけである。意思の問題なのに、その後に機械に例えるから、気持ち悪く感じる。
 柳沢発言を批判する方も、「産む」意思があるのに、産むメカニズムが機能しなかった政治家の発言は取り上げられる。じゃあ「産まない」という意思によって、産むメカニズムを機能させなかった人たちは、どう思っているんだろう。該当するかどうか詳しくは知らないが、山崎拓や杉村大蔵はどう思ったのだろうか。さらには、「産む」「産まない」という意思が固まっていた人だけでなく、最も重要だと思うのは、その間で悩んだ人たちの場合だと思うのだが。
 「産む」意思の問題をすっ飛ばして機械に例えた柳沢はもちろんだし、その影響で、発言への反応でも、意思の問題をすっ飛ばしているようで、とても気持ち悪い。
 山崎拓や杉村大蔵の意見はわからないが、中川(薬)は、ご自身のサイトに意見を載せているそうだ。といっても、柳沢発言は「極めて技術的な人口推計の説明をする時に、できるだけわかりやすくしたい」ためで、「機械に例えたこと」は問題だが、それは謝った、個人の意思の問題ではなく、統計上の集合的な概念として例えただけという。自民党の島根県議は、今さら、人口推計の説明を、わかりやすくしないといけない程度だと柳沢は思ったらしい。
 地震対策と温暖化対策は根本的に発想が違う。現象が止められないからどうするか、現象を止めるにはどうするか、少子化対策はどちらなんだろう。
 結果として「たくさん子どもを産んでくれない。」がある。原因として、「産む意思を持ってくれない」がある。地震対策型なら「たくさん子どもを産んでくれない。」から、どうするかの対策だ。温暖化対策型なら「産む意思を持ってくれない」から、どうするかの対策だ。
 なるほど、中川(薬)の言うように、前者だとするならば「産む」意思とは無関係に、現象だけに注目しているわけだから、機械に例えることだってあるだろう。じゃあ、「1人頭で頑張ってもらうしかない。」ってのは何なんだ。「大規模地震は必ず起きるから、地震に遭わないよう、頑張って貰うしかない」というような気持ち悪さだ。
 女性に失礼とか、そういう問題よりも、全く意味が繋がらないという、とっても安倍っぽいところが、私としては気持ち悪いのだ。
 それでも、柳沢に好意的に考えれば、景気浮揚策に例えるなら、「なかなか今の人は、ものを買ってくれない。買う機械と言ってはなんだが、装置の数が決まったとなると、・・・機械と言っては申し訳ないが・・・機械と言ってごめんなさいね。・・・あとは買う役目の人が1人頭で頑張ってもらうしかない。」ということが言いたかったのかと考えることができる。家計消費の拡大には、経済格差の拡大を是認するということだ。少子化対策として、「産める」層と「産めない」層の格差拡大を考えているということだろうか。それはそれで、問題だと思うが。

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アンケート

 岩手県内のとある駅前でアンケート用紙を渡された。その市内のパチンコ店の利用に関するアンケートだった。
 私はパチンコをしない。パチスロもしない。「ドロンジョにおまかせ」も見たことない。しかし、ごくたまにパチンコ店は利用した。トイレを使うだけだが。それも、パチンコ店の郊外化やコンビニのトイレが使えるようになりで、機会は減った。
 岩手県内で利用したパチンコ店は盛岡駅前の盛楼閣の下くらいだ。以前は、青森行きのバスがこの前から出てた関係で、トイレを使った覚えがある。しかし、バス停が西口に移動し、マリオンのトイレを使うようになってからは、行ったことがない。もちろん、そこの市内では利用したことはない。
 ともかくも、アンケートを書いて発送しておいた。パチンコをしないと答えられない問もあったが、利用するだけなら答えられる問も多かったので。どのようなパチンコ店に魅力を感じるかの選択肢に「無線LANが使える」というのがあって、これは魅力的だった。でも「電源が使える」がなかった。
 それにしても、駅前で大荷物を持って歩いており、呼びかけられて「なんですねん」と答えたんだから、アンケートを渡さなくてもいいようなもんだが。

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13/02/2007

すっぽこ

すっぽこ すっぽこ研究所に聞いたところ、クラシックなスタイルのすっぽこだということで、寿屋のすっぽこを食べてみる。
 千厩のすっぽこより薄味で気に入る。

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12/02/2007

ミルク

どぶ ほんのり甘みのある辛口。

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牛か馬か

馬牛 絵は「牛」に見える。
 文字は「馬」に見える。
 いずれにせよ、眉毛がある。

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ピンクの馬

桃色馬 眉毛のある馬。

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神は心を見る

基督看板

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11/02/2007

ラッパー

消防団

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伝統ゲイ能?

