30/11/2007
今日、最初に見かけたのは、朝の出がけに川沿いの道路から見たヒドリガモと、このイカルチドリ、Charadrius placidus。晴れていると、石が白く見えるので、わかりやすい。
お昼は仕事場近くの国営「鳥の水飲み場」近くで弁当。先日も覗いた入浴中の女性のジョウビタキ、Phoenicurus auroreus。
けっこうどこにでもいるウグイス、Cettia diphone。でも、藪や灌木の茂みの中にいて、ちゃんと撮れない
この公園に多いのがビンズイ、Anthus hodgsoni。

以前は、というか、気にして見ないと「スズメ」だと思う鳥だが、けっこう違う。サイズも若干大きい。セキレイの類なので尻尾をよく振り、尻尾がブレやすい。

地上によくいる。松林の中とか。

草原にもいる。

もちろん紅葉の樹上にも上がる。
| Lien permanent
|
| TrackBack (1)
ぬえ、ことトラツグミ、Zoothera daumaは地上を歩いて落ち葉とかを摘み上げているが今週に撮ったのは樹上ばかりだった。それで、月曜に会った場所に行ってみたら、地上の「ぬえ」に遭遇。

| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
29/11/2007
豚ももブロックが安かった。酢豚にでもと思って買ったが、けっこう面倒だ。それで、よそ様のblogで「タロ」というのは「里芋」のことだと知ったので、里芋と醤油仕立ての煮物にした。ニンジンが少し残っていたので入れた。タロとニンジンは予めチンしておけば簡単。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
28/11/2007
今の時期は、数種の小鳥が混じった群によく出逢う。エナガ、メジロ、シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラ、ジョウビタキあたりが、よく一緒に行動している。なので、出逢えば、簡単に数種類が見られるわけが、枝に隠れたり、チョコマカ動くし、光の都合もあって、全種はちゃんと撮れない。ちゃんと撮れなくてもアップしてるけど。
エナガとメジロ。
上のはエナガに合わせたので、メジロがボケてるんで単独で。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
27/11/2007
秋だというのに、何をボケたか春に咲くボケが咲いてた。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
26/11/2007
人間力のタクシーを見かけた。でも、乗ってるのはソリに乗るべき衣装では?と思ったら、ソリ曳きも乗ってる。
関連エントリー
大内、賀茂堤、築地、道明寺、吉田社頭、賀の祝、天拝山、寺子屋
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
25/11/2007
24/11/2007
23/11/2007
今日も、電車より10円安いからというわけではないが、植物園を通ってスーパーに。
紅葉はまばら。

↑ ヒマラヤ杉のまつぼっくり。
← へちま?
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
22/11/2007
数日の間に「のさばり」だしたユリカモメであるが、こういう好意的でない表現を使うのは、元々はいなかったから、というだけではない。
このユリカモメ、別名を「都鳥」という。有名なのは伊勢物語だ。
なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中にいと大きなる川あり。それをすみだ川と言ふ。
その川のほとりに群れ居て、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかな、とわびあへるに、渡し守、「はや舟に乗れ、日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。
京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、
「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
名にし負はば いざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
と詠めりければ、舟こぞりて泣きにけり。
