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29/07/2008

PING言論

 2・3年前に、何度か言及していたのが、「意思疎通」のためではなく「位置確認」のためのコミュニケーションだ。
 最初に例にあげたのが「オタク」の世界である。語源的に言えば「オタク」というのは、2人称の使い分けができない人が、オールマイティの2人称に「おたく」を使ったことに由来する。つまり、コミュニケーションのプロトコルを確立しない相手と、ただただ趣味について語るだけで、連帯感を得ている例だった。
 このような例にいいサンプルになってくれたのが、2年半ほど前に話題になった「伊勢崎のドンキホーテ」だった。コミュニケーションのためなら「説得力」に対応して、相応の「納得力」が期待できるはずが、「自分の位置」を確認したいだけのコミュニケーションだから、相手と自分の位置が優先で、その位置次第で「納得力」が大きく変わるということだった。位置を知りたいだけだから、違うと全く「納得力」を発揮しないから、いかに「説得力」があっても無駄であり、逆だと全く「説得力」がなくていい。

 今になって、なぜにこういうことを持ち出して来たかというと、とある所での「アタマがくるくるぱーになりそうになるんです」という話からだ。そういう「不可解な言説」についてのコメントの後半に書いたのが、こういう方々のうち何人かについては「主張や意見の「中身」は重要ではなく、表明することに自体に意義があるのでは、としか思えない。概念を共有するためではなく、立場を示すだけ、自分の妄想に浸るためだけのコミュニケーションというのが存在する」ということである。なので、その内容について理解しようとすること自体が期待されていないわけで、「アタマがくるくるぱーになりそうになるんです」ももっともだ。
 およそ、どういう意見を表明するにあたっても、その根拠が事実か事実でないか、どうでもいい、ということは通常はありえない。それを不思議に思わないということもない。つまりは、自分たちが交換している意見自体はどうでもいい、ということだからだ。なのに意見を表明し交換する。その「どうでもいい意見」に賛成であれば、よりバカバカしいコメントでも喜ぶし、否定的に言及されると「攻撃」と見なす。つまりは、概念の共有でなく、立場の確認のためだけのコミュニケーションなのだ。

 このコメントを書いた3日後に、コミュニケーションを行うこと自体が目的で、その内容に意味はない、というスタイルのコミュニケーションについて、「光るナス」でも記事を書いていた
 そのコメント欄で、このようなコミュンケーションをネットワークにおける「データ交換」と「コネクション」に例えている人がいた。ネット上でコミュニケーションについて語る時に、ネットワークの仕組みを比喩的に使うことはよくする。例えば、言語によるコミュニケーションにおいては、まず共通の言語を使う必要、言語の概念を共有していることを確かめる必要について説明する際に、ネットワーク用語でいう「プロトコル」や「シェイクハンド」という用語を使ったりしたこともある。
 その意味では、「根拠が事実かどうかはどうでもいい」ような内容自体に意味がないのに、コミュニケーションを行っているような言論は、ICMP言論やPING言論と言えばいいのだろうか。ただ、ICMPというのはそう一般的じゃないし、「PING−blog」なんていうと、blogの更新通知用のPINGサーバーと紛らわしいか。

