2008.07.06

ブルーレット?

硫酸銅ペプシ コメント欄で教えて貰ったペプシの硫酸銅が売っていたので。つい。
 うちのトイレの水タンクの上にたまった水がこんな色だ。

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2008.06.25

ヘルペスの警備?

立入禁止
立入禁止 夕方に通りがかった池が「立入禁止」になっていた。鯉ヘルペスのためだそうだ。
 さらには、池周辺に警官がいっぱい。兵庫県警、愛知県警、香川県警、徳島県警からも応援が来ているようだ。鯉ヘルペスもたいへんそうだ。
警備車輌

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2008.06.23

今日のランチ

 途中の公園でお弁当を食べることにした。
睡蓮 睡蓮が咲いてた「たまご」みたいに撮ろうと思ったけど、距離があって俯瞰しきれず。
弁当 ところがこの公演、やたらと野良猫と野良烏、野良鳩が多い。場所を探し、子供が多くて、野良の方々がいない所で食べた。テキトーに作ってるので弁当の見栄えは悪い。そのうちキャラ弁に挑戦しようかな。
パンダ 薄汚れたパンダを見ながら食べた。綺麗にしても、ドジョウを奇麗にしたり、焦げ付きを繕うより安上がりだと思う。

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GHQ

GHQ マジメに写真を撮る人なら、手前のトラックが通り過ぎるのを待ったり、広角で撮るんだろうが、テキトーに撮ってるのがよくわかる。

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谷間の駅

 いつもは、省線じゃなくて国電JRか営団地下鉄に乗り換えたり、タクシーに乗るところを歩いてみた。
東京駅 マジメに写真を撮る人なら、手前のタクシーが通り過ぎるのを待つんだろうが、テキトーに撮ってるのがよくわかる。

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2008.06.16

布 VS 紙

コーヒーメーカー うちでコーヒーを煎れる時にはコーヒーメーカーを使う。使い捨ての紙フィルターの方式だ。それで、一度にマグカップ1杯と保温ボトル一本分くらいを煎れるわけだ。
 でも1杯だけほしい時もある。その場合は、カップの上に陶製の枠を載せ、紙フイルターを入れて作る。煎れた後にそのままフイルターごと捨てればいい紙フィルターが面倒でなくていい。
 布フィルターもある。主にアウトドア用だ。軽い布フィルターだけあれば作れるわけだし、概ね、流水が豊富なトコロでは洗うのは面倒ではない。
 缶コーヒーのキャッチコピーに「ネル・ドリップ」というのがあるので、布フィルターの方がうまいのだろうか、ふとそう思って、たまたま、今日は布フィルターを使ってみた。
 飲んだら一緒。洗うのが面倒なだけであった。やっぱり、布フィルターはアウトドア専用でいいや。