「京には見えぬ鳥なれば」ということが話の前提になっているわけである。では、京にいないのになぜ「都」ということになるが、かつての「都」は京ばかりじゃない。万葉集に有名な歌がある。
布奈藝保布 保利江乃可波乃 美奈伎波尓 伎為都々奈久波 美夜故杼里香蒙
船競ふ 堀江の川の 水際に 来居つつ
鳴くは 都鳥かも
大伴家持(718〜785年)の歌だから、都というのは平城京になるし、堀江の川にいるわけだから、都鳥の由来は難波の宮かも知れない。いずれにしろ平安京よりも昔のことだ。
この万葉集の都鳥を、現在の和名をミヤコドリ、Haematopus ostralegusという鳥だとの説も散見されるが、そうなると名前が再逆転したことになって不自然だし、この和名は江戸時代の学者がコジ付けたという説の方が信用できそうだ。
この2つの歌が引用されているのが、謡曲の「隅田川」。
我もまたいざ言問わん.都鳥。いざ言問わん都鳥。我が思い子は東路に。ありやなしやと。問えども問えども答えぬはうたて都鳥。鄙の鳥とやいいてまし。げにや舟競う。堀江の川の水際に。来居つつ鳴くは都鳥。それは難波江これはまた.隅田川の東まで。思えば限なく。遠くも来ぬるものかな.さりとては渡守.舟こぞりて狭くとも.乗せさせ給え渡守.さりとては乗せさせ.給えや。
この「隅田川」は歌舞伎舞踊にもなり、清元節の代表曲にもなっているようだ、さらに「隅田川」というか梅若丸伝説は芝居にも取り入れられ、特に、釣鐘建立を「やるやる」詐欺というかカンパの流用で暮らしている法界坊の話「隅田川続俤」は平成中村座の公演でよく知られたわけである。

それで都鳥といえば隅田川、ということで巨大な金のウンコが似合う鳥であり、ユリカモメは「東京都の鳥」になり、お台場行きの電車の名前にもなっている。
ところで、難波江、隅田川にいても京には見えぬはずのユリカモメだが、ここ30年あまりの間に大挙して鴨川に飛来するようになった。ネット上には、この
ユリカモメが京都市の鳥という誤解まで見られる。
別に害があるというわけではないが、「いない」ことで知られた鳥だけに、大勢いるのには抵抗がある。でも、幸いにしてここ10年は減少しているようだし、一昨年からは組織だった給餌も中止されたようだ。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
21/11/2007
ひつこいようだが、アヒルに関して。
豚(Sus scrofa domesticus)はイノシシ(Sus scrofa)を家畜化したもので、「猪」の字が中国じゃ豚を意味するといっても、豚肉を「猪」と表記しては売らない。
なので、アヒル(Anas plathyrhynchos domestica)がマガモ(Anas plathyrhynchos)を家畜化したもので、「鴨」の字が中国じゃアヒルを意味するといっても、アヒル肉を「鴨」と表記して売っているのには、どうもゴマカシみたいで抵抗がある。
それで思い出したのだが、アヒルに関するゴマカシで有名なものに「アヒル文字」というのがある。
江戸時代の国学者が、漢字到来前に日本に文字があったと主張するために「神代文字」というものを各種作ったのだが、もちろん、現在では、まともな歴史や言語の研究者には否定されている。その中でもハングルのパクリそのままで有名になったのが「アヒル文字」で、対馬の占部阿比留家に伝えられたということになっているので「阿比留文字」や「アヒル文字」と言うようだ。阿比留氏は昔から「新しい歴史をつくる」のに貢献していたらしい。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
20/11/2007
19/11/2007
イロコイとカイユース。ワルキューレの騎行でも流したくなるコンビが飛んでた。
コブラも飛んでた。ワルキューレの騎行のコンビの他にも、騎兵隊が馬から乗り換えたヘリにはスー、アパッチ、コマンチ、カイオアなんて名が付いてるが、なぜAH-1はコブラなんだろう。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
昨日見かけた猫。子猫とはもういえないサイズだけど、妙になれなれしい。
10日ほど前に見かけたカマキリ。このサイズのカマキリは、普通は緑だけど、秋になると茶色になるのか。同じ色のモルタル壁にへばりついていた。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
18/11/2007
近所の公園の松の木にいた連中。すぐにお発ちになった。
メジロ、Zosterops japonicus。羽根をたたんでいるし、留まっている様子もない。どうしているのか不明。