手踊り

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鹿踊り

鹿踊

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10/02/2007

世をしのぶ名は「葛煮」

 小牛田駅周辺というのは、不思議な町だ。どう見ても、理容美容の店の方が飲食店より多い。その飲食店のひとつでランチを食べた。運んできた店員さんに、このあたりの郷土料理に「すっぽこ」というものがあるかと聞いてみたら、まったく知らないということだった。
 ところが食べ終わって、勘定を払ったら、その店員さんが、「さきほどのがわかりました。葛煮のことです」。つまり、私がランチを食べている十数分の間にわかったのだから、厨房の人か家族の人に聞いた結果だと思う。その葛煮、この地域の家庭料理で、飲食店のメニューにはない。うどんが入るか聞いたら、細い温麺を入れたりするとのこと。入れたり、ということは、入れないこともあるのだろうか。
 ともかくも、小牛田には「葛煮」というものがあり、それを「すっぽこ」とも言うということを知っている人と知らない人がいるということである。
 すっぽこ研究所の調査によれば、千厩では「すっぽこ」が通じないと、メニューには表示していなかったのが、知っている人もいて、店の看板で復活したという。
 小牛田でも「すっぽこ」は通じない。しかし、このあたりの「葛煮」が「すっぽこ」とも言われたことを知る人がいたのである。
 宮城北部の地下水脈にも「すっぽこ」は流れている。「葛煮」に覆われて隠れている地域があるものの、断片的な情報があるということは、あちこちで、今なお、露出しているケースもあるということだろう。「葛煮」という名で世をしのぶ「すっぽこ」、家庭料理で店では食べられないという。いつの日か、食してみたいものである。

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スーパーひたち

 岩手に向かう途中、なぜか仙台まで常磐線の特急に乗った。しないといけない作業があって、早くに宿に着いても入れるかわからないので、車内ですることにして、乗車時間を長引かせるためだ。
梅 東京周辺では、もう梅が咲いているので、途中の水戸で梅を見ようとか思ったわけではない。乗ったことのない路線に乗るとか、そういう意味もまったくない。乗車してから、そういえば、常磐線の原ノ町以北は乗ったことがなかったと気付いたくらいだ。
 世の中には、鉄道路線を乗りつぶす趣味の人がいる。私の場合、あちこち行くのが好きなわりには、そういう趣味がないのだ。なので、乗りつぶした都道府県すらない。
 あやうい府県はある。青森県では、辛うじて五能線の深浦・艫作間が抜けている。というのも、黄金崎不老不死温泉に行った時、迎えが快速が長時間停まる深浦駅まで来てくれたが、帰りは、各停なので、最寄りの艫作から乗ったからだ。徳島県も、どこかのお寺のケーブルに乗ってないとか、宮崎県では、宮崎空港線とか、各県必ず乗ってない線がある。
 そういえば、全都道府県のうち、鳥取からだけはネットに接続したことがないとか、佐賀県だけ宿泊した覚えがないとか、「全都道府県」でやったこと、ということがあんまりない。行ったことと、何か食ったこと、写真を撮ったことくらいかも知れない。
 鉄道路線に乗った乗らないの話に戻ると、私鉄だと、十和田観光鉄道、叡山電車、一畑鉄道などのように小規模な所だと全線に乗ってしまっているが、乗ってない区間の方が長い会社も多い。東急で乗ったのはグランデコのゴンドラだけ、京王で乗ったのは赤倉チャンピオンゲレンデの高速クアッドだけだ。ちなみに、このクアッドの隣から出ている「中央トリプル」は、設備こそ更新されているが、日本で最初に、法的に鉄道とされたリフトの後身らしい。「鉄な人」には、このトリプル目当てで、赤倉温泉スキー場に行く人もいるんだろうな。