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麦秋

麦秋 昨日の写真のバックにもなっていたように昨日の撮影。関連するエントリーを他所で見かけたので、風景も載せてみた。麦秋というのは初夏のことらしい。

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2008.06.15

駅のポスター

MOT 駅に貼ってあったポスター。古田敦也の出身校が何か始めるらしい。

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2008.06.13

日向ぼっこ III

日向ぼっこ 先日とほとんど同じ場所に今日も日向ぼっこをしてる人がいた。

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2008.06.07

日向ぼっこ

日向ぼっこ 梅雨入りしたのかわかんないけど、晴れ間に川縁で日向ぼっこするお姉さんたち。

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2008.05.18

新しい帽子のアイデア

ヅラをつけずに、ヅラをつけてる安心感。
帽子

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教条的な反日の丸ってどうかな

 前にも書いたが、我ながら写真の出来が良くないとは思っているのだ。そこで、初心者向けの写真の入門サイトみたいなのを以前に探したことがある。そこに書いてあったのが「日の丸」構図からの脱却ということであった。
 オートフォーカスであろうとマニュアルであろうと、カメラのピントは画面中央で合わせるのが基本であった。なので、初心者は、撮りたいモノを画面中央に置いてしまい、適当に周囲も入れてしまうと、ちょうど「日の丸」のような構図になってしまう。なので、単に撮りたいモノを中央に置くんではなく、構図を考えろということである。
 なるほどである。でも、ファインダーを覗いたら、普通は構図くらい考えるだろ、私の場合は、とりあえず撮って、トリミングで構図を変えちゃうこともるけど。
 と思ったら、らさらには、構図ってどのように考えればいいんですかという質問だって見かけた。そんなもんなんだろうか。
 構図って、そんなの難しく考えなくても、撮ってみりゃわかるだろうと思うのだけど。逆に、何を撮りたいか、被写体が何かだけでなく、そのどういうとこを撮りたいかで、イロイロに考え方が違って来るだろうし、説明された方がかえって難しいだろう。マニュアル読むと難しくてワカランので、とりあえず使ってみる、というのはMacの人だけ?
 そういえば、以前に「間の取り方」を聞かれて困ったことがある。「あんた名前は」「何の某」。。2人がうち解けた様子を表現したいならゆっくり言ってマイナスの間にするとか、警戒している緊張感を表現したければ「ヒト呼吸」置いて、テンポを変えるとか、それこそ何を表現したいかで変わる。そんなことを言ったら「ヒト呼吸」ってどれくらいですかと聞かれ、さらに困ったことがある。
 説明は難しいけど何となくわかるって、倒れず自転車に乗る、スキーのエッジで曲がるとか、キッスのタイミングとか、そういうもんなのかな。
 ともかくも、初心者向けサイトに載ってた「脱」日の丸というのは、広く知られているようだ。
ウシガエル うちの場合、けっこう「日の丸」が多い。対象が丸いわけじゃないから、日の丸構図だと気付かれないことも多いが、対象物の全体像をメインに据え、その環境もわかるということになれば、結果、日の丸と同じコンセプトの構図になるわけである。たまたま「環境」の方が、構図を形成してくれていることもあって、変化が付いているだけというのも多い。
ポピー ところがである、この「脱」日の丸が一人歩きしてしまい、その結果、硬直的な「反」日の丸に陥ってるんではないかという例をたまに見かける。
 例えば、こんなのだけどたまに見る構図だ。「日の丸」というよりもバングラデシュをオフセットしたみたいだけれど、このオフセットに意味があるんだろうかと思ってしまう。
オフセット こういうのならオフセットにも意味があると思う。蝶の場合だと、知面の影が日差しを予感させるという効果があるわけで、花の場合だと、下の蕾の写りこみが邪魔ではあるが、方向性があって、何も写っていない部分が大きく黒いことで、蕾とともに、春爛漫には遠い印象とか、オフセットが意図的であると見える。たぶん。
 一方、先のオフセットみたいなのは、別にど真ん中の方が明解なわけで、「日の丸」がヘタな構図という思いこみだけで避けてるたとしか思えない。
露天風呂 これは、諸般の事情で後ろ向きの人物だけど、ある意味明解だ。環境だけの部分を真っ二つにフリ分けて、人物は向こう向きの方向性を出すために中央に置いている。一方、こっちを向いている場合、顔でフォーカスを合わせて、全身を入れれば、こういう構図になる。そもそもの何も考えない構図と、多少でも意図がある構図とが、全く同じ構図になることもある。
 素材そのものにチカラがあれば「日の丸」というのは最も素直な構図だし、むしろチカラのある素材を見つける方が初心者には大事なんでは、と私は思ってるのだが。