シジュウカラ、Parus major。
エナガもいたが撮れず。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
昔の漫才さんのネタに「かしわ」というのはニワトリの戒名というのがあったような記憶がある。ポークも生きてる間はpigだし、ビーフも牛だ。
それで、先日のアヒルとカモについてのエントリーで書いたけど、市販の合鴨と称する肉のほとんどは、生きている間は「アイガモ」でなく「アヒル」だし、本鴨はバリケンらしい。
さて、昔から「かもなんば」といううどんがあるので作ってみた。
ただし、本来のネタは鴨となんばネギだ。その鴨として一般的なマガモ、Anas plathyrhynchosの肉は入手困難だ。なので「合鴨」として売られているアヒル、Anas plathyrhynchos domesticaを使用することになる。
なんばネギも入手困難だ。何でもアリインの豊富なネギらしい。その改良品種が九条ネギである。阿波座か本町で乗り換えという感じだが。
よく「かもなんば」には鴨より合鴨が向く、という記述があるが、鴨がマイルドになったぶん、ネギもなんばネギよりマイルドな方が向くんだろう。刻んだアゲも入れてみた。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
17/11/2007
近所のスーパーに売っている「しっぽくうどん」セットを「すっぽこ化」してみた。といっても、この「しっぽくうどん」は以前にも食べているが、そのままだと相当にソフトなダシであり、一方「すっぽこ」のダシはハードだ。
それで、私の仮説、「あん好きの庄内の人が、しっぽくをあん仕立てにして、それが内陸に伝わった、その後、あん入りはしっぽくと言わないことが庄内に伝わって、すっぽこが定着しなかった」から言えば、マボロシの庄内すっぽこを再現した、ということになる。
といっても、ダシに醤油とかつおダシを足し、最後に水溶きカタクリ粉を入れただけだ。ただし、「しっぽくサイズ」の生しいたけが余っていたので、予め、ダシで煮て増量した。醤油が淡口なので「すっぽこ」より色が薄い。
もっとも、これは「のっぺうどん」といえばいいんだけど。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
「暴君」スープというのを先日から見かける。暴君と言えば、暴君竜、ティラノザウルスというわけで、タイトルを付けてみたが、驕るティラノ一族は久しからずと絶滅したわけで、チキン・スープのご先祖というわけではない。
期待したほど辛くないという評は聞くが、このあたりで話題になっていないので、試しに飲んでみた。うまいとは思わなかったが、特に不味いというわけでもなかった。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
16/11/2007
先日の陰毛のエントリーのきっかけとなったblogに、一理系研究者の方が考察を寄せていた。
「陰毛の手入れは毛虱(シラミ)対策の意味が大きかったんだろうな」ということだ。ただ「江戸時代に遊郭の女性や客層が毛ジラミ対策として陰毛処理していたんじゃないかとの考えは妥当な線か」には疑問を呈せざるを得ない。
毛ジラミの対策としては、全く剃ってしまう必要があるらしいのだが、江戸時代の手入れというのは、無毛にするわけではないだろう。
当時の絵画に、陰毛が精緻に描かれている。一般鑑賞者向けの絵画はその願望を誇張することがある。現代の美少女マンガがやたらに巨乳なように、当時の春画はやたらに巨根である。そこに精緻に陰毛が描かれていたということは、陰毛の状態も魅力の重要な要素のひとつと考えられていたからだろうし、それゆえに手入れをしたと思うからだ。
「楊貴妃の陰毛を引き伸ばすと膝頭を過ぎる」という伝説があるそうで、日本では、なぜ中国では手入れしない、と思うより面白がるというのも、それはそれでいいという意識があるからかとも思うし、一方で、天然のカワラケもまた珍重されたようで、むしろ多様性があったのでは、とも思う。
一方、近世のヨーロッパでカツラを着けていたのは、シラミ対策に坊主頭にしていたからだという説がある。同じように、ヨーロッパの古典絵画で陰毛が描かれていないことや、欧米では、陰毛の手入れは常識、ということについては、毛ジラミ対策の意味があったというのは納得できる。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
15/11/2007