 前述の「光るナス」では、このような「PINGコミュニケーション」の典型例として、知人どうしの挨拶をあげている。考えてみれば、というか、考えてみなくても、このblogだって、ほとんど毎日は、テキトーに撮った写真を載せているだけで、別に意味らしい意味はないわけで挨拶みたいなもんだ。「更新したぞ」という意味しかないようで、二重の意味での「PINGコミュニケーション」かもしれない。
 一方で、「アタマがくるくるぱーになりそうになるんです」の例の方では、スタイルとしては「言論」のカタチをとっている。
 全く話は変わるが、人類の文明は遊戯化する。狩猟採集社会から、農耕や牧畜が始まった。すると「狩猟」や「採集」は遊びになった。農耕や牧畜も園芸や飼育という遊びになった。工業も工作になったし、ネットオークションも儲けるためやリサイクルより、遊びとしての商業としてやっている人が多いだろう。なので、研究や言論だって遊戯化するわけである。「研究ごっこ」や「言論ごっこ」である。ごっこであるから、内容や効果よりも、カタチが重要なんだろうし、それで一部は「PING言論」になってしまうこともあるのだろう。
 なお、釣りや園芸や工作が立派な趣味であるように、「研究ごっこ」や「言論ごっこ」も立派な趣味だし、否定する気はない。ただ「研究」や「言論」のツールとしてネットを使っている人、専門家でない人でも「研究」や「言論」の普及をしようとする人、さらには、理解しようと学習ツールにしている人だっているわけであるから、「PING言論」の方々は、釣り人の漁師に対するような遠慮はした方がいいと思う。

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Commentaires

TBありがとうございました。
また一つ考えさせられたので、「その3」の方に追記として載せさせていただきました。 (^o^)
今回はこちらからのTBも通ったようです。
記事内にURLが貼り付けてあると、受け容れてくれるんですかね?

しかし、あちこちのコメント欄でいろんなことが議論されてたんですね。
ちっとも知りませんでした。

Rédigé par: アキラ | le 29/07/2008 à 11:03

>およそ、どういう意見を表明するにあたっても、
>その根拠が事実か事実でないか、どうでもいい、
>ということは通常はありえない。

 「通常は」ありえないけど、たまにはあります。
 http://nikemild.exblog.jp/8318976/


>それを不思議に思わないということもない。

 上記エントリのコメ欄に集う人々(一部を除く)参照。


>つまりは、自分たちが交換している意見自体はどうでもいい
>ということだからだ。なのに意見を表明し交換する。

 うむうむ。


>その「どうでもいい意見」に賛成であれば、
>よりバカバカしいコメントでも喜ぶし、
>否定的に言及されると「攻撃」と見なす。

上記エントリのコメ欄「かつさん」へのレス参照。


>つまりは、概念の共有でなく、
>立場の確認のためだけのコミュニケーションなのだ。

 うむうむ。


※そういえばお正月にも同じような現象を見かけたような・・
  URLをとりに行くのが面倒なので、忘れたフリ。


>このblogだって、ほとんど毎日は、テキトーに撮った写真を載せているだけ

http://lapsang-souchon.tea-nifty.com/pokopon/cat4131736/index.html
これらの写真が「テキトーに撮った」とは思えない。


>研究や言論だって遊戯化する
>「研究ごっこ」や「言論ごっこ」である。

「言論ごっこ」にもならない私は、そろそろROM専に戻る準備を始めます。

Rédigé par: 柿の木 | le 29/07/2008 à 13:37

初めまして、急に出てきて横からしかも本筋と関係ないところに申し訳ありません。

柿の木さん
>そろそろROM専に戻る準備を始めます。
一方的に片思いしていた相手に告白前に振られたようなショックです。

Rédigé par: とらこ | le 29/07/2008 à 14:51

 ニフティのTバックにはそういう規制はなかったはずだったのですが、調べてみます。
 ここでの「PING言論」とは少し違うかもしれませんが、アキラさんが言及されてた「僕を見て」という意味しかないコミュニケーションというのも見うけられますね。コミュニケーションが自分の保っている「概念」を伝える、ということに対し、自分がどうかという意味だけのコミュニケーションについて、 haben に対するsein、 Avoirに対するÊtre、みたいな比喩で整理しようとしたこともあるんですね。
 ところが、「自分がどうだ」論というのは、「自分がこう考える」論と時としてグダグダになってしまってるんですね。自分がどうだから出発する論というのはごく普通だけど、これは、いったんその「自分はどうだ」を相対化して、伝達できるカタチにしなきゃコミュニケーションにならないのに、ストレートに「自分がどうだ」論をぶつけてしまい、あげくは、オマエはオレではないのでわからない、ということになってしまう。このグダグダは「自分がどうだ」論だけじゃなく、「あなたはどうだ」論でも起こってしまっているし。
 それで、こういう「自分はこう考える」のコミュニケーションと「自分はどうだ」コミュニケーションの問題はまた別の問題だろう、何よりも「伝えようとする」意味があるわけで、「PING言論」のように、その内容自体が無意味化してないし、と思ったわけです。