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2008.05.16

問おう、汝が「マリオ」か。

 いまだに様々な人が考察を行っている「かの騒動」。どうせ続いているんだから、辟易としてもしようがない。自らの考察のネタにしてやれ、ということでもないんだろうけど、ウンコだって肥料にしちゃった方がトクだ。(この場合、ウンコというのは、比喩でも暗喩でもなく、単に、「嫌がっているより、役に立てた方が有益」ということです。念のため)
 「共感」であるとか「やさしさ」とか、様々なキーワードが出ているが、今も蒸し返す人たちの気持ちはわからないでもない。それというのも、わたし自身にも「内なるらんきー一派」は存在しているからである。
 というのも、このblogを批判されても困るのである。正当な批判なら受け入れるべきである。ヘタな写真を載せるな。わかりにくいことを書くな。こう思う読者は正しい、というか「ヘタな写真」「わかりにくい」については、私も同意する。だからと言って、急に「上手い写真」が写せるわけでもないし、「わかりやすい文」を書けるわけではない。なので、ガマンしていただくしかないのだ。不当な批判、つまり誤読をされたり、事実認識が異なる場合、当然、反論すべきである。しかし、めんどくさい。つまり、批判されて、なるほどと思うことも多いだろうけど、それで、どうにかなるもんでもないのだ。
 原稿料を貰って書いているとか、それなりにキアイを入れなきゃならない文なら、当然、批判というのはグレードを上げるために有用だから、きちんと対応する。でも、ブームに乗っただけで、たいしたココロザシもなく始め、お友達との馴れ合いネタが主であるblogである。批判されるのは、困るし、避けたいのである。
 だから「シロートが慰みで書いてるblogなので批判しないでほしい」と書きたいのである。「やさしく」してほしい。アホなことが書いてあっても「寛容」に。と、正直、思っている。
 それでも、このblogを批判する人がいたなら「大人げない」と思うだろう。草野球を相手に全力プレーする引退したてのプロ野球選手、子供相手に手加減しない人という意味で「大人げない」である。
 でも、私の中の「内なるらんきー一派」は閉じこめている。きちんとした考察を書いている人もいるからだ。そういう人のためには、自分のわがままを一般化できないのである。「影響力のない、つまり権力になりえない文を書いてる一般市民の私を批判しないでください」を一般化できないのだ。影響力のあるblogを書いている人に失礼だ。
 主張するblogを書くのであれば、主張の説得力を高めるために批判は有用だ。だから、批判を嫌う人たちは、主張のために書いているのかという疑問が浮かぶ。ビデオゲームのようなものではないか。ゴールは「ピーチ姫の救出」であっても、そのピーチ姫は実在しているんだろうか。そして、救出するよりも、そのプロセス、隠しアイテムの発見や、裏技の方が、むしろ目的になっていないだろうか。

問おう、汝が「マリオ」か。

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2008.05.11

校長の仕事

 会議の際によくある風景であるが、「えー、飲み物は何にしますか、コーヒーの人」「はーい」「紅茶の人」「はーい」…。どうも、東京都の高校では、こういうことをやっちゃいけないらしい。そういう場合は別だとか、そもそも飲み物は各自が用意するとかかも知れないけど、何か、この記事を見たら、職員の飲み物を決めるのも校長の仕事、というのと同じレベルのバカバカしさを感じて、笑ってしまった。東京の高校じゃ小学生が高校生を教えてるみたいで。

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2008.05.10

待つ爺ちゃん、怒鳴るオバサン

 このblogには随分とヘタな写真を載せている。別に「ヘタでもいいじゃないかシロートだもん」と居直ってるわけではない。かといって「もうちょいマシな写真を撮れるようにガムバリまっす」というイキゴミもない。
 元々「いい」写真より、「とりあえず記録」ということを優先して撮り始めたので、考えるより、まずシャターを切ってしまう。そして、ヘタだから載せないでおこうという意識より、載せようとする自分なりの理由が何となくある。それで載せているということなのだ。
 さて、ボーッと写真を撮っていても、他に撮っている人と遭遇することがある。近所の池のオシドリなんかは、鳥を撮る人には人気があるようだ。一方、田圃とかで撮ってても、まあ遭わない。
イソヒヨドリ さて、これはイソヒヨドリの写真で、どれも載せていないけれど、たぶん載せるとすれば右側だ。しかし、鳥を撮ってる人は左のようなのを好む人が多いようだ。
 光線の具合とか細部の描写は左の方がいいけれど、左は赤い実を食べている。周囲の状況とかを見れば「たまたま、実を食べている所を撮った」わけではなく「わざわざ誰かが実を置いた」というのがわかる。実際に、他に撮っていた人が置いた実なのだ。
 一方、右側が人気がないのは、人工物が写っているからだ。この日に撮った写真では、桜の枝に留まったものを載せたのだが、実際にこういう状態でいたのだし、このblogには、日常生活の範囲にいるのを撮って載せているわけだし、人工物が写っているから避けようという意識はあまりない。また、枝や藪で隠れている部分があっても「そういう環境にいた」わけだから、それはそれで記録として意味がある。
 このblogの写真は、トリミングや色調補正を行っているものが多い。ところが「パソコンで加工するのは邪道」とか言ってる人に出合ったことがある。自分ができないから邪道と言っているわけじゃないと思う、たぶん。私の場合、学生の頃、フイルムで撮ってた時代、カラー写真が一般的だったのにモノクロ写真を撮ったことも多い。というのも、写真部の知人のツテで暗室が使えたたので、モノクロなら自分でプリントできたからだ。するとトリミングや階調補正ができる。カラー写真でも、相当に高くつくのに、気に入った写真はわざわざ手焼きをしてもらって、細々とした指示を出したことも多い。一方、デジタルだと自分でそういう後加工が出来る。そういう経緯があって、後加工には全く抵抗がない。さらには、ここに載せるには解像度を下げる必要上、必要な加工もある。なので「邪道」というのにちょっと驚いた。
 かように、人それぞれに考え方があるようだ。