デジカメの記事とかで、下手な構図の代表扱いされているのが「日の丸構図」だそうだ。強制されると嫌だけど、下手な写真が満載のこのblogなら、やってみたくなるのが人情ってもんだ。

| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
「心底どうでもいいこと」ということがある。この場末blogに書いていることは、ほとんどがそうだ。カモの一種のその一羽の羽が1ヶ月で変わっていく経過、なんて、誰にとっても「心底どうでもいいこと」だろう。感想を求められても、棒読みで「へー。わー。すごーい。」と言うくらいがせいぜいだ。
さて、最近、ネットで少し話題になっている「心底どうでもいいこと」がある。「心底どうでもいいこと」なのでリアルタイムでは経緯を知らない。話題になって、ようやく概要がわかった。そして、あまりにも「心底どうでもいいこと」なので、かえって言及しようかと思ったわけである。
子供が生まれることになって、そのうれしさをblogに綴った人がいたらしい。本人は有頂天で、ありったけの文章テクニックを総動員して書いたようなはしゃぎっぷりだったらしい。ありがちなことである。
それに、文句を付けた人がいるらしい。他人が喜んでいることに文句なんていくらでも付けられる。
「大学に合格した嬉しい」「オマエが合格したために落ちた人のことを考えろ」「オマエがその大学に入るおかげで定員割れする大学があることも考えろ」「そもそも大学に行けない人のことを考えろ」
「今夜はてっちりだ嬉しいな」「フグが買えずにカワハギですましてる人の気持ちも考えろ」「フグに当たって死んだ人の遺族の身になれ」「そのフグを調理した料理人の...」「そもそも食事さえろくに...」
本人の喜びが大きいほど、それを味わえない人の怨嗟は大きく表現できるわけである。究極の言いがかりとしては「俺がワーキングプアで非モテの一方で、喜んでいる人がいる社会は不公平だ。戦争でも起こってほしい」というのもある。さらには「そういう本を出すのは不快だ、本を出版する予定がなくなって、サギ呼ばわりされてる人のことを考えろ」ときりがない。
それで、言いがかりを付けられて、はしゃいでた方は、消したり、復活させたり、そしてまた消したりした。ということらしい。世の中に、行き当たりばったりというと悪いが、状況の変化によって適切な対応をとろう、とすることはよくある。その度に説明の文を付けたということだ。
そして、誰もが両者に「ほっときゃいいのに」と思っている、ということのようだ。「ほっときゃいいことをほっとけない」という2人がたまたま遭遇するというのは、奇跡的な出会いではあるが、当事者以外には「心底どうでもいいこと」だなぁと思う。
街路樹にメジロが留まっている。多くの人は見えているのに気付かない。見えていても、それがメジロであることというか、樹木と分離させて小鳥であるとさえ認識しないような脳のメカニズムがあるんだろう。「ねえちゃん、茶、しばけへんか」と言われて、それを繰り返すことが出来る人でも、未知の言語で言われたら、繰り返すことは難しい...ようなものか。残念ながら、同じようには無意識には「心底どうでもいいこと」に反応しないですますことはできないし、削除したりの手間がいる。なので意識的に反応しないことが必要だ。それだけのことだ。
「心底どうでもいいこと」に反応するのは、それを面白がれる時だけでいいと思う。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
14/11/2007
コンビニの品揃えってどういう基準なんだろうか。やっぱり「売れるもの」なんだろう。じゃあ、コンビニではどんなものが売れるんだろうか、言い方をかえれば、人々はコンビニでどんなものを買うんだろうか。
「convenience」というのは「都合のいい」という意味だから、「都合よく売って」るといい品物だろう、おそらく「急に必要となるもの」と「つい衝動買いするもの」なんだろうと思う。そして、付け加えるなら「選択性の低いもの」なんだと思う。
近所のコンビニでは、卵は6個パックで売っている。生鮮食料品店では10個パックがメインだ。コンビニでは、米も2kg入り、調味料類も小サイズと「急に必要になる量」がメインになっているし、種類は多くなくてベーシックなものだけだ。先日に、出し昆布が切れてたので行ってみたが、昆布も粉末にしたものも売ってなかった。酒は売っているのにみりんは売ってなかった。
「つい衝動買いするもの」といえば食玩の類がそうだろう。お菓子とかも。
