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22/08/2007

奇橋

 奇橋といっても、「と」知事の話題ではない。そっちは「奇矯」だ。
愛本橋 先日の七夕流しの際に寄ったのが「愛本橋」。何の変哲もないアーチ橋(これ、トラス橋って書いていたので、地元の教育委員会?から「ニールセンローゼ橋」ってダメ出しが来た。路面の桁でも剛性を分担する下路式アーチ橋のこと。)で「奇橋」とは言えないようだが、これは近年に掛けられたもの。
愛本橋 江戸時代には、このような木造の「刎橋」だったそうで、三奇橋に数えられていたとか。掛かっていたのは、現在の橋より65m上流だそうで、錦帯橋や猿橋のように復元も可能だろうが、現在の橋と取水堰が近いので、景観としては面白くなりそうにない。
 「刎橋」は「はねばし」と読む。「はねばし」というとゴッホの絵でおなじみだが、それは「跳橋」だろうし、普通はひらがなで「はね橋」と書くようだ。
愛本橋 江戸時代に懸けられてから、度々、増水で流され、再建された際に「愛本橋宮」に奉納された「棟札」が残っているとか。「立派で、そり具合とか、組み方とか美しかったが云々」とか書いてある。
 ただし愛本橋宮は今はない。
愛本橋 今も近くに残るのは「愛本姫社」で、橋の近くの茶店の娘が行方不明になり、数年後にちまきを手土産に出産に帰って来たが、黒部川の大蛇の子を産んでいるところを見られ、ちまきの製法を教えて帰って行ったという伝説が残る。
 あるとき、この「愛本姫社」社殿を開けたところ、池田英泉の描いた「花魁」の浮世絵が飾ってあったらしい。それ以後、ご神体がこの浮世絵になったらしい。
 そういえば、近所の無人の社の社殿に、おそらく中学生だろうが、家に持って帰れないエロ本を隠していたりしているが、池田英泉の浮世絵でもこういうのじゃない。ゴッホが「裏焼き」の絵を模写したので有名になった絵だ。
愛本橋 橋のあたりはかつての街道で、それらしき構えの家もいくつか残っている。
愛本橋 こういうのが貼られたりもしてる。

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