 さて、2月の巡業中に盛岡に行った際、近くに座敷わらしが出没するというT松の池に白鳥を見によった。とりあえず「こんなのがいた」程度の記録を写した後に、池の周囲を歩き出すと数人の爺ちゃんたちがいた。いずれも200〜300mmくらいのレンズのカメラをお持ちで、上空に向かって飛んでくる白鳥が見えると、誰ともなく「キタ〜」と叫んでる。AAなしで。
オオハクチョウ どうも白鳥が着水する間際か着水する所あたりの「画」を撮ろうと待ってるらしい。この写真よりも正面寄りのポジションになる。といっても、そう都合よい所には着水してくれないだろうし、そう頻繁に飛来するわけでもない。撮りたい「画」があって、ひたすら待ってるわけである。
私のように、とりあえず白鳥がいたから撮った、というより、撮りたい画のイメージが明確なんだろうな。
勝山左義長 やはり2月の巡業中だ。とあるお祭に際して、竹で作った飾り物を撮影しようとした写真だが、幟だとか走ってる子供が邪魔だから撮り直そうと道路を横断しはじめたら、反対方向から「撮ってるんですぅ〜」と怒鳴る声が聞こえる。道路のわけだから、通行人が邪魔になるなら、通るのを待てばいいだけだし、何だろうと思っていたら、婆さんが走ってた子供に、もう一度走ってくれと頼んでいた。どうも、この子ども達は婆さんとその連れの爺さん達に頼まれて走っていたようで、要するいヤラセ写真を撮っていたわけである。
 別に「ヤラセ」がいけないわけではない。私だって散々撮ってる。綺麗な景色、独特の雰囲気のある場所だからと裸になる人なんていないわけで、知人をモデルにして撮った写真はほとんど「ヤラセ」写真だ。裸だったから撮ったという写真より、撮るために脱いで貰った写真の方が圧倒的に多い。ただし、これらの写真は「シチュエーション」を記録するためのものではなく「ポートレート」だ。
 件の婆さんが撮りたかったのは、走る子供そのものではたぶんない。おそらく「お祭で楽しげに走る子ども達」というシチュエーションを撮った写真を見たとか撮ったとかがあって、その再現をしようと、仕込みをしているんだろうと思う。別に怒鳴られたから、というわけじゃないけど、あるシチュエーションを偶然に捉えるんじゃなくて、わざわざ仕込んで楽しいんだろうかと思った。
 なお、言うまでもないのが、たまたま待ってたのが爺ちゃんで、怒鳴ったのが婆さんだっただけで、世の中には、待ってる婆ちゃんや、怒鳴る爺さんもいると思うし、性差は関係ない。むしろ怒鳴る方は年齢と無関係に「オヤジ」か「オバサン」と呼んだ方がいいか。
 自分の撮りたい画があって、そのためにじっと待つというのは、気持ちはわかるけども、私は辛抱できん。ある一瞬を切り取った画がいいからといって、わざわざその一瞬を仕込んだら、私は撮れたって嬉しくない。
 かように、人それぞれに考え方があるようだ。

