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10/06/2007

比すれば徒花

 蝶めづる姫君の住みたまふかたはらに「心深きさましたるこそ心にくけれ」と虫愛づる姫君もいたらしいが、嫌ふ姫君も多いようである。でも、虫嫌ふ姫君も、ネット上の虫記事から派生し虫喰らうサイトに見いったりしてるらしい。
 私も「嫌い」というより「どうでもいい」と思っていた芸人さんの話題を行き先のblogで見たりしているうちに、つい気になってしまったりする。
 さて、能楽というのは、世阿弥という猿楽師が始めたとのことである。世阿弥は、パトロンとなった、当時の将軍様・足利義満の好みに合わせて猿楽を変形していった。それが後に能楽と呼ばれるものになるわけである。顧客の趣味にあわせるというのは、それはそれで正しい戦略である。
 ところで、ソウケであるが、能楽の狂言という面では、言及するにも及ばないものらしい。しかし、ソウケの顧客はと考えると、まずは思い浮かぶのが「NHKの視聴者」である。「平均的な」というか「典型的な」NHKの視聴者にとって、ソウケの芸はどうなんだろうか。空間の同一性による非日常の陶酔なぞというものはNHKが扱うべきものだろうか、むしろ、有り難そうなだけで無価値という方がNHKの視聴者の趣味じゃないのだろうか。巷間に言われるソウケの芸というのはNHKの視聴者、もっと広くテレビのファンには向いてるんじゃないだろうか。そう考えると、ソウケは、実は世阿弥以来600年ぶりに「顧客の趣味に合わせた芸能の変形」を行っているのかもしれないのだ。
 そうなると節子の戦略はちょっと外れているかもしれない。和泉流600年ではなく、能楽600年の正当な後継者として売り出すべきだったのだ。
 さて、パトロンが漠然とした「NHKの視聴者」では、その趣味にも合わせにくい。それでは、当時の足利義満、つまり、権力の頂点にいるつもりの人、将軍様に比すべき人物は誰かと考えるのだ。もちろん、文化的な文脈からではない。となると「あの人」しかいない。周囲からあほボン扱いされ、マザコン扱いされと境遇も似ているし、共感できる所も多いだろう。「伝統」という言葉を思いっきり胡散臭く使うあたりも似ているし。「あの人」のブレーンと称する人たちの中に入っても、ソウケは納まりが良さそうである。
 ソウケは、世阿弥に比すべき存在になるべきなのだ。「和泉流宗家」なんて登録商標にこだわってほしくはないものである。中世レジームから脱却できない守旧派に返してしまえばいい。

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Commentaires

 「あの人」ってヨメが鶴太郎に高い月謝払って絵を習っているあの人ですよね? せっかく習うなら別のひとにすればいいのによりにもよって,というあたりも似ています。一時期の日記で「日本のいじめの構造は云々」って書いてたので,教育審議会あたりを狙っているのかもしれません。

Rédigé par: 某清純派 | le 10/06/2007 à 14:07

 本人も鶴太郎に習ってるんじゃなかったんでしょうか。よりにもよってというトコでお勉強するのは学生時代からのようですね。
 今にして思うと、元秀の芸って、どうだったんでしょうか。「あの人」の知能や、先日亡くなった日本舞踊の宗家みたいに、「言ってはいけない」だったのか、見たことないので気にかかります。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 11/06/2007 à 07:30

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