 柿の木さんのハニワちゃんの場合は、あまりに特殊で、言及しても一般性はないのですがねえ。
立場も妄想も共有していないのに、それがあると確かめるためのコミュンケーションというか。
 ハニワちゃんは「自分の愚行でドツボにはまった」という現実はなかったという「パラレルワールド」の住人ですよね。その「パラレルワールド」では「自分の愚行」の代わりに「私が攻撃だといったことは正しいのじゃ~!ギャー!!陰謀だったのだ〜!!」があり、「ドツボにはまった」に代わり「自分は支持されている」があるわけですよね。それで「自分は支持されている」という妄想を充足するために、「敵の敵」だと思うや、濡れ落ち葉よろしく、あっちにペタ、こっちにペタと「PING言説」を送りまくって、とらこさんみたいに、誤爆されたりする人もいらっしゃる。
 まあ、「敵の敵」は必ずしも「パラレルワールド」の住人じゃないんで、振られてしまうのが、いつものパターンですが。
 とらこさんも、早く告白しなきゃ、せっかくキューピットを務めてくれたハニワちゃんに悪いですよ。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 30/07/2008 à 02:32

南郷力丸さん

場違いなコメントを許容していただき、またアドバイスをありがとうございます。自分のとこで告白しましたが年甲斐もなく取り乱してしまいこれ以上粘着したら嫌われるかなとがっくりしています。はー、人生ままならないですね。。。さらに場違いですみません。

Rédigé par: とらこ | le 30/07/2008 à 08:41

僕が書いたのは一応ベタ論で、実際には潜在意識的なレベルまで視野に入れて見ています。
「意識できている」レベルにしたって、テクストとして書かれていることと 実際に言いたいこと(言わんとしていること)とは違う、ということは出てきますよね。
それに加えて、本人の意識のレベルはテクストとして書かれてあることを言いたいつもりなんだけど、潜在意識的には別の情動の噴出でしかない、ということもありますよね。
ネット上ではテクストしか見えませんので、このへんの機微を判断するのは非常に困難なわけですが、それでもけっこうにじみ出ているような感じもあるので、なかなか面白いと思ったりします。

そういうことを踏まえると、自分が保っている「概念」をきちんと伝える努力と配慮を払っている記事やコメントなどは、ほとんど見受けられないと言ってもいいくらいなのではないかと感じます。
その意味では「PING言論」ばかりの気がしますし、コミュニケーションにすらなっていない マスターベーションのやり合いっこも多いかと思います。
これに一般的な意味でのリテラシーの問題が絡んできますから、もう しっちゃかめっちゃかもいいところ、というのが僕の感触です。
ですから、南郷力丸さんくらいのスタンスでいきたいのですが・・・これがどうにもうまくいかない「情動の噴出」がありまして。。。 (^o^)

Rédigé par: アキラ | le 30/07/2008 à 11:43

すみません、努力と配慮は「払う」もんじゃないですよね。 (^_^;)
>努力と配慮を払っている
<
じゃなくて、
「努力と配慮をしている」です。m(_ _)m

Rédigé par: アキラ | le 30/07/2008 à 11:47

 「人を批判すること」と「人から批判されたときの対応」について、例の騒動以来、ずっと考えてきました。私なりの結論 (みたいなもの) は (それなりに) 出た (つもりになってる) のですが、「人の道に悖るような大変な非礼を働いたにもかかわらず、批判も非難もされず、普通に対応されたときの対応」については一度も考えたことがなく、なんの心の準備もしてなかったので、正直うろたえてます。