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2008.05.08

義堂…

相国寺
相国寺 相国寺。義堂周信の提言によって創建された寺である。

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2008.04.23

情といふこと

 宇宙…それは人類に残された最後の開拓地である。…それは最後のフロンティア。
とにもかくにも、宇宙船USSエンタープライズ号は人類最初の試みとして5年間の調査飛行に飛び立ったし、宇宙戦艦エンタープライズ号が、新世代のクルーのもとに24世紀において任務を続行したのである。
 さて、スペースシャトル・オービタの1号機もエンタープライズ であったし、原子力空母の一番艦CVN-65もエンタープライズだ。ミッドウェーで日本軍をボコにしたCV-6エンタープライズを襲名したってのもあるだろうけど、どうもアメリカ人は「エンタープライズ」という言葉が好きなようだ。ところが、この「Enterprise」の意味というのが、どう訳せるのか難しい。単純に「冒険心」に対応するというわけではなく、企てるとか、創造的な意味合いがあるようだし。
 フランス人の「esprit」というのも訳しにくい。精神とか機知というのがピッタリでもない。「気がつく」「気が効く」という場合の「気」に近いのかなと思う。
 韓国人の「恨」も難しい。決して「恨み」ではない。理想と現実の間の葛藤ともいうようなものだろうとは思うが、よくわからない。
 一方、日本人のいう「情」というのも説明がしにくい。近世以来の芸能にとって「情」というのは非常に重要だ。単に情感でもなく情景でもあるし、それを単純に「シンパシー」と説明するわけにもいかない。
 最近、他人様のコメント欄で「あはれ」という言葉が話題になっていたが、「あはれ」が近世で限定的になっていくと同時に、旧来の「あはれ」が展開していったのが「情」だろうと思う…たぶん。
 それで、近世芸能の根幹、浄瑠璃の作劇法で、近松門左衛門は「情」が基本だと言ったそうだが、表現手法に言及したのに続き、「憂はみな義理を専らとす」と言ったそうだ。この「義理」というのは、今で言う「義理」というよりも「社会的な必然性」と言った方がいいだろうけれども、そういう社会の中で「難儀やなぁ」という状況の人たちへの共感を描くというのが彼の典型的な「情」の描写だったようだ。そこでは、劇的効果を直接的に言う「あはれなり」というのは下手で、必然性によって劇的効果を得るということを言っているわけである。
 こういう、限定的な「情」というか「情」の劇的な展開というのが、日本の近世以降の作劇法にあるわけで、広義の「情」、単なる情感や情景の描写とは違った感動を誘うわけである。
 さて、もっと近い時代になると、義理と人情を秤にかけりゃ義理が重たい男の世界が人気を得るにいたる。「男の世界」というのは、別に腐女子が喜ぶような世界ではなくて、単にジェンダー・バイアスが強い表現なわけであって、ある社会においては。その社会の必然性が個人的な感情よりも優先される、と一般化すれば味も素っ気もないことを言っているわけである。でも、そこにある葛藤に共感を感じるのが、「情」の劇的な展開ということになる。
 近世芸能の観賞の障害になっているのは、そこでの「義理」や「道理」というものが、到底、理解しにくいということがあるんだろうと思うが、その一方で、吐出できない感情というのも理解されにくいからだろうな、と思う。
 現代においては、社会的な活動を行う上でさえ、モロに個人的感情を吐出することが許容されているわけであり、さらには共感を示さない方が批判さえされてしまう。それは、ある意味では抑圧からの解放であり、好ましいことかも知れない。でも「情」の大安売りみたいに思えてしまい、近世芸能ファンとしては、伝統的な「情」とは違うなぁと思ってしまう。
 一般化できるような個人的感情については、社会的な合理性からも認められるというのは、現代の社会の到達点である。例えば、許容されない恋愛なんてものはない。今日、バスの中で最後部シートに座ったのだが、隣に座っていた2人の高校生は、男性の方が女性のウエストに手を回し抱くような体勢だった。そして手の先で女性の方を撫でようとするのだが、女性の方は、場所が場所なので、その手を捕まえて握っては、撫でられないようにしていた。そういう光景を見ると、高校生の頃を思い出してとても微笑ましい。これも一種の「情」のある光景ではあるんだろうけど、劇的なものではない。
 その一方で、一般化されないような個人的な感情というのもあるわけであり、感情を社会的な合理性の基では抑圧しなければならないこともある。自分の親やその親が属する集団が非道なことを行ったなどとは思いたくない、というのは自然な感情だ。けれども実証的な研究の結果などから、事実と考えざるを得ない。そこで合理性の方を否定するというような心性では、近世以来の芸能の中の「情」というのは理解できないんじゃないかと思う。
 感情的には受け入れたくない合理性を受け入れられるような心性のもと、その感情に共感するというのが「情」の劇的なる部分だろうかと思う。岡山だったかでホームから突き落とされた人の父親が、犯人が「社会復帰したら、世の中のためになる青年になって欲しいと思います」と語ったというニュースがあった時、これこそ「情」だと思った。彼の加害者への「情」という意味ではない。彼に道理のもとに抑制された「感情」があるだろうと、様々な人が想像した上での「共感」である。こういう人がいて、それに共感できる人がいるうちは、「情」という伝統的概念が継承されるんだなと思った。

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座敷わらし?