コンビニでは下着を売っているが、上着は売っていない。「選択性が高い」からだろうし、下着の場合には、多忙だったり、天候の都合とかでストックがなくなり、明日の用意がない、なんてこともあるから「急に必要となるもの」でもあると思う。そして、数を置けないので、ベーシックなものが売っているんだと思う。
そこでひとつの疑問であるが、近所のコンビニでは、黒のレースの「ガーターベルト」を売っている。「ガーターベルト」というのは、コンビニで売ってると都合のいいものなんだろうか。
用途として思いつくのが、黒というところから、フォーマル・ウエアである。キオスクでも白ネクタイ・黒ネクタイを売ってるように、急にフォーマルっぽい格好をする必要というのはありうると思う。けれども、ストッキングとガーターだけフォーマルっぽくするという事態が思い浮かばない。
また、パンツ履く前に着けなきゃいけないわけだから、明日のがない、ということになったら、出先で買うよりも、近所に売っていたら便利だとも思う。でも、それならパンストで間に合わせられないんだろうか。ガーターベルトの着用率って、そもそもそんなに高いのだろうか。
ともかく、売っている以上は、売れるということなんだろうし、コンビニで買う人がいるわけである。少なくとも出し昆布よりも「売ってると都合いい」と思われているわけである。どういうケースで、売っててよかったということになるのか、どうも謎なので、誰か教えてほしい。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
13/11/2007
今日は、うちの外から、いつものスズメと混じって、ちょっと違ったチーチーという鳴き声がしたので見てみたら、メジロが来ていた。
近くから見られるのはいいが、見る位置が限られて、小枝も多いので、写りは悪い。後ろにスズメの後ろ姿。
先週まで、一把が198円ほどしていた九条ネギが、今日は100円だった。なので買って、バッグに納まりきらないので、半分をはみ出させて川沿いを帰って来た。カモをネギ背負って見たわけである。他からはカモを捕まえようとしていると見られたカモしれず。
オナガガモ、Anas acuta。尻尾がだいぶ延びてきている。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
昨年の顔見世に「雁のたより」という芝居が出た。それに「下剃の安」という役がある。よく演じられる芝居では「梅雨小袖昔八丈」つまり「髪結新三」に「下剃勝奴」という役がある。この「下剃」というのは、髪結の弟子で、親方が仕上げる前の「下準備」を担当するようだ。
ところが、現代劇となると「寝取られ宗介」という芝居があり、その劇中劇に「下剃り宗介」という演目がある。この「下剃り」は、遊女の陰毛を剃る職業ということになっている。映画にもなったマンガに「下苅り半次郎」というのもあって、これも陰毛を刈る仕事だった。
実際に遊女の陰毛を手入れする職業があったのか、不勉強にして定かではないが、少なくとも自分で行うなどによって、手入れをしていたようであり、「うっちゃって置けば地者のようになり」という川柳があるそうだ。放置しておけば、シロートさんのようになるという意味で、どうやら、当時のクロートさんは陰毛の手入れをして、シロートさんはしなかったらしい。
突然、こんなことを書き出したのは、サイドバーに表示しているRSSフィードメーターのせいだ。これを付けていると「あわせて読みたい」という機能が付いてきて、このblogを見ている人が他にどんなblogを見ているか表示される。そのblogのひとつが、現代失われてしまった江戸の技術として陰毛の手入れをあげ、さらに陰毛の手入れについて、いくつかのエントリーをあげていたからだ。
さて、欧米では、と書くと、「欧米では」って言うな!と言われそうだが、ネットで容易に見ることの可能な、北米や西欧の女性ヌードの写真を見ると、概ね、陰毛は不自然に思えるほど巾狭い範囲にしか生えていない。(fig1)つまり、先に言及したblogでも書いているように「陰毛を短く小さく剃り整えるのが常識である。」ということなのであろう。全く無毛状態の人もいるようだ。
一方、日本の場合、無毛状態のヌード画像はめったに見られない。おそらく、日本では具を写してはいけないので、マスメディアに出る場合は毛で隠す必要があるんだろう。それでも、巾を狭く整えている人がほとんどだ。
つまり、陰毛の手入れは「短く巾狭く」というのが基本になっているようである(fig2)。おそらく鋭角の下着を着用してもはみ出さないというのが基本なんだろう。モデルになる人は、陰毛を見せるのはいいが、着衣からはみ出た陰毛は見せたくないということなんだろう。
