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27/08/2008

第12回内子座文楽

 以前に行くと書いたので、行っての感想も書いておこうかと。
C12
 まずは文楽と無関係に、内子駅前の蒸気機関車。確か、以前は内子座の奥の方に置いてあり、そのうち、駅前の道路脇にシートを被せて置いてあったりしたが、今は駅前に鎮座している。
内子座
 で、内子座。
内子座
 屋根の上の招き狐。
 さて、文楽というと、個人的には「多様姓と一体性」のビミョーさがオモシロイ。太夫、三味線、人形、それぞれが単純に一体化というよりも、それぞれが個性を発揮しながら、なおも全体としての一体性があるというか、単純な調和じゃないオモシロサだ。
 それで、義太夫というのが、音楽的であり演劇的であるのだけど、その多様性の抱え込み方が演者によって違うように思える。
 まずは、卅三間堂棟由来、平太郎住家より木遣音頭の段。当然ながら中抜きバージョン。この演目にROSEさんと清治さんだから、やはり音楽的な部分が強調される。お柳の透明感も出ていたと思うし、そして、やっぱり木遣り音頭の「轟く音ぞ勇ましや」で、ウキウキしちゃう。この音楽的な盛り上がりの中で徐々に演劇的な哀愁を含ませていくという部分、「木遣音頭」の旋律のくリかえしで聞かせていくというのは、よくいう「付かず離れず」じゃなく、むしろ三味線とのコンビネーションなんだなとか思う。
 もう一方の、碁太平記白石噺は、どちらかといえば演劇的な演目。演劇的であっても、芝居の「演劇的」とは違う、音楽におけるというより、義太夫における「音楽的」というのがあるんだろうけど、浅草雷門の段の咲さんは、芝居的。ここは、そういう聞かせるでもなく、笑いとネタ振りということなんだろうか。なので、音楽的な部分では燕三さんの三味線が華やかさが印象的。
内子座 そして、この日は、新吉原揚屋の段がやはり文楽的。千歳さんも演劇的な語りではあるのだが、義太夫として演劇的。そういや千歳さんは、いい悪いというのではなく、何か時に「一生懸命感」が気になることのある人だったのだが、楽に聞けた。
 嶋さんは、音楽としての義太夫の中での演劇的表現ということでは、最もワタシの好みに合った人だし、人形の方じゃ、文雀さんは「楽しそう」だし、地元出身の和生さんはキアイが入ってるという感じだし、玉女さんはお得意のキャラだしと、そぞれが一見「勝手」なように個性を出しながら、劇場の空気を作るという文楽のオモシロサを感じる幕だった。
内子座 さて、このハナシは、おのぶの奥州弁というのがひとつの趣向になっている。当然に、本当の奥州弁ではなくて、作られた当時の人たちの奥州弁イメージを戯画化したものなおだが、その表現がそれぞれに違う。 咲さんは戯画化したという表現。咲甫さんもそういうつもりだったのか。千歳さんは「わからなさ」を強調。嶋さんは音楽的というか、大阪弁ベースの義太夫に異なった旋律を持ち込んだ感じで、詞の意味はわかりやすい。それぞれのシーンの違いもあるんだろうけど。そして、文雀さんが、何気ないトコロで、おのぶがマジメに動いているのだが、見ていると何か面白いという所を見せていたが、これも、おのぶはマジメに喋っているのだが面白く聞こえるという、当時の趣向の、人形としての解釈なんだろうなとも思う。
内子座

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Commentaires

ぐぅぅ、行きたかったなぁ。この演目。でも、感想を書いてくれて有難うさんでした。

Rédigé par: どら猫 | le 27/08/2008 à 00:25

 おみやげはうどんです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 27/08/2008 à 20:05

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