« かんと炊き2 | Accueil | しのぶ »

10/10/2007

事実を超えたエンタメ人気

 この所、いじられキャラが定着した産経新聞であるが、正論(主張者発表)が掲載されることがある。この「性差を超えたエンタメ人気 社会モラル崩壊の象徴?」(魚拓はこれこれ)についても、グローバル化に反対する国粋主義者、改革に逆行する保守派などの右翼連中から批判されているが、よく調べてから批判したらいかがだろうか。
 性差を超えたエンタメといえば、白拍子というのを御存知だろうか。義経の生母、常盤御前、愛人の静御前で有名だ。女性でありながら、烏帽子を被り、水干を着用するという男装で舞うエンタメであり、この白拍子が人気を得て以来、社会モラルが崩壊したことは、保元・平治の乱が起こったことでも明かである。さらに、テレビに源義経が再々出ているように、この時代のテレビ露出度は高く、テレビ文化の影響だというのは間違いない。
 余談ながら、この静御前という白拍子であるが、義経とともに吉野から逃亡する際に、男装だから大峰山を通ってもいいと言ったそうである。そういえば、道成寺においても、女人禁制であるが男装しているからと、立ち入って踊った白拍子がいるらしい。男装していれば、女人禁制に当たらないという社会の風潮には困ったものである。
 さらに、テレビによく出る人物といえば戦国武将があげられる。やはり、この時代にも、カブキ者という連中が現れて、自称出雲の巫女というから女性であるはずの阿国が、男装してカブキ踊りで人気を得ている。この例も、テレビ文化の影響で性差を超えたエンタメ人気であり、戦国の世の社会モラルの崩壊を象徴しているではないか。だいたい「国」という名前なのに、なぜ「阿国」と書くのか。「阿Q正伝」の例をひくまでもなく、中国の陰謀としか考えられない。
 北野武の祖母は竹本八重子という女義太夫であった。最近はテレビに出ているので知っている人も多いだろう。今日でこそ女流義太夫は伝統芸能として認められているが、概ね芸歴を積んだ高齢になって認められている。しかし、この竹本八重子にしろ、有名な竹本呂昇にしても、若くして引退しており、若い女性がそもそも男性の行う芸能である義太夫節を男装して行ったという性差を超えたエンタメである。このテレビ文化の影響による性差を超えたエンタメに通ったために、石川啄木は借金を増やし、金田一京助は探偵を行わなかったりと、社会モラル崩壊の象徴のような出来事が起こっている。それだけではない、この時代以降、日本は中国大陸において戦争を行うようになるのである。これも、中華秩序という社会モラルの崩壊ではないか。
 このように、テレビ文化の影響による性差を超えたエンタメ人気が社会モラル崩壊の象徴であることは歴史が証明しているのである。
 今日のテレビ文化の影響には、もうひとつ見逃せないものがある。かつての衆道やゲイは男性のものであった。一方、男装の女性に憧れる宝塚歌劇のファンは多くは女性であったし、女学生の間に「S」(今日のSMのSとは異なる)が流行した。ところが、今日は、男性達が「レズ」のビデオを見て、女性達がBLモノを持てはやすのである。「男は男どうしを、女は女どうしを」という社会モラルが崩壊してしまっている。これは、ビデオやマンガ、ライトノベルの影響でテレビ文化じゃないという反論もあるかと思うが、東海大学文学部広報メディア学科の時野谷浩(ときのや・ひろし)教授の指摘する通り、テレビもメディアであり自動販売機も花瓶もメディアだから、この際、メディアの形態はどうでもいいのだ。10月9日の朝刊一面に「ウホッ、でも大丈夫」などという見出しを掲げる朝日新聞(大阪本社14版)の責任も問われるだろう。
 かくして、かつての「性差を超えたエンタメ」はリアルな行動と直結していたのが、今日では、単なる妄想と化しており、このような、エンタメとリアルの分離状況では、斧で殺すゲームがあっても、その影響で実行する人間はいないし、南京の真実(加害者側発表)を映画化しても、単なる妄想としか思われない。これこそ、テレビは本当のことを伝えている。みのもんたも細木数子も江原啓之も橋下徹も正しいという社会モラルが崩壊していくのに繋がるのではないか。

|

« かんと炊き2 | Accueil | しのぶ »

Commentaires

男性歌手が 女性歌手の曲をカバーする、珍しい。っていうけど、昭和50年代~60年代アメリカンポップスって、女性歌手だと恋人をhe,男性歌手だとshe にして歌っていたと思うな。

演歌なんて、男性歌手が女心を歌っているし、和歌では転身代理詠といって、女の身になって詠む歌がある。
藤原定家の。

かへるさの ものとや人の 眺むらむ 待つ夜ながらの 有明の月

というのは、女性の身になって詠むと鑑賞するのがお約束ごとで、定家は男だから、女のほうが男のもとに通ってきた時の歌だろう、なんて解釈したらぐしゅぐしゅになっちゃう。

Rédigé par: kuroneko | le 11/10/2007 à 00:26

 そういう「性差を超える」って文化は常にあるわけですよね。でも「テレビ文化の影響」と「社会モラルの崩壊」にコジツケないといけないので、都合のいい例だけ持ち出しました。
 それに、かつての「問題」とは「深刻度が高い」という操作を行うとか、ついでに朝日新聞兄ちゃんもんと、より、産経的な主張にしてみました。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 11/10/2007 à 07:13

Poster un commentaire



(Ne sera pas visible avec le commentaire.)




TrackBack

URL TrackBack de cette note:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23135/16717634

Voici les sites qui parlent de 事実を超えたエンタメ人気:

« かんと炊き2 | Accueil | しのぶ »