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31/03/2010

「人格攻撃」攻撃

 たまたまお友達のブックマークを見て、酷いモノを見てしまった。「河野美代子のいろいろダイアリー」というところの「鉄人」なる御仁のコメントなのだが。
 そのコメントには、ブログ主自身が後に反論なさってるので、特に書くこともないのだが、それよりも、なぜこんなコメントを、というのが不思議であった。
 そのコメントでは宗教的倫理観(というと聞こえはいいが、水子供養屋のセールストークにも読める)から人工妊娠中絶への反対意見が述べられているのだが、そんなもん抜きにしても、誰もが人工妊娠中絶を望まないし、避けたいと思っていると、この方は想像できないのだろうか。にもかかわらず人工妊娠中絶を選択するのには相応の理由があるということを、この方はご存知ないのだろうか。そのブログの読者には、おそらく人工妊娠中絶を選択せざるを得ない人やその周囲の人の比率が高いであろうことが想像できなかったのだろうか。その上で、彼女ら(そして、逃げなかったが同意せざるを得なかった下手人や、ハンコを押したり、費用を負担した人)の罪悪感を煽るようなコメントをなぜ書いたのだろうか。殺人よばわりも「書くのは躊躇したが、自分は本気です」「仏教の考え方からのもの」「真面目にコメントさせていただきました」という留保によって免責されると思われたのだろうか。
 その人工妊娠中絶を選択せざるを得なかった少女たちを殺人者よばわりするかのような「鉄人」なる御仁のコメントが、悪意からではないだろうと思われたか、そして、他の「原理主義者」に同じような意見があるだろうと思われたか、ブログ主はきちんと、相手にもわかるように対応されている。
 ところが。この鉄人なる御仁は、そこに「原理主義」と書かれたのが、ご不満のようで「人格攻撃」だと仰ってる。そして「人格攻撃」されたのがショックで自分のブログを休むそうだ。
 で、うちのブログじゃ、ここまでは前フリで,、酷いという感を強くしたのはこの「人格攻撃」攻撃についてだ。
 さて、この鉄人なる御仁は橋本真宏と仰るらしい。かのブログ主もおそらくそうだと思うが、私も橋本真宏なんて方は知らない。知っているのは「鉄人」という署名によって書かれた文だけだ。従って、最初に結論を言ってしまえば、「鉄人」という署名によって書かれた文について言及することは可能だが、橋本真宏氏について、その人格について言及することは不可能だ。
 鉄人名でのコメントが原理主義と思う意見であったから「原理主義」と評する。それは意見についての批判であって、「原理主義」じゃない、違う、というのなら反論すればいいだけだ。それを「橋本真宏は頭だけの原理主義者」と言われたかのように「人格攻撃」攻撃をされている。ワケワカラン。
 彼の当初のコメントを不愉快に思う人、反感を持つ人は少なくないことは想像に難くない。ここで最初に書いたような、人工妊娠中絶を選択せざるをえなかった少女たちや、かつて選択した人の心情を、ほんの少しでも想像することさえ出来れば、そうなるだろう。
 「鉄人」名での意見は、いわば、ココロの傷に塩を塗り込むようなものと思う人は少なくないだろうが、橋本真宏氏が、意図的に他人の傷に塩を塗り込むような人とは誰も思わないと思う。酷い意見であると思っても、彼が酷い人間だとは思わないだろう。その違いがわからないのかなぁ。
 「鉄人」名での文では、誰かを個人的に批判したものではないが、コメントしたブログでは、鉄人個人へ批判を受けた、それを曖昧にしてはいけないと仰ってる。個人を特定さえしなければ、やむを得ない選択を「殺人」と言っても、該当する人の人格への攻撃にはならないけれども、個人を特定して、その意見を批判するのは人格攻撃になるらしい。私とは考え方が反対だ。
 「ブログの危険性を認識したのは事実」と書いてられる。まさか批判されることを危険性と思ってられるわけじゃあるまいが、自分の文がどう読まれるか考えずに書くのは危険だろう。「鉄人」名での文や休止宣言を読んで、悪気があると思っている人はいないと思う。イノセントと思われてるだろう。自分の意見への多面的な検証や書く場の状況判断を、あまりせずに純粋に自身の信条を書いたと。それをヒトコトで言い表すと、時として罵倒に使われるのと同じ語彙を使うので、イノセントという婉曲表現で評されている。そのように評価されるのは、おそらく望んではおられなかっただろうし、その危険性も認識されたのならいいが。もちろん、鉄人名での意見が「イノセント」ということで、橋本真宏氏が「イノセント」ということではない。

