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26/05/2008

アートとバイト先の先輩

 以前に日本舞踊の公演のことを書いた。金取って見せる会と金払って出る会じゃ、そもそも違うということ。
 ところが、現代舞踊とか現代演劇というのは、この間がシームレス。おまけに公演の採算性とか動員と影響力というのは全く別物。おまけに団体でやるもんだから、同じ公演に、全く別の考えで参加している人もいるわけである。
 例えば、ある舞踊公演。この群舞はトップレスで踊ることにしようという話になる。もちろんブトーなんかじゃ、すっぽんぽんに▼なんてアタリマエだし、少なくとも現代舞踊じゃよくあることだ。そうしたところ嫌だというメンバーが出てきたとする。別に路上でトップレスになれと言ってるわけじゃない。舞踊の会であるから普通のことだし、この振り付けじゃそれが当然だ。何で嫌なの、と「現代舞踊」の枠組みで考えていると理解できない。一方、嫌な人は、嫌なものは嫌なのだ。「現代舞踊」の枠組みで考えることは出来ないのだ。
 もちろん、観客としても、自身が振り付けると考えても、トップレスが正しいことはわかる。でも、そこまで真剣に舞踊をやってるわけじゃないのだ。最初は、お友達と「今度の公演に出るから来てね。」「わー、すっごいキレイだったよ」というのが楽しいから始めたし、所詮、世界ツアーをしたり、公的助成を受けるだけのカンパニーでもないだろ、なんて気もある。もちろん、今では、世に問う意識もあるが、見に来るのは舞踊のことがわかってる人だけじゃない。舞踊のこともわかんないバイト先の先輩にきっと「乳出して踊ってたね」って言われるだろう。さらには、知らないトコロで「着やせするんだねぇ。けっこう立派だったなぁ」なんて言う人だっている。ただ、それが嫌なのだ。
 現代演劇だと、地方の100人も入らないホールで3公演くらいのカンパニーが、何の拍子か、日本のあるシーンを代表する劇団になっちゃうことだってある。でも、そうならない劇団の主宰者が、世界の演劇シーンに対しての姿勢なんてことを言い出したり、そこまで行かなくても、地域文化を支えるのは我々草の根文化活動で何ちゃらと言い出すのは、「道楽でやってるんだろ、ウチワしか見に来ないのに」と思い、ある意味、滑稽でもある。
 かと言って、少なくとも「世に問う」意味で公演しているわけで、宴会芸じゃないんだから、演劇シーンに何の意味もないような舞台を見せられり、「友好劇団」との馴れ合い合評会なんてのは醜いと思うし、ちょとオカシイと思うわけである。世に問う意識を持った主宰者としても「あの人が、綺麗な衣装着て注目されるのに、何で私がゾンビ役なん?」などと出演者が文句言っちゃ困るのだ。困っても、そういう意識で参加して来たんだから、どうしようもない。
 そして、そのどちらでもない、ごく普通の中堅カンパニーに、乳を出すのはアートの論理では正しいが、観客がそうじゃないから、やはり出したくないと苦悩し、やっぱり出せないとするメンバーがいるわけである。
 アートにはアートの論理があるわけである。それが正しいかどうかということは、アートへの距離感に対しては無力なのである。もちろん、無力であるから無価値ってわけではない。
 ともかくも、トップレスで踊るのを嫌がったメンバーがカンパニーを辞めても、舞踊の理解者であり、よき観客であり続けてほしい。

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Commentaires

うーむ…

この群舞はトップレスで踊ることにしようという話になる。もちろんブトーなんかじゃ、すっぽんぽんに▼なんてアタリマエだし、少なくとも現代舞踊じゃよくあることだ。

なんてやっちゃうと時折おまわりさんが出てきてタイーホされちゃったり(苦笑)さらには「この裸は芸術ではなくて猥褻だから訴えてやる」なんて人が出てくるのも必然なので、それなりの覚悟がある方以外はやっちゃ駄目…ってな話につながりそうな気もする(核爆)


…ちなみに、上記の事は
①暇がある
②お金がある
③係争が道楽である
④それでも問いかけたい、と言う覚悟がある
のいずれかさえあれば、それなりに対処は出来るが普通の人は無理…って結論に(苦笑)

ついでに…「訴えてやる」って言ってくる人の一部には、やれ「南京大虐殺は無かった」だの、やれ「沖縄での集団自決は軍の命令では無かった」だの言っては係争に持ち込む事を大儀としている方々とだぶったりもしているので注意が必要でしょう(核爆)

Rédigé par: ありえす224 | le 26/05/2008 à 22:59

 ▼なしならともかくも、トップレス程度だと今時の身体表現だとアタリマエでしょう。でも、ツボとか売ったりの神懸かりの人だったら、問題視とかするかも知れませんけど。まあ、所詮「無知」だけが根拠の相手ですから、普通の人でも「相手にしない」という手があるわけで。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 27/05/2008 à 01:27

 もひとつ。もちろん、近所のオバサンや子ども達を集めてやってるようなダンス教室は、別物です。
 その件は、日本舞踊の話ですましてますんで。

 以前にそういうダンス教室の発表会のスタッフをやって、主宰者さんと打ち合わせのために楽屋に行ったんですが、楽屋にいたオバサンたちがびっくりして、主宰者に文句を言ったってことがありました。主宰者さんが「あの人は本職だから(ウソです)、別に気にしなくていい」という説明で、なぜか納得したというオカシナ話もあります。
 ともかくも、別に相当な覚悟の問題じゃなくて、結局はアートの論理との距離感だとは思うのです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 27/05/2008 à 05:53

>>地域文化を支えるのは我々草の根文化活動で何ちゃらと言い出すのは
あー・・俺、これから半年ちょっとそういう人たちとプロジェクトゆっていかなきゃならないんですが( ̄-  ̄ ) その分野で40年とかやってきた方達に意見する気はありませんが、あまりにも方向性というか表現方法??というのかが「塊」(誤字にあらず)すぎていて、お話し合いにならない事があるんですよねぇ。
 何も言わないで「はいはい」って言うこと聞いていればいいんだろうけど、俺もこっちの分野では一応30年なんで(笑)どうなるかなぁshock

Rédigé par: 龍 | le 27/05/2008 à 10:39

 「そういう要素は確かに認める」けれども「自分で言うとアホくさい」ってこともありますからねぇ。
 テキトーにおだてて、でもこの分野じゃ俺も「魁」(誤字にあらず)て、やってますんで、とオリアイつけるしかないのかなぁ。
 

Rédigé par: 南郷力丸 | le 27/05/2008 à 19:03

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