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05/11/2010

特定の電磁波による健康被害

 電磁波、それも人工的に発生した、ある周波数帯によってのみ健康に被害を受ける人たちがいる。私も、このような症状は不思議だなぁと思っていたのだが、あるエピソードによって理解が出来た。
 イスラム教徒に豚肉を食わせると、吐き気や動悸、めまいなどの症状を起こすという。もちろん、豚肉と知っていれば食べないので、騙して食べさせて、後で知らせると、このような症状を起こすらしい。本当にこういうことがあるのかはわからないが、ありうるエピソードだと思う。極度の精神的ストレスが、突然の身体の変調を招くのはありうると思うからだ。
 そうなると、同じ作用によって、人工的に発生した特定の周波数帯の電磁波で身体の変調が起こっても不思議ではない。送電線や携帯電波基地局によって変調が起き、強出力の無線機で会話中のトラックが通っても平気な理由もよくわかる。
 このような特定の電磁波によって、平穏な生活を阻害されている人たちが、安心して暮らせるようにするには、どうすればいいか。例えば、近くに携帯電話の電波塔が建設されようとする時に、どうするか。それはイスラム教徒が豚肉を強制的に食べさされなくていいのと同じで、電波塔は、憲法で保障された信仰の自由を侵害するわけで、許されることじゃないし、反対する人々もそう主張すればいいんじゃないかと思う。
 けれども、問題は、信仰を理由とする人が見られないのに、似非科学を理由とする人が散見されることだ。現実に被害が起きているわけであり、何とかしなくちゃいけないと思うのに、似非科学のおかげで、その深刻さが理解されないのは問題だろう。

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Commentaires

電波塔建設は「信仰の自由」の侵害!
その発想はありませんでした。
さすがは数々の美しい自然の写真をものにされて、心根・性根ともに悪い人のはずが無いと評価も高い(少々びみょーな表現ですが)南郷師匠、「自然信仰」にも造詣が深いものと感服いたしました。
ところで、ブコメで違う人が指摘しているようにユダヤ・キリスト系の教典では、いきなし神さんが「電磁波あれ」と「過敏症」の方が聞いたら腰を抜かすようなトンデモない世界の始まりになっちゃてるわけですから、「電波塔反対信仰」は反ユダヤ・キリスト系の信仰であることが想像されます。
そのように考えてみれば、ユダヤ資本を背景にした大企業が、彼らの神が望むようにより世界の隅々に電磁波を生き渡らせるためにケータイの電波塔を建てようとするのは当然だし、それに反対する勢力があるのもまた当然だとナットクがいきました。
ちなみに、私がこちらのブログにコメントさせて頂きますのは確か二回目ぐらいだと思いますが、けして怪しい者ではありませんのでその辺よろしくです。

Rédigé par: てふてふうんまげ | le 06/11/2010 à 01:34

 食に限りませんが「禁忌」を合理的に説明することは難しいと思います。例えばある知人の宗派の場合「水棲節足動物は食べていいが、陸棲節足動物は食べてはいけない」としていますが、その理由はうかがい知れません。またある人の場合「芽キャベツ、ホワイトアスパラガス、生タマネギ、ピーマン、グリーンピース、シイタケ」が禁忌となっており、そのセレクトも不可思議というほかありませし、怪しい人かと思われても仕方ないでしょう。
 特に、キノコには有毒のもの、無毒のものがあり、さらに食用のものがあります。そして食用のキノコのなかで、なぜシイタケだけなのかは異文化には理解しがたいでしょう。
 電磁波にも有害のもの、無害のものがあり、その無害のものの中で、なぜ特定用途の特定波長のものというのも同じことでしょう。
 さらに禁忌には両義性があることが知られており、禁忌になっているからといって、その対象について反対であるとは言えません。
 このように、禁忌にとって合理的な解釈を行うことは難しく、それを行うとかえってトンデモの世界になってしまう、というのがリンク先の例です。
 むしろ、現実に禁忌があり、それを侵すことで、健康や生活が脅かされている現実がある、その因果関係は説明可能である。そういう事実のみに着目した説明の方が説得力を持つ、という趣旨だったのですが。

Rédigé par: 南郷力丸 | le 07/11/2010 à 02:41

なるほどねぇ。
同じ話題を「転がす」にしても、私の場合は禁忌であるとか、あるいは合理的理由なく誰かが信じていたり、信じたがるものを「合理的でない」と指摘したり、あまりにも荒唐無稽な場合は「嗤ったり」、「面白がったり」という方向になり(そこに留まり)、一方南郷さんは、禁忌等の存在がある時にその合理性云々はすでにある程度決着済みの事として人(々)がどう対峙するかを興味の対象とする、と云ったところでしょうか?
そういった意味でははずしたコメントを残してしまったようです。

Rédigé par: てふてふうんまげ | le 07/11/2010 à 13:36

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