ところで、そんなに数多くのサンプルに当たったわけではないのだが、これまでに見たほとんどの「手入れしていない陰毛」では、狭い範囲に密集しているケース以外では、斜辺が窪んだ逆三角形が基本となっている場合が少なくない。というか、ほとんどであった。その上変がやや窪んでいる例(fig3)や、膨らんで菱形に近付いていく例(fig4)があり、おそらく、両翼と上方のバランスによるのだろう。また、上辺が明確でなく、グラディエーションの範囲が広い例(fig5)が、なぜかふくよかな方に多いと感じている。なので、元々、そうという人には申し訳ないが、ヌード写真によくある巾の狭いモヒカン風陰毛には、個人的に違和感を感じてしまう。
かつての、シロートは手入れをしない、するのはクロートという風潮がもはや忘れ去られた今日では、手入れは一般的になったようであり、さらに手入れにとどまらず、陰毛のおしゃれが普及しつつあるらしい。群馬は上毛というのに、栃木が下毛と言えないのは不公平だし、陰毛も髪の毛と同様におしゃれの対象とするのはいいことだと思う。
先のblogでも紹介されていたが、女性の手入れ用の型紙まで売られているようで、鋭角三角形、縦長のハート型というか里芋の葉型、味付け海苔型の3種があるようだ。もちろん、おしゃれは個人の美意識でやるものではある。けれども、皆が皆、それがおしゃれだと左右の張り出しを剃ってしまうのはどうかと思う。つまり、規範に合わせることだけがおしゃれでないはずであり、美意識の多様性や伝統的形態の尊重という面からも、左右両翼の張り出しを美しく残した手入れというのもあってほしいと思う。
髪でいえばスキンヘッドに相当する選択肢もあるようで、実見していないが知人に実践しているという人も数人いる。一人は聞いていないが、他の人は男性の要望によるそうだ。温泉とかの大浴場ではどうするのか聞いてみたことがあるが、気にしないそうだ。この例だけで、男性の方が規範意識が強いとはいえないだろうけど。
それで、個人的な好みから言えば、両翼と上方に存在感のある十字というか熨斗型(fig6)で、上部の毛は短くしない方が好きだ。下毛出身の某のように、自分の希望にそってくれる女性がいないからと社会に文句は言わないけど。

| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
12/11/2007
今日は雨なので、お休みかと思っていたが、止んでる間に自販機まで行ったら、銀杏の向こうでヒヨドリが鳴いてた。

| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
毎日のようにカモを見ていると食べたくなる、と先日に「合鴨」を食べたのだが。
その時に売っていたのは、ベルギー産の「本鴨」と「アイガモ」であった。本鴨というと、カモで最も美味いとされ、食用にもされるマガモ、Anas platyrhynchosのことだと普通は思う。
ところが違うらしい。この「本鴨」というのは、多くはバーバリー種という鴨らしい。それで、右の絵のような鴨を想像していたのだが、それも違うらしい。
さて、この「マガモ」を家禽化したのが「アヒル」であり、「鴨」と「アヒル」の雑種を「アイガモ」という。これが一般的な定義である。
ところが、食用にするカモは「マガモ」だけではない。中南米にノバリケン、Cairina moschataという英会話かわかめちゃんみたいなカモがいて、それを家禽化したバリケンというのがいるらしい。「マスコビ・ダック」とも言われる。
そのバリケンの改良種が「バルバリー鴨」で、バーバリー種というのも単に読み方の違いだ。
一方、アヒルの代表格が北京ダック、北京烤鴨だ。これは、マガモを家禽化したもので、その改良種として、チェリーバレー種というのがあって、実は日本で「合鴨」として売られている肉のほとんどがこれらしい。つまり、一般的な定義から言えば「アヒル」の肉なのだ。
さて、カモ科はけっこう交雑する。野生のマガモとカルガモの交雑種とかも見られる。
それで、本来は種の違うマガモ系の北京ダックの雌とバリケン系のバルバリー種の雄を交雑させたのがミュラー種で、フォアグラ用の他に肉用にされる。フォアグラの高級品はガチョウのものだが、ベルギーではこのミュラー種のフォアグラ生産が盛んだから、あの「本鴨」は、このミュラー種鴨しれない。
ということで、普段、食べている「鴨南蛮」「カモロース」というのも、先日の「合鴨」もアヒルだったようだ。
鶏の場合は「むね肉」というのに、鴨は「ロース」というなど、鴨肉は難しい。
