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06/05/2008

公演blogか温習会blogか

 以前にネットの著作権を考える場合には、インセンティブ論ではなく「特殊な人格権」と考えられている側面があるということを書いた際に、日本舞踊の公演を例にした
 日本舞踊の公演には、歌舞伎俳優が行うものとどこかの教室が行うものがある。前者はお金を貰って踊るし、後者はお金を払って踊る。観客は前者にはお金を払うが、後者は払わないし、お菓子のひとつもお礼に貰える。そして、後者は、どんなに下手糞でも褒めるというマナーが存在する。
 さて、この2種があることを知らずに、前者に対して行うのと同様の基準で後者の下手な芸に対して感想を述べるとどうなるだろうか。おそらく、猛反発を喰らうだろう。「そんなことはわかっている」ではすまない、「言ってることは正しくても言い方があるだろう」「悪意を感じる」「お温習い会の意味がわかっていない」とかだけじゃなく、競合する教室の工作員だと決めつけられるかも知れない。「伝統芸能を伝承するという大きな目的があるのに、愛好家同士でそんなことを言い合うのは悲しい」なんていう人だって出てくるだろう。
 そういえば似たような経験をしたことがある。現代演劇はプロもアマも区別なく公演とは「作品を世に問う」ものだと思っていた。なので知人が出た公演の後に「合評会」というのがあって、時間があれば残ってくれと言われ、そこで感想を求められたので、正直な感想を言った。とたんに空気が変わった。その後に他の人も感想を言ったようだが、作品の完成度に言及する人はおらずに、「この作品を上演する意義に賛成」みたいな話ばっかりで、最後に公演の演出家が「盛り上げていただき、仲間達のありがたさを感じた」みたいな話で終わった。そこで、私は世の中にそういう芝居もあることを知った。私を呼んだ知人は、それでも作品の完成度を高めたくて、一石を投じるために呼んだらしかったが。
 プロとアマの差というのは、一般的には、お金を貰うか払うかなんだけど、むしろ「表現活動」の場合には、どこかに「世に問う」意思があるかないかという所に大きな違いがある。作品の部分であっても「世に問う」ところがあって活動しているか、お友達作りのために活動しているかに本質的な違いがある。
 さて、ネットの場合である。以前の「世に問う」ことを前提にした著作権概念では、ネット上に見られる著作権概念は理解できないということを書いた。さらに、著作権についてに留まらないんだと思っている。そうでなきゃ、リンクや引用に許諾を欲しがる人が理解できないし、ごく当たり前の批評を、いつまでも問題にする人たちが理解できない。
 私とて、お温習い会に行って、芸の完成度に言及するような野暮はしたくない。けれども、ネット上に公開されている意見が、「世に問う」ものなのか「馴れ合いツール」なのかは簡単には判断がつかないのだ。特に社会的なテーマを扱った「主張する」blogだと後者であるとは判断がつきにくい。仲間内でだけ通用する特殊な用語とかが頻出してれば予測はできるんだけど。
 できれば認証制で公開制限するとか、「転載機能」という「お友達とのツール」には便利な機能を備えたシステムとかに固まってくれると便利なのだが。

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Commentaires

 和泉宗家の芸は,お金は客が払うのだけど,当事者に対しては温習会レベルの感想が求められているような気がします。「本人は傷つきやすいです」みたいな。
 という宗家的ブログも結構あるんじゃないですか? 世に問いたいんだけど,反論はダメなの,お友達みたいに接して欲しいの,私傷つきやすいの,みたいな。

Rédigé par: 清純派おやびん | le 06/05/2008 à 20:47

 それならそうで、ソウケケみたいに最初から書いておいてくれればいいのにね。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 06/05/2008 à 20:54

「作品を世に問う」とは言っても、「作品」には表現内容のレベルと表現技術のレベルがあって、そこんとこが少々ヤヤコシイ。
正しいことを言っているのに客が集まらないと嘆いている劇団やブログを稀に見かけますが、要するにそこが分かってないんでしょう。客が寄り付かないのは、言ってる内容が間違ってるからじゃなくて、単に芸がツマラナイからなのに。
正しいことが面白いとは限らないのですから、当然起こり得ることです。

Rédigé par: 非国民 | le 07/05/2008 à 04:25

面白いこと言おうとしてすべって転んでいるのに、うちは客が集まらない。キイキイ。

歌舞伎ブログ、新劇ブログ、新派ブログ、前衛演劇ブログ、大道芸ブログ、寄席ブログ・・・、ってわけて、どれかを名乗るってのはどうだっしゃろね。

Rédigé par: kuroneko | le 07/05/2008 à 10:16

 客が集まるからいいのか、というとそうでもない。日本で最大の集客がある現代劇の劇団は、ライセンスによるコピペで、およそまともな演劇評論の対象にはなっていないみたいに、影響力は低いし。
 いずれにせよ、そういった「世に見せる芝居」とは別世界に、「みんながんばったね」と言い合うのが目的という世界があるってことですね。blogだと「オレってがんばった」と平気で書いてるのだってある。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 07/05/2008 à 12:33