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Commentaires

はじめまして。

>「鉄人」名での意見は、いわば、ココロの傷に塩を塗り込むようなものと思う人は少なくないだろうが、橋本真宏氏が、意図的に他人の傷に塩を塗り込むような人とは誰も思わないと思う。酷い意見であると思っても、彼が酷い人間だとは思わないだろう。

ぼくは逆に、酷い意見を言う人間が酷い人間であることは自明だと考えており(つまり意見の批判と人格批判はそもそも切り分けることができない)、
>その違いがわからないのかなぁ。
と仰るほうが不思議に思えるのですが、そういう意見を少なからず見かけるのでやはり不思議に思うばかりなのです。彼のコメントへの評価においては、意を同じくするところですが。

Rédigé par: Yuu Arimura | le 04/04/2010 à 00:15

 例えばの話ですが、ある病気になったとします。そこにカバ子さんとサイ子さんという方が、それぞれ、これを飲めば治りますと薄い砂糖水をすすめたとします。一方は、効かないのを承知で元手要らずの商売をしようとし、一方は本当に効くと信じ善意から薦めていると。
 仰る通り、酷い意見を言う人間が、酷い人間であるとしても、その「酷い」の質が違うということです。この例では、効きもしない砂糖水を薦めるというのは、同じ酷い意見ですが、言った人間には「悪」と「愚」という差があるわけです。この例では、「悪」の方はインチキを指摘すれば撃退できますが、「愚」の方は「人が親切で言ってるのに」と怒り出すので、余計に困りものですが。悪人も愚かな善人も、同じ害であるが、その要因も対処法も違うわけです。
 それで、エントリーの例でいえば、彼の意見の「酷い」のは、弱者への攻撃性でしょう。それに対して、彼が攻撃性の高い人間であり、意図的なものとは思えないということで、その意味で「酷い」人間とは思わないと書いたわけです。もちろん、別の意味で「酷い」とは推測できますが、それは人格の問題ではなく、能力の問題でしょう。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 04/04/2010 à 01:01

ブログを書いた方に質問があります。不快なら削除してもらってかまいません。
「子供を産む気もないのに後先考えずに避妊なしでセックスした結果、人工妊娠中絶をしたとしてもその人間は愚かではあるが悪人じゃない」
あるいは
「人工妊娠中絶は、人間を殺すようなものと思う人は少なくないだろうが、中絶する人が他人の命を奪いたがる殺人鬼とは誰も思わないと思う。酷い行動であると思っても、酷い人間だとは思わないだろう。その違いがわからないのかなぁ。」という事を中絶した方々に言う場合なら、人格攻撃にならず、相手の心の傷に塩を塗り込むことにはならないと思っているのでしょうか?
あるいは相手の心が傷ついても人格攻撃ではないということでしょうか?
もしそうであるならば、「人格と区別してることを強調して特定個人の言動のみを批判する」というやり方なら、たとえ相手が傷ついてしまうとしてもやっていいのでしょうか?
もし人格攻撃でなくてもしてはいけないなら、「人格攻撃はすべきでないが、人格攻撃でなければ批判してもよい」かのように読めてしまう書き方はやめて、「人格攻撃であろうがなかろうが相手が傷つくことはやめましょう」というべきだと思います。

