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04/11/2007

アルファ・ブロガーになった

X-7のCM かつてミノルタのX-700というカメラを使っていた。以前にも触れたが、このCMのせいということにしている。正確にCMの機種ではなく、その後に出た上位機種だが。
 CMだけが理由じゃなくて、Nikonのは何か大層だし、オリンパスOMシリーズは軽くてブレそうということで、手頃で扱いやすそうだったというのが実は大きいのだけど。
 写真を撮るのが趣味というより、資料収集とか記録用という意味が大きかったから、いろんな条件で撮らなきゃならない、だからレンズを複数用意しないといけない、すると本体の他に複数のレンズを持ち歩くとけっこうな大荷物になる。
銀塩カメラ それで、日常のちょい撮りやスナップとか用には、フルオートのコンパクトカメラを使うようになった。最終的に使っていたのがオリンパスの「μ」というシリーズで、「フルオート、小型軽量、リモコン付、生活防水」という条件で選んだものだった。雪上ハイキングとかじゃ、この条件が威力を発揮した。

 90年代後半からデジカメを使い出したが、当初は493×393くらいだった。97年に640×480のに、2000年に1600×1200になり、この頃からフィルムのコンパクトカメラは使わなくなってきた。この頃、使っていたデジカメはキヤノンのだったと思う。2005年半ばまでは、IXYシリーズの2048×1536くらいのを使っていた。このblogの写真も当初はそれで撮っている。
 このくらいの解像度だと軽オフの製版にも耐えるので、フィルムのカメラ自体をほとんど使わなくなった。
 ところが、以前にも書いたが、2005年にデジカメが壊れた時に、やっぱり生活防水がほしいということで、オリンパスのμデジタルに変えた。2560×1920のものだ。現在もμシリーズで、防水性能と耐ショック性能が上がって、大きさが6割程度になった3872×2592のやつだ。
デジカメ 一方、やはりコンパクトカメラじゃ間に合わないこともたまにある。フィルムのカメラを持ち出してきても、使う機会が少ないとカンが働かないのでボケてしまう。それで、レンズ交換可能なデジカメも用意することにした。
 今さら「白い恋人」や「赤福餅」を買う人もいないだろうし、偽装のキヤノンは除外。製品で偽装していたわけじゃないが、耐震偽装する人は頭髪を偽装していても不思議じゃないし、耐震偽装のアパグループのマンションの温泉に国の指針の八千九百倍のレジオネラ属菌が検出されたなんてこともあったし、偽装関連銘柄は避けるのが賢明かと思ったわけだ。
 Nikonもオリンパスもデジカメだと大きさは大差ないけど、結局、ミノルタの後継だということでSONYにした。宮崎美子のインパクトはすごかったわけだ。でも、もうXじゃなくて、αシリーズというやつだ。ということで、かつてのフィルムのカメラの後継どうしの組み合わせになったわけである。
 フルオートで撮影できるけど、マニュアルにも出来るんで、そのカンのためにと、いくら撮ってもフィルム代もDPE代も不要なので、必要もない写真を撮っている。このblogでも、カエルシリーズの写真はほとんどμだが、野良鳥とか最近に載せている写真にはαのも多い。
 なので、αブロガーと名乗ってもいいだろうか。μブロガーでもあるが。

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Commentaires

えー、いまどきニコンF4使いのニコ爺ブロガーなあたしでございますが、α100、なかなかいい機種らしいですし、ミノルタの技術を引き継いだおかげでファインダーやレンズが素晴らしいようですから(ニコンには負けますけどね、とあえて言っておきますが(笑))、いい買い物でしたねぇ。

かくいうあたしがマニュアル露出のカンを鍛えてもらったのは、今は手放してしまいましたがフルマニュアルのニコンF2とポジフィルムの組み合わせ、でしたねぇ…。
流石にD3やD300には手が出ませんし、D200もまだ中古価格そんなに下がらないでしょうしねぇ…D80の出物があれば欲しいところですが、ポジフィルムの艶やかな画質を、広角レンズの楽しみを知ってるだけに、広角に弱いデジタルには些かの抵抗も…ロトシックスやtotoBIGでも当たれば迷わずF6とD3買っちゃいますけどねぇ。

Rédigé par: McRash | le 04/11/2007 à 22:44

 Nikonもいいとは思うのですが、ファースト・インプレッションが「重い」でしたんで、無造作に撮ることが多い身には相性があわなかったようです。
 知人の女性を撮る場合とかは、街のDPE屋に持ち込む訳にもいかず、ポジフィルムを使うことがありましたが、だいたい暗かったという記憶があります。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 04/11/2007 à 23:46

私もフィルムの頃はNikon派でしたが、たしかに重かった。70-210mmのズームをよく使ってましたが、寒い時期は往生したもんです。
不思議と、今の商売を始めてからは写真を撮ることへの興味が薄れてしまいました。何ででしょうねえ。

Rédigé par: 非国民 | le 05/11/2007 à 00:56

 そういや、女性の写真を撮る場合に、当時、廃番になったけれど、どこだったかの倉庫に眠っていたのを回収した#19のフィルターや、A系のコンバージョンフイルターをライトやストロボにかましたりしてました。でもプリントしてみるとあんまり効果がなかったりで。
 見た感じの色合いというのは写らないもんだなぁ、と思ったものでしたが、そういう関係でしょうか。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 05/11/2007 à 01:43

舞台照明の設計は、往々にして舞台上の「何を見せて何を見せないか」が核心になります。そういう発想に慣れて来ると、ファインダーで切り取るという作業が億劫なのかも知れません。
いずれにせよ、実際の視覚と写真は別物で、仕事で一緒になるカメラマンと話をしても、皆さんその点は割り切っているようです。写真は写真。あるカメラマンは「俺がどんなに凄い写真撮ったって、生で舞台見た方が面白いに決まってる」と愚痴ってましたが、考えてみれば当然です。舞台は、生で見ることを想定して創られているからです。
一方で、人の感覚はかなりファジーに出来ていて、見てるのに見えてない、という言い方も変ですが、網膜に映っている像の大部分は脳が「無価値な情報」として処理してしまって「視覚」としては認識しないんです。そういう意味では、写真は見えてないモノまで写してしまう。そこが面白いなあと思うときがあります。

Rédigé par: 非国民 | le 05/11/2007 à 22:07

 自分が撮った写真が、なぜ面白くないか考えると、とりあえず記録という意識だけで、何を見せるかという「表現」意識が希薄なのが理由かとも思うのです。
 写真だと、描写による表現しかできないけれど、舞台だと、写実的表現に加えて、記号的というか象徴化した表現も出来るわけですし、視覚だけじゃなく、世界を体感させるわけですから、写真を表現として撮っていると、より可能性の大きな表現分野に興味が向いていくんでしょうか。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 06/11/2007 à 19:05

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