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08/02/2007

非効率工作

048 工作の手間と見栄えの効率ということがある。例えば、このblogで書いているようなマイクロエースの蒸気機関車の加工は、車高を少し下げるだけのことで、見栄えや編成にした時の雰囲気が全く変わってしまうわけで、かなり手間のパフォーマンスは高い。
 その一方で、手間がかかるわりには代わりばえがしないような工作もある。こういう工作は、少しづつしか時間がとれないような時に、ちょっとずつやってしまっておくのがいいようだ。
 両方とも、やっても見栄えはしないような加工をしている。単なる塗り替えでも充分にそれらしいのだが、ただ、塗り替えるにあたって、違うところは違えないと何か気持ち悪い。ということで、非効率な加工をやっている。右は、出来たとしても鉄道模型の添え物にならない。にもかかわあず、塗り替えには向かない素材色だが、銀色は隠蔽力が強いということだけで、塗り変えることにしたもの。その下拵えの加工がけっこう手間だ。

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07/02/2007

出入り

 漫湖は国場川の出口にある。たぶん、国場川の入口にあるとは考えない。水の流れから、そう思うのだろう。それはともかく。
 googleで、"子宮の出口"を検索すると約10,300件がヒットする。"子宮の入口"だと約10,200件である。子宮頸部から対外にいたる器官は、僅差で「出口」が多いようだが、「入口」と表現する人と拮抗しているようである。
 さて、先日のエントリーのコメントのフォローというか、柳沢に関しては、もう書く気も失せたのだが、むしろ、その反応について思ったことがある。
 どこでも見られたのが「産む機械」に対比させる概念として、「種蒔き機械」をあげている例である。女性に対して男性を想定するからだろう。こうすると、産むということに対しての生理的な機能の対比になる。「機能」の話になってしまうから、機械に例えて何が問題かということになってしまう。
 ところが、見られないのが、「出口」を使うことに対して「入口」を使うことを対比した例である。「入口」と考える記述が「出口」と考える記述に拮抗しているにもかかわらずである。こちらは機能の話だけではない。その機能を使うか使わないかという「意思」の対比の問題になる。もちろん、その「意思」のもたらす結果については大きな差があるとしても、問題は、機能ではなく、意思にあるということでは、対比させて考えてもよかろうに。
 ついでながら、「異性間の友情は考えられない」とか言っている非モテ連中を何とかしてほしいと思う。けれども、装置の数が決まっているからといって、一人頭で頑張ってほしいとは思わない。もちろん、頑張ることが悪いとも思わない。それこそ、社会がと個人がの違いはあっても、機能を使いたいと思うような状況を作れないことが問題だからだ。

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スキーの思い出

円グラフ 感じは出てるか。

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05/02/2007

ラーメン屋じゃあるまいし

みつを 昨年に泊まった旅館の渡り廊下。普段、泊まるような所の倍くらいの値段だったにもかかわらず、渡り廊下には、居酒屋やラーメン屋の便所に貼ってあるようなものが。
 部屋に飾ってあった絵は、地元の画家の作品で、雰囲気が良かったのに残念だった。
 泊まってもしょうがないじゃないか。イチゲンだもの。

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Google Maps API

 この前のエントリーで、グーグルマップにリンクしていた。ところが、よそ様でGoogle Maps APIを使っているのを見て、利用することにした。
 説明通りに、地図を表示するhtml文を書いてみた。それをblogに表示させるために、objectタグで記事に貼り付けたら、スクロールバーが表示されてしまった。それで、iframeタグで表示させてみた。
 ところが、そうして貼り付けた地図はrssでは表示されない。scriptがoffでも表示されずに空白になる。そして、当然だが、Googleからのデータ転送が完了しないと、表示されない。
 このblogを表示させるためには、ニフティのサーバー以外にもpodfeed.podcastjuice.jpだとか、www.blogpeople.netのデータが必要なのだが、記事本文の表示には必要ない。どうも、表示速度のボトルネックになってしまっている。
 ということで、やはり記事中に貼り付けるよりは、ということで、ポップアップで表示させることにした。
 ちなみに、これはGoogle Maps 何?。