>blogだと「オレってがんばった」と平気で書いてるのだってある。

下手すると「オマエも頑張ったと思っただろ?金よこせよ」っていうところもありますね。花粉買えとか。

Rédigé par: 瑠璃子 | le 09/05/2008 à 15:57

 花粉ならうちの近所でいくうらでも採れるんですけどねぇ。
 でも、このネタ、止めるのやめないの休むのというあるblogに誘発されて書いたたんですけど、意外といろんなとこに応用できるんですかね。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 09/05/2008 à 21:27

初めましてm(__)m

ブログと言うのは「大道芸」だと私は思っておりますです(笑)

大道で芸をする…興味の無い人は無視(爆)
ちょっと興味のある人が立ち止まって見てくれる…

気に入ってもらったら投げ銭を(核爆)

で…大道芸にはいわゆる「さくら」が存在するわけで…
さくらの存在しない「がち」な意見を聞きたいからやってている方と、「さくらばっかり、お友達感覚」でやっている方が混在するから、かなり面白い状況を作り出すのかと(苦笑)

多分私の大道芸は「つまらない朗読」なんだと、最近とみに自覚しておりまする(核爆)

Rédigé par: ありえす224 | le 10/05/2008 à 00:29

 うちの場合は、大道での「羞恥プレイ」かも。そちらに投げ銭しようかと思いましたが、私は「右側とか自分は保守だと思っておられる方」に該当するので、とりあえず立ち位置を確認中です。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 10/05/2008 à 00:35

 南郷力丸さん、こんにちは。
 トラックバックありがとうございました。お伺いするのが遅くなりまして、失礼しました m(__)m。
 
 件のブログはいつもけっこう賑わっていました。その雰囲気は「癒し」が流行る世の中と通じているように思いました。(私は、リンクが多かったのでポータルサイト的に利用させてもらっていましたが。)

 コメントする側は、しばらくROMするなり幾つか記事を読むなりしてある程度流れや雰囲気を掴んでからコメントする、ということがマナーでしょうが、それ以上はブログ主の「自己責任」ではないでしょうか。
 「たかがブログ」ですから、閉めるのも、また再開するのも自由。そこで何かを学ぶかどうかも、読者がどう評価するかも自由。最低限、ブログ上の全ての振る舞いを世間にさらす覚悟があるかどうかだけだと思います。彼にもそれはあるように見えるのですが、mixiの日記で馬鹿なことを書き、炎上したりする人たちには、その覚悟さえないようですね。

 ちょっとKYなコメントでスミマセン(汗)。

Rédigé par: MEDAMA | le 11/05/2008 à 03:16

 世間に晒す「覚悟」というのは大げさなんですが、批判と評価を含めた「批評」を受けることを当然と考えるということですよね。
 彼個人にそれがあったのかはわかりません。少なくとも、あそこにコメントしていた人たちが、「批評」を拒絶しようとした時に、そちらを選択したわけですから、書き手としてではなく、運営者として「ここは馴れ合いの場」であると規定したということでしょう。私が「ごっこ」という表現を使用するのは、その所以です。
 そんなblogがあったっていいんですよ。ただ、「批評を受けることが当然」というのが基本であって、「馴れ合いの場」というのが、例え、ボリュームでメインになったとしても、特殊であるということさえ理解されていればいいんです。デファクト・スタンダードになりえない。それならいいんです。
 その発端から数ヶ月もたった今になって、私が他でコメントしたりしているのは、この特殊であることが、一般的であるという風潮があるように思うからです。
 その既に片付いているはずの問題について、いまだに燻っているのは、この風潮のせいだと思いますよ。
 私は映画評や書評を書くのに、いちいち作者に断りません。安倍晋三について書いた時も本人に連絡していません。公刊されたものだから、公人だからという理屈でしょうけど、ネットに公表するということは、公刊と同じであり、本名であろうとHNであろうと、書いたことに関しては公人なんですね。ネットに公表した以上、勝手に引用されようが、言及されようが、リンクされようが、それが当然なんですね。
 なので、たんぽぽさんは何も問題がない。さらに言えば、正当な批判に対して中傷した連中だって「してはいけないこと」ではないのですよ。ただ、多くの人に嘲笑され、相手にされなくなるという「当然の結果」があるだけです。まともなblogでいまだにSOBAバナーを貼ってるところって、ほとんどないでしょう。
 こういう「公表」ということに関する原則がある上で、マナーがある。マナーに欠けると削除したって、文句を言ってもいい。けれども、動機はどうあれ無自覚であれ、「マナー」を騙って原則を覆そうと人たちに対しては、私は、それは違うと言ってるだけなんですけどね。
 リアルな社会問題については、リアルな社会で対応すればいいんですが、コトがネットのあり方の問題になると、ネットで対応しとかにゃいかんかな、ということです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 11/05/2008 à 04:52

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