マガモも、以前に食べたことがある。岩手で店主が「自分で撃ったカモ」を出してくれたり、青森から「自分で撃ったカモ」が送られて来たことなどは、確実にマガモだし、黄色っぽい脂のコクのある肉だった。でも、そのマガモの肉は、そこらでは買えないようだ。

| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
11/11/2007
鉄道車輌のブレーキの基本は、空気圧で作動する空気ブレーキだ。電車だと普段は電気ブレーキを使うが、非常制動には空気ブレーキを使う。なので、鉄道車輌を連結する際には、列車全体のブレーキを揃って作動させるために、圧縮空気配管を繋げる必要がある。なので、新しい車輌には連結器と空気管が一体になった場合もあるが、鉄道車輌の連結器の脇にはエアホースが付いている。
そのエアホースの写っている写真を集めてみた。印刷して、カレンダーにでもしてください。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
10/11/2007
ここんとこニギスが安い。今日、買って、素焼きにしてから、おあげさんと大根と炊いてみた。焼き物は苦手で、形は崩れるし、均一に火が通らない。けれども煮物の下拵えなら、何とかなる。
さて、素焼きにしていると、何か白いモノが跳ねる。15cmくらいは跳ねた。何かと思えばニギスの目玉が飛び出たようだ。4匹焼いた8個の目玉のうち、3個が勢いよく飛びだした。回収するのがけっこう手間だった。
焼き物はめったにしないのだが、魚の目玉が焼くと飛び出すって、よくあることなんだろうか。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
09/11/2007
スズメ、Passer montanus。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
秋にも咲くジュウガツザクラは、イメージ検索する限り多弁だった。これは五弁で、一本に数個咲いてるだけ。単に、このところの陽気で錯乱しているだけなんだろうか。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
ここんとこ、近所の畑のほとんどはカブラ。漬物にするんだと思う。夏には何も作っておらず、カブだけ作ってるところもある。カブで暮らしてるという人なんだろうか。
ところで、ジャガイモ、野沢菜は根菜なんだろうか。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
08/11/2007
唐突だけど、今年の春に撮ったマンホールの蓋。
よそ様のblogを見て、そういや、こんなの撮ったと思い出した。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
07/11/2007
秋の陽気を「小春日和」なんて申しますが、外国じゃ「インドの夏」と言うとこもあるそうで。インドってのは行ったことはないが暑そうだし、その夏なんで、とてもとても暑いカンカン照りのように思うのだが。
ともかくも、こういう気候だと、蝶も活発に飛び回っている。
こういう色合いは、この時期には枯葉が舞っているように見える。ツマグロヒョウモンとベニシジミ。
じゃなくて、ヒメアカタテハとベニシジミ。
ピーカンの空に連れもて飛ぶモンキチョウ。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
昼間は日差しが強くて温かった。こういう気候だと、カメが日向ぼっこをしている。よく見るのは「米帝亀」だが、今日のお昼時にはニホンイシガメを見かけた。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
06/11/2007
いったんは枯葉の下に潜り込んだものの、昨晩のように気温が高めの雨の日には、また起き出してくる。その時にはねのけた枯葉が冬眠容器の外に出る。
そして、昼間になるとその外の枯葉の下に潜り込むが、そのまま冬眠しては乾燥してしまうので、枯葉をはぎ取る。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
05/11/2007
04/11/2007
かつてミノルタのX-700というカメラを使っていた。以前にも触れたが、このCMのせいということにしている。正確にCMの機種ではなく、その後に出た上位機種だが。
CMだけが理由じゃなくて、Nikonのは何か大層だし、オリンパスOMシリーズは軽くてブレそうということで、手頃で扱いやすそうだったというのが実は大きいのだけど。