Rédigé par: 飯馬太郎 | le 04/04/2010 à 10:12

 まず、削除しないでくれって書いていただいても、削除するかどうかは、こちらの基準で勝手にすることが可能なので、そうしています。その基準は「不快」かどうかじゃありませんが。
 不快なら削除してもらってかまいません」というのは、どういうことでしょう。「自分のせいで不愉快にさせたのなら、なかったことにしてください」ということでしょうか?
 それで、上のコメントもお読みになりましたか? 読まれたのなら、Yuu Arimuraさんと私の意見の相違の理由がわかりますよね。「人格」の定義の違いですよね。Yuu Arimuraさんは、文を書くにあたって、どう読まれるか、普通に想像出来る程度には予測する能力も、その人格の一部と考えているように思えますので、私は能力の欠如は、その人格には含まれないだろうと言ってるわけです。
 誰だって、経験の少ないことや、本人にとって重要じゃないと思ってることについては、不得意にならざるをえないんです。むしろ、向上のためには指摘された方がいい。それは「人格」とは無関係だと言ってるわけです。それを説明する上で、人工妊娠中絶や人格批判という主題とは違う文脈で、より典型的な例示として、同じ害でも、その理由としての「悪」と「愚」の対比という例を出してるわけですね。だから、ですから、一般的に単独で使用される場合の「悪」と「愚」とは違うわけで、そのために「」で囲んでいる。
 ですから、本題について「愚」と「悪」という用語を使用されてますが、あくまで上で対比した用例の範囲で答えますよね。
 「子供を産む気もないのに後先考えずに避妊なしでセックスした結果、人工妊娠中絶をしたとしてもその人間は愚かではあるが悪人じゃない」か、少なくとも「愚」ではあるでしょう。一方「悪」については、本人の価値観が影響しますよね。受胎時点で「人間」と思っている人なら「悪」と思うでしょう。分娩時点で「人間」と思っている人なら、思わないかもしれません。近世以前の日本じゃ「七歳までは神のうち」だったそうですが、これは今じゃ通用しないでしょうけど。このように人によって判断が違うわけです。そこで、社会的には、その動機の如何が問われます。ですので「悪」についちゃ判断のしようがないわけです。
 「人工妊娠中絶は、人間を殺すようなものと思う人は少なくないだろうが、中絶する人が他人の命を奪いたがる殺人鬼とは誰も思わないと思う。酷い行動であると思っても、酷い人間だとは思わないだろう。その違いがわからないのかなぁ。」という文ですが、主語は「人工妊娠中絶は、人間を殺すようなものと思う人」ですよね。さらには「相手」というのは、「人工妊娠中絶は、人間を殺すようなものと思う人」でしょうか、「中絶をした人」でしょうか。いずれにしても、誰の「心の傷に塩を塗り込む」のか、誰への人格攻撃ではないのか、書いてられる意味がわかりかねますが。
 そして、「人格と区別してることを強調して特定個人の言動のみを批判する」というやり方なら、たとえ相手が傷ついてしまうとしてもやっていいのでしょうか、ということについては、批判というのは、そういうものだということです。
 特定個人の個人的な言動について批判することはないと思います。でも、その言動が社会化されるのなら、当然に批判という社会的な行為の対象になります。
 チラシの裏への落書きならともかく、社会に意見を公開するということは、その意見への批判を受けることを前提にしているわけです。批判が的外れなら反論すればいいし、正当なら受け入れればいいわけです。そこで本人が傷つくかどうかという個人的なことを斟酌する必要はないし、傷つくのが嫌ならば、批判を招くような意見を公表しなけりゃいいだけでしょう。
 「もし人格攻撃でなくてもしてはいけないなら」とは思いませんので、それ以下についても受け入れかねます。
 ともかくも、酷い意見であっても、それは本人の人格の所以なのか、それとも文を書く経験がなかったからか、知的能力のためなのか、それはわからないから、意見への批判は人格には結びつかないと思いますよ。でも、ありもしない「人格攻撃」を口実にした攻撃は、かえって、その人格を疑われるに充分でしょうね。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 05/04/2010 à 08:20

そもそもあのblogエントリーは単なる反論であって「人格攻撃」ですらないですよね。

なぜか反論された人が客観的根拠もなく「人格攻撃された!」と自己申告しただけのことが、疑問なく前提として受け入れられているのかが問題じゃないかなーと思いました。

Rédigé par: otsune | le 05/04/2010 à 19:21

 その通りですよね。そもそも批判(意見への反論)と人格攻撃は違う、それを前提にして、反論や批判を受け入れることもなく、また反論することもなく、「人格攻撃」という攻撃を行うのは不当なんですが、つい、この当然の前提にだけ注目しちゃって、「人格攻撃」攻撃の不当性を忘れちゃいけませんね。
 なお、ブコメで「罪を憎んで人を憎まずみたいなもの」と書かれてますが、私が鉄人なる御仁に思うのは、むしろ刑法39条の概念に近いです。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 05/04/2010 à 20:11

 なお、飯馬太郎さんへの追記ですが、コメントの内容については不快でも何でもありませんが、「不快なら削除してもらってかまいません。」というフレーズは不快ですね。
 削除されてもいいようなコメントなら、まともにとりあうのも馬鹿馬鹿しいし、対応する気もなくなりますね。今回は、竜馬太郎さんへということではなく、読解力のない人への追加説明というつもりで、お答えいたしましたけれど。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 05/04/2010 à 20:28

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