 世の中には「批判する人」より「寛容な人」のほうが優しいと主張される方がいますが、私はどーーー考えても「批判する人」のほうが優しいと思います。だって、批判されれば、謝罪をしたり言い訳をしたりジタバタしたりと、自己弁護の機会が与えられるわけですが、「寛容」にスルーされたり、すっぽり受け止められたりすると、自分の行為のバカさ加減に気付く機会を奪われるだけでなく、第三者から 「自覚も謝罪も言い訳もしない永遠のバカ」認定される恐れが大いにあるからです。

 なので私は 「相手に悪いところがある (または相手の行為がバカ) と思っていながら注意しない寛容な人」の心には、「悪意」があると思ってます。自分だけ優しい人ヅラしてこっちに恥かかせやがってコノヤローみたいな、そんな気持ちです。

 っと、逆ギレ逆恨み責任転嫁まで総動員して饒舌になるのは、パニックに陥って本当に言いたいことと言わなきゃいけないことの区別がつかなくなってるときの私のクセです。 でも、これ以上こちらのコメント欄を汚すわけにもいかないので、さっさと話を終わらせます。

 南郷さん、本当に本当にすみませんでした m(_)m

 普通に叱られる以上に叱られたような気分で・・・恥ずかしいです。
 ありがとうございました。

■ああ愛しのとらこさん
 意外な場所での遠まわしな告白ありがとうございます、って書こうと思ったら、ぜんぜん意外じゃない場所での直球勝負な告白まで・・・ありがとうございます、私たちもう ケコーン!するしかない感じですね。手に手をとって、さあ、愛の逃避行へ・・・ まずは弊ハニワちゃんのところへ御礼参りにでも・・・


Rédigé par: 柿の木 | le 30/07/2008 à 13:40

柿の木さん、感情に任せて突っ走ってどうしようもなくなってしどろもどろになるとこまであなたは私か!と思うのですがケコーンは無理でしょうねえ女同士では。

ラブレターは削除しました。申し訳ない。わしゃー高校生かと思いました。恥ずかしすぎ、消えたいです。

南郷様、重ね重ねのあほーな書き込みを返す返すも深謝いたします。申し訳ありません。知らない人が見たら荒らしかと思われたことでしょう。

Rédigé par: とらこ | le 30/07/2008 à 19:22

あの、せっかくなので、事のついでに是非一度 南郷力丸さんに聞いておきたいことがあります。 (^o^)
「南郷力丸」というHNは、性は南郷、名は力丸、でよろしいのでしょうか?
それとも、「南郷力・丸」だったりするのでしょうか? (^_^;)

昔、HNの由来を記事で読んだ気がするのですが、失念してしまったもので。。。
聞きたかったのですが、なかなかそういう機会もなく。。。m(_ _)m

Rédigé par: アキラ | le 30/07/2008 à 21:21

わはは、申し訳ない!
「姓は南郷、名は力丸」の間違いです。 (^_^;)