写真を撮るのが趣味というより、資料収集とか記録用という意味が大きかったから、いろんな条件で撮らなきゃならない、だからレンズを複数用意しないといけない、すると本体の他に複数のレンズを持ち歩くとけっこうな大荷物になる。
それで、日常のちょい撮りやスナップとか用には、フルオートのコンパクトカメラを使うようになった。最終的に使っていたのがオリンパスの「μ」というシリーズで、「フルオート、小型軽量、リモコン付、生活防水」という条件で選んだものだった。雪上ハイキングとかじゃ、この条件が威力を発揮した。
90年代後半からデジカメを使い出したが、当初は493×393くらいだった。97年に640×480のに、2000年に1600×1200になり、この頃からフィルムのコンパクトカメラは使わなくなってきた。この頃、使っていたデジカメはキヤノンのだったと思う。2005年半ばまでは、IXYシリーズの2048×1536くらいのを使っていた。このblogの写真も当初はそれで撮っている。
このくらいの解像度だと軽オフの製版にも耐えるので、フィルムのカメラ自体をほとんど使わなくなった。
ところが、以前にも書いたが、2005年にデジカメが壊れた時に、やっぱり生活防水がほしいということで、オリンパスのμデジタルに変えた。2560×1920のものだ。現在もμシリーズで、防水性能と耐ショック性能が上がって、大きさが6割程度になった3872×2592のやつだ。
一方、やはりコンパクトカメラじゃ間に合わないこともたまにある。フィルムのカメラを持ち出してきても、使う機会が少ないとカンが働かないのでボケてしまう。それで、レンズ交換可能なデジカメも用意することにした。
今さら「白い恋人」や「赤福餅」を買う人もいないだろうし、偽装のキヤノンは除外。製品で偽装していたわけじゃないが、耐震偽装する人は頭髪を偽装していても不思議じゃないし、耐震偽装のアパグループのマンションの温泉に国の指針の八千九百倍のレジオネラ属菌が検出されたなんてこともあったし、偽装関連銘柄は避けるのが賢明かと思ったわけだ。
Nikonもオリンパスもデジカメだと大きさは大差ないけど、結局、ミノルタの後継だということでSONYにした。宮崎美子のインパクトはすごかったわけだ。でも、もうXじゃなくて、αシリーズというやつだ。ということで、かつてのフィルムのカメラの後継どうしの組み合わせになったわけである。
フルオートで撮影できるけど、マニュアルにも出来るんで、そのカンのためにと、いくら撮ってもフィルム代もDPE代も不要なので、必要もない写真を撮っている。このblogでも、カエルシリーズの写真はほとんどμだが、野良鳥とか最近に載せている写真にはαのも多い。
なので、αブロガーと名乗ってもいいだろうか。μブロガーでもあるが。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
03/11/2007
電線で鳴くヒヨドリ、Hypsipetes amaurotis。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
毎日、カモを目にしていると、食べたくなってくるのが人情だろう。といっても、そこらにいるカモを捕まえるのも大変そうだし、鳥獣保護区に指定されているかもしれない。それに丸ごとの鴨の処理も大変そう。で、市販品の鴨肉にした。ところが売っていた鴨はベルギー産。近場にあんなにいるのに。
結局、カモはあきらめてアイガモにした。これも種としてはマガモだから。200gちょいのロースを刻み、白ネギ、玉ネギ、マイタケ、糸こん、焼き豆腐と醤油味で煮た。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
02/11/2007
今日は、川沿いは少しの距離しか通っていないので、いつもいるやつ。
オナガガモ、Anas acutaとマガモ、Anas platyrhynchos。オナガガモの尾はまだ短め。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
たぶん木は、130年ほど前に植えられたものだと思うが、しのぶは天然だと思う。「日陰を好む」らしいので目に付きにくいが、けっこう生えてるようだ。位置が高いので、採取して「巻き直したり」は無理そう。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
春と秋、年2回開花する「ジュウガツザクラ」らしい。
| Lien permanent
|
| TrackBack (0)
01/11/2007
Les commentaires récents