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03/02/2007

松島や

 私は松嶋屋のファンである。秋田や熊本や香川の昔ながらの劇場での公演の際には、知人らとグループで観に行くということもした。なお飯塚の劇場に行くのは松嶋屋が目的ではない。
 ついでに、長男親子はどうでもいいし、ましてや生茶やオセロの白はどうでもいい。
 それで、一度くらいは松島とやらに行っておこうかと、先日、寄り道をしてみた。
松島 東北本線に松島という駅があるので、東北本線の普通に乗り換えた。そして、車内で、駅からどういけばいのかと地図を見たら、仙石線の松島海岸駅が近いことがわかったが、手遅れだった。
 さて、松島駅から道路をまっすぐ海岸に向かうと、川沿いの国道45号線との交差点に出る。(地図)
 そこには交通整理をしているおじさんが2人いた。青信号になると、国道の車をストップさせて、自転車を通しているので、渡ろうとすると、この信号は「自転車専用」なので歩道橋を渡れと指図する。キャリーの荷物を持って、歩道橋の階段を上がるのも面倒だし、信号がある上に交通整理のおじさんまでがいて、車を停めているのに渡ってはいけないらしい。
 それで「このあたりには、バリアフリーという考え方はないのか」と聞いてみたら、「ありませんねぇ」だって。
 駅にスロープがあったので、この交差点のあたりだけのことかもしれないが、松島町には、バリアフリーという考え方はないらしい。
 とりあえず、エンヤトットと歩道橋の階段を上り下りしたのだが、面倒だというだけで、可能な脚力のうちに来て正解だったようだ。脚力の弱った人は、松島は避けた方がいいだろう。
 けれども、そういう所だから、まだルーズソックスを履いているじょし生徒がいた。スカートの下に短パンを穿いてという着こなしは珍しかったけど。

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02/02/2007

機械の性能を錯覚したい人

 Yahoo!ブログの「転載機能」は、私にとっては、不思議であり、バカみたいな機能だと思った。けれども、そのアホな機能を備えたYahoo!ブログと、このblogは、ネットの上で繋がっているわけであり、クリックひとつで行き来できるわけである。なので、アホかだけですますわけにもいかずに、自分の判断とこの機能を作ったYahoo!ブログの中の人との「分岐点」はどこかと考えたのが、先日のエントリーだ。
 その結果が、著作物への考え方が違うんじゃないかということだった。この差というのは、ネット上に著作者の権利についても、従来の著作者人格権を歪めたような「人格権」と捉えてしまうことが多くなっていることとも関連しているのではないか、ということだった。
 それに対して、同じく「転載機能」を不思議な機能と思ったロジックな姉さんがTバックを送ってきたのは、blogコミュンケーションでは「議論」や「意見交換」ではなく「共感」だけを求めているからだろうというハナシだった。
 blogを書いている人がいる。書く機械と言っては何だが、機械によって著作物という製品が生産されたとすると、機械と言っては申し訳ないが、機械と言ってごめんなさいね。製品の批判的検証によって機械の性能向上に頑張ってもらうことで、よりよい製品が作られるというのが、従来の考え方だ。
 ところが「製品への批判は機械そのものへの否定である」という考え方を、ネット上でしばしば見かける。
 「なぜならば」売ることを前提としない製品は改良の必要がない。機械の性能向上ということも考えないから、というのが私の仮説であり、「そうだから」機械の性能が充分に高いと思いたいために、互いの自分の製品の宣伝を、ただ、しあってるんだろうというのがロジックな姉さんのハナシを受けての仮説だ。ヤフーblogのファン登録とか、はてなのブックマーク数をひたすら集めるというのも、この錯覚の効果的な材料になっているんだろうな。
 この「錯覚による現状肯定」というのは、いつぞやも書いたようなことがある「勝ち組@元祖」と似たような病理なのかとも思う。そして、どうしても錯覚が得られないほど、悲惨な部分があると「不完全でもいいじゃないか、人間だもの」思考に陥ったりするわけである。
 Yahoo!ブログの「転載機能」という不思議な機能、争点が噛み合ってない論争や揉め事、こういうネットに漂う「やや不思議な傾向」の言動というのは、「典型的な症例の人」に遭遇することで、「こういうことなのか」と思いあたることが多々ある。なので、コミュニケーションと文化についての「勉強」になることも多い。しかし、その「典型的な症例の人」というのは、書いていること自体は無意味なことが多いので、別に読みたくもないし、さらには遭遇もしたくない。でも、反応は観察はしたい。勝手なもんである。

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ミルキー in タンゴ

milkyqueen ミルキーといっても、何かと話題の菓子屋さんではない。以前に、ある所で話題になっていた「ミルキークィーン」が近所にも売っていた。丹後産だそうだ。水を10〜15%少なめに炊くといいらしい。
 もちもちした食感だった。

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