Rédigé par: アキラ@訂正 | le 30/07/2008 à 21:23

みなみ・ごうりきまる、という読み方も捨て難い気がしてきました。

Rédigé par: うちゃ | le 30/07/2008 à 22:13

 やはり認識の主体である自身を相対化するというのは簡単じゃない、というか極めて困難ですし、それも無意識のレベルまでというと常人にはできませんよね。さらに、その上で自分の持っている「概念」をきちんと伝えるというのも難しいと思います。それが出来ている、それをしようとしている、そして、全く無頓着で伝える内容は無意味という「PING言論」の間には、それこそ連続的なグウラディエーションがあるわけです。読み手のリテラシーとで、つまりは説得力と納得力とで「ほどほどのトコロ」まで共有するというのが、現実のコミュニケーションでしょう。
 その「ほどほどのトコロ」を高める手段というのが、柿の木さんの言われる「批判」の本来のわけですね。柿の木さんは、もう少し限定的な意味での「批判」について言及されていますが。
 「人の道に悖るような大変な非礼を働いたにもかかわらず、批判も非難もされず、普通に対応されたときの対応」という例を出されていますが、「人の道」は安全で歩きやすいけれど、「けものみち」の方が、いろんな生き物に遭遇して楽しいという相手だったのかも知れないですね。冥府魔道に引き込もうとしてる人かも。というより、自分で問題点を把握している相手に、わざわざそれを指摘する必要がないということか、そもそも非礼という認識がないんでしょう。
 それはともかく、本来的な批判というのは、コミュニケーションいおける「ほどほどのトコロ」を高めるためですから、コミュニケーション可能な相手にしか普通はしないですよね。例えば、私は「三歳児」の保護者でもハニワちゃんの介護者でもないわけで、直接に批判する義理は何もないわけです。アキラさんや柿の木さんとの間で「ほどほどのトコロ」を高めるために、共通認識を確かめるために言及しているだけで、批判ということではないですよね。
 そして、こういった批判というのは、受け入れやすい言説ほど試みることが必要ですね。
 例えば「ニセ科学を信じているという批難から逃げるために、どうでもいい、信じてないと言うことは、自分はどうでもいい根拠で意見を主張すると公言したということで、もっと愚かなことで、関本を敬遠して金本に2ランを打たれた投手のようだ」この最後の部分を「森野を敬遠してウッズに2ランを打たれた投手のようだ」にしても、この文の趣旨は全く変わりません。でも、受け手によって説得力が違うと感じることがあります。比喩の部分がより好ましい方が、納得力が高まるかも知れないからですね。
 内容に意味のない「PING言論」だと立場を確かめたいだけですから「気に入らない言及はスルー、スルー」で引きこもっていればいいのですが、逆に、きちんの概念を共有しようとすれば、その「概念」自体に説得力があったのか、もしくは、立場や趣味が共通しているとかで過剰に納得力を発揮したせいじゃないかと疑ってみる必要があるわけですから、受け入れやすいほど、より批判的に受け止めたいですよね。
 なお、HNについては、http://lapsang-souchon.tea-nifty.com/pokopon/2005/05/post_d8de.html
 ちなみに、「弁天小僧菊之助」と「南郷力丸」いうのは歌舞伎で有名な「美人局」です。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 31/07/2008 à 00:46

すみません、何かヘンになっちゃったのでやり直します。
上のは削除してください。
再トライ。

【それこそ連続的なグウラディエーションがあるわけです。読み手のリテラシーとで、つまりは説得力と納得力とで「ほどほどのトコロ」まで共有するというのが、現実のコミュニケーションでしょう。 】

仰るとおりです。

【そして、こういった批判というのは、受け入れやすい言説にほど必要ですね。
・・・・・・・
受け入れやすいほど、より批判的に受け止めたいですよね。】

これまた仰るとおり。
これをすぐ忘れそうになっちゃうので、心に刻みます。

HNについて。
そうでした、この記事です。
ありがとうございました。
日本の伝統芸能と呼ばれているものについての素養がほどんどありません。
そうでしたか、有名な「美人局」だったんですね。
全然知りませんでした、お恥ずかしい。 (^_^;)

Rédigé par: アキラ | le 31/07/2008 à 09:53

南郷さん、TBありがとうございました。
ご挨拶にあがるのが遅れて申し訳ありません。お記事に関するコメントも書きたいのですが、なんか長くなりそうなので、またあらためてさせていただきたく思います。

ところで、私からもTBを一本お送りいたしました。お記事と関連があまりないかも知れませんが、その辺よろしくです。

Rédigé par: ちょちょんまげ | le 31/07/2008 à 22:53

 高い参入障壁を越え、やっと入ったここは『冥府魔道』であった・・・

>比喩の部分がより好ましい方が、納得力が高まるかも知れない

 ここで野球の話を例えに使うと 私(柿の木)の理解が深まる(納得力が高まる)かも知れない、という意味では仰る通りだと思います。 でも、その例え話で、もし受け手が熱狂的な金本アニキのファンだった場合、「金本に2ラン」の言葉が出た時点で 「水伝」やら「PING言論」のことなど どーーーでもよくなって、いかに金本アニキが素晴らしい選手か、いかに自分が彼を応援しているかの話をアツく語り始めてしまう恐れがあるので、あまりにハマッた比喩も考えものかなと思いました。


>南郷さんのHN
 実は私も気になってました。
 「なんごーさん? みなみさとさん? みなみごうさん?」と。
 「りきまるさん? ちからまるさん? かまるさん?」と・・・

■とらこさん

>ケコーンは無理でしょうねえ女同士では。

 今の『夢見る乙女(推定年齢20才前後)』 から、『「かなりアホ」認定されかかってる男 (推定年齢30代後半)』 にキャラチェンジしますから、どうかそんな冷たいことを仰らず・・・

Rédigé par: 柿の木 | le 01/08/2008 à 00:24

 アキラさん、そんなに賛同していいんですか。もっと疑ってかかった方が?
 なお、伝統芸能といえど芸能ですから、好きずきですので、知らなくても、知らないことをわかっている限り、恥ずかしいってことはないと思います。
 で、ちょちょんまげさんのTBですが、広義にはネット言説の話ですから、全く無関係ってわけでもないし。
 なお、私は、バカバカしいネタのためなら危ない橋を渡るのもアリ、なんで、「小女子」氏みたいなことは自分でもしたい部類です。それで、ちょちょんまげさんの仰るように「小女子」を「こうなご」と読める人は、現代においてマジョリティでないとしても、「おいしくいただいちゃいます」とまで書いてあるのに、それがネタだとわからない学校には国語の教員がいないんでしょうかね。そういう学校教員の伝統的教養の欠如は恥ずかしいと思ってもらいたいです。
 「いかに金本アニキが素晴らしい選手か、いかに自分が彼を応援しているかの話をアツく語る」のは、できれば、「タコ焼きの楊枝が1本だけしか刺さっていない際の考察」や「いいカルトと悪いカルトの考察」をアツく語っても許容してくれるblogで行うのがオススメです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 01/08/2008 à 01:52

 ところで、このblogにコメントしている人に、「ステテコ姿で缶ビール片手にナイター中継を見るオヤジ」から清純派に転向した方がいらっしゃるので、柿の木さんが跡を継いでいただくとちょうどいいです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 01/08/2008 à 04:56

南郷さん失礼いたします。

「PING言論」興味深く拝見いたしました。
そういう言論(ちゅうか信号の交換、ですかね?)に近いテキストの交換や現実での会話があることは、全く同意です。

まぁ、自分が発していることも、多くはただのPINGであることも事実なわけで、あんまりとやかく言えた義理でなはないのですが、「アタマがくるくるぱー」の発言者として、南郷さんのご意見を幾つかうかがいたく思います。

1.>主張や意見の「中身」は重要ではなく、表明することに自体に意義があるのでは、としか思えない。

そういう人たちに「中身」の重要性を説く、というのはそもそもおせっかいだったり、無粋だったり、野暮である、というお考えでしょうか。

2.そもそも今回の話における、私の最初の「あたまくるくるぱー」体験は、「今日の記事は結晶にすると、どんな形になったでしょうか?」、『「光輝くオーラ」のかたち・・・です!!!』だったわけですが、これなんかひじょ~に典型的なPINGの交換にしか私には見えないわけですけれど、ここに私のような野暮天はほとんど「絶望的」な感覚を抱いてしまうわけです。
まず、この人たちがなにやら「意見」という「内容のあるもの」を発言した気になっていて、PINGだという自覚がおそらくないこと。
「表明することに意義がある」と外部からは見え、まずその見方が正しいのにも関わらず、「何かの意見になっている」と思っているのではないか。
「オーラの形」、「銀河鉄道の夜でさえ科学的に否定したがる」(しつこいね、俺も)等のPINGを何かの意見だと思って表明しているのではないか。

南郷論はおそらくそのあたりを、

>交換している意見自体はどうでもいい、ということだからだ。なのに意見を表明し交換する。

で、折込済みだと思うのですが、私が怖いのは、「PING言論」だと言われた人はそれを恐らく認めないのじゃないかと云うことなんです。

とまぁ、自分の愚かさも省みず、このような事を書き散らしてしまうのもまたPINGの一種か、あるいは「ぼくを見て」のたぐいなのかも知れません。

あと言論ごっこ、には同意です。
野球で言えば、ゴムマリを使った三角ベースみたいなもんで、一応私はそこに野球のルールをてきと~に当てはめて、そっから出ないようにはしてるつもりなんですけど、三角ベースは三角ベースですね。

Rédigé par: ちょちょんまげ | le 01/08/2008 à 08:29

南郷さん、連投しつれいします。

TBした記事の件。

>なお、私は、バカバカしいネタのためなら危ない橋を渡るのもアリ、

いや、これ分かるんですけど、私の立場からすると、御自分のリスクについては御自分で処理すれば良い事(ブログにコメントで書きましたけれど、それに対する当局の弾圧には断固反対の立場ですけど)だけど、迷惑なんでやめといて貰えんもんか、と。
というのは、Dox氏のおっしゃる「良識派」から向きの違う批判が起きちゃう可能性が高いから。(もっと規制せないかん、みたいな)

>そういう学校教員の伝統的教養の欠如は恥ずかしいと思ってもらいたいです。

それもおっしゃる通りなんですけど、たとえそれが「こうなご」と読める人がいたところで、学校が緊張しちゃうのは無理もないと思うのです。
というのは、なんもせんかったら例によって「良識派」から攻め立てられちゃうと思うんですよ。

とはいえ、南郷さんにこう言われちゃうと自身満々だった記事への自信が、早くも揺らぎ始めました。
(なんつう、情けなさ)

Rédigé par: ちょちょんまげ | le 01/08/2008 à 09:41

 ウチのこの手の話って、ほとんどが、不可思議なコトをこう考えれば理解しやすいか、って話なんです。つまりは「認識」のハナシでして、だから、いいだの悪いだの「価値判断」はしてないわけです。
 それで、この「PING言論」についても、このblog自身が「PING-blog」という性格が強いというオチになってるわけです。なので、普通はコミュニケーションといえば伝える中身がある、というわけじゃない、というだけでして、「中身」の重要性、というか、重要だという価値判断はしてません。で、どう思うかと言えば、そんなのはケースバイケースだということでしょう。
 というより、中身が重要だったり、伝えたい中身があれば、こういう形態のコミュニケーションにならんでしょう。普通は。

 それで「今日の記事は結晶にすると、どんな形になったでしょうか?」、『「光輝くオーラ」のかたち・・・です!!!』ってのは、江本や江原への皮肉でないとするならば、「今日はどないだ」「へ、おかげさんで」と訳しちゃっていいんですよね。「How are you?」「Fine, Thank You」でも「Comment 溝 va?」「B va bien」ほど定型的になっていないだけで。それで、具体的に何がどうかと聞いているのか、おかげさんて何のおかげなんや、そもそもQ&Aになってないとか、考えるから「あたまくるくるぱー」になっちゃう。
 それで「PING言論」だと言われた人が認めないのかというと「そうです」とは認めないまでも、内容が事実か事実でないか「どうでもいい」と認めてますがな。もしくは、認めないのなら反論するでしょうけど、「スルー、スルー」ってことになるでしょうね。
 それこそ、naokoさんは、否定されても、理解されないからと考えて、理解してもらおうとしているのは、うまく言語化できなくても、伝えたい中身があるからでしょう。それがアタリマエの反応ですよね。その反対に、つっこまれると、まともに対応できずに、攻撃だとかスルーって言いだしちゃうのは…そういうことです。

 「ごっこ」についても否定しているわけじゃない。それで、三角ベースや透明ランナーは逆に大事だと思うんですね。野球をしたいという意欲と、でも人数も用具もスペースも技術はない。それで三角ベースですよね。でも三角ベースは、身体性のレベルでの疑似体験であって、身体性の部分で野球との連続性があって、少年野球や草野球に発展していく可能性はある。エポック社の野球盤やコンピューターゲームの野球ゲームと一緒にしちゃいけない。
 「スィーツ(笑)が政治を語る」って、うちのお客さんが称したblogがるんですけど、そりゃ、只今勉強中ってとこで、なんで、わかんないのかって思うことも多々ある。でも、情報の批判的検証だとか、事実に基づく、論理的な展開、批判には向き合うというような、「言論」としての「アタリマエ」への意識はあるし、政治機構のユーザー視点という問題意識も明確なんですね。「事実かどうかどうでもいい」とか「気に入らないとスルー」という「政治評論」ごっこ連中とは、質的に別物です。だから、三角ベースかもしれないが、野球ゲームと一緒にしちゃ失礼だと思うんですね。
 なお、ココロイキや努力を褒めるのは子供相手で、大人は成果を褒めるのが原則ですが、別に褒めてるワケじゃなくて、別物という認識を述べてるだけです。念のため。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 02/08/2008 à 02:25

 連投分に関しては、そういう「良識派」が問題だと思うわけです。
 学校が緊張するのは当然で、そこに緩和があるからネタになる、というのはともかくとして、プライオリティとしては、ネタを受容する社会全体の知性を高めること、それによってネタのセンスも向上するというのが「本筋」だと思うわけです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 02/08/2008 à 02:39

南郷さん

PING言論の件。
いやぁ、実にわかりやすいご説明です。
おそらく○樵さんあたりがこういう記事を書くと、かなり「PING」擁護に見えて、で、私がかみつくと、云うようなことになるのでしょう。
面白いなぁ。
だから、naokoさんには、私は付き合っちゃうのでしょうね。
ただの「PING」だと思ってないから。
で、なんで三歳児が大ッキライなのかもよくわかりました。

「ごっこ」への同意は、私も単なる認識のつもりです。
しかし、南郷さんの「ごっこ」関連の説明も実に面白い。
とてもそんな風にきれいにまとめて書けません。うらやましい。

Rédigé par: ちょちょんまげ | le 02/08/2008 à 13:15

どうもすビバせん、というわけで、私も枝雀は大好きなんですけど、それはともかく、

>ネタを受容する社会全体の知性を高めること、それによってネタのセンスも向上するというのが「本筋」だと思うわけです。

この観点は、全く私には無かったですね。
アホネタを叩くことばっかり考えてました。

Rédigé par: ちょちょんまげ | le 02/08/2008 à 13:40

 愚○さんは、読んでないに等しいので、何とも。
 現実問題としては「ネタを受容する社会全体の知性を高めること」というのは困難でしょうけれどもね。少なくとも「吊せ、吊せ」と叫ぶのが良識派じゃなくて、そういう風潮で、正しいかどうかとは別に、「あえて異論を唱える」ことが「良識」という社会もあるわけです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 03/08/2008 à 02:29

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Voici les sites qui parlent de PING言論:

» コミュニケあれやこれや その3 〜 水準を異にする やりとりの2相 〜 [光るナス]
*最後に追記(7/29)を加えました。 こういう「同じような言葉を繰り返す終わりそうもない挨拶」の類は、お互いにケーブルをつなぎ合わせるような行為ですよね。 何らかの情報を伝達するやりとりというわけではなくて、むしろそういう「伝達するやりとり」を可能に....... [Lire la suite]

Notifié le le 29/07/2008 à 10:59

» ネット言論規制を誘発する愚かな行為 [東海林さだおがいいなぁ]
Dox様、はじめまして。 ちょちょんまげと申します。 お記事を拝読して、基本的に共有する危機感は私も同じなのですが、少々違和感を持ちま... [Lire la suite]

Notifié le le 31/07/2008 à 14:33

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