ジャムパン コンビニに「岩手県立盛岡農業高等学校パン研究班との共同開発商品」というのが売っていた。パッケージに「座敷わらし」のような絵が描いてあるが、2月にT松の池に白鳥を見に行った際に見たような。

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2008.04.22

今日の猛獣

獅子 人畜無害の大人しいおきものです。こちらは本当です。
欠伸猫 音もなく咆吼。

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2008.04.20

今日の花鳥風月

アイリス
カワラヒワ
山桜
月

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中立の恥ずかしさ

 東京と大阪の中間はどこか、地図を見ればわかる。ラダトームとメルキドの中間はどこか、ゲーム上のマップを見ればわかる。では、大阪とラダトームの中間はどこか。
 このblogでは、これまでしばしば「位相の違い」というか、枠組みが違うということを理解できないような話を、例えば「物心がつかない」とか、そういう表現で嘆いていたわけである。世にトンデモさんと言われるケースはその典型なんだろうと思う。
 東京も大阪も現実の地名である。ゲーム上の地名とは違う枠組みにあるわけである。その中間というのはないのだ。
 ところがである。世に位相が違うのに、その中間であると称する人が少なからず存在する。違った枠組みの中の「論」の中立という形だ。
 科学というのは万能ではない。というか、科学というのは発展すればするほど謎が増えてくるようである。昔の人は4つの力はどのように統一的に考えられるかなんて悩まなかったのだ。でも、4つの力について分かってないからと言って、そこにニンゲンリョクを排除するな、ニンゲンリョクが最も大切だから5つの力だ、なんて言い出す馬鹿はいないだろう。でも、いたとして「現代の科学では未知のことも多いので、私は、どちらが正しいとも言えない」というのは輪をかけたアホだろう。科学は事実を理解する方法であり、新たな事実を作るためのものだ。科学でわからないことが多いのは、わかったことが多いからだ。
 進化論と創造論の中立というのもありえないはずだ。進化論というのは「科学」の範疇であり、現実を説明するための成果だ。創造論というのは、ある種の人が尊重してる創作を基にしたフィクションである。位相が違うのである。まともな人は、事実を説明するために進化論を理解し、創作は創作と認識し、その創作に込められた思想を尊重している。科学と創作は、位相が違うから立派に両立しているわけで、わざわざ、否定された位相に持ち出すこともない。一方が否定されている位相にあっては、その中立もまた既に否定されているわけである。
 プロレスラーやバラエティタレントとして、立派に(でもないか)評価されているのに、わざわざ否定された古典芸能界にいるかに振る舞うような滑稽ささえ感じてしまう。
 ニセ科学批判や歴史修正主義批判において、不思議と湧いてくる「中立」というのは、こういう位相の違いが基本的にわかってないんだろうなと思う。
 歴史学だって、過去の事実を説明するための科学だし、科学の範疇の方法で歴史研究が行われている。そこにはわからないことも多いと思うし、新たなことがわかることで、さらにわからないことが増えることもある。わからないから様々な仮説で説明しようという努力も行われている。それは「こうだったらいいな」というハナシとは別世界のわけである。学問研究の成果とは言い難いようなシロモノや歴史小説とは違った位相のハナシだ。読んで心地いいのはどちらか、というのならともかく、事実を説明するという点では、歴史学とニセ歴史の「中立」はありえない。
 時代劇や歴史ドラマはたぶん歴史学のハナシより人気があるし、歴史なんか教えなくても歴史ドラマを教えりゃいいという考え方もあるだろうし、その中立として、歴史ドラマを教えるのはそのドラマのコンセプト次第だという立場もあるだろう。けれども、歴史学をシロートがどう理解するかという位相の上では、両方とも当初から否定されている。
 中立であることは、時として客観的であり、よくわかっている、かのような錯覚をもたらす。ニセ科学やニセ歴史をまるっきり肯定してしまうのも恥ずかしいからと「とりあえず中立」なんて場合もあるだろう。でも位相の違う間で中立であると表明することは、客観視ができていない、わかっていないと表明しているということだ。

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2008.04.15

危険!触らないで!

危険物 股間を隠しているものに「危険!触らないで!」と書いてある。
 確かに、隠されたモノを使用して人に危害を与えることもあるだろうが、そもそも「危害」と感じない場合にしか、普通は触らないだろう。幼児向けの表示かとも思ったが、「触」と漢字を使用しているのでそうでもなさそうだ。

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2008.04.02

あるキャリアの終焉

2月末日
同じキャリアーの利用者が10万人を切る。
3月30日
とりあえずMNP番号予約をする。この時点でも、4月1日以降は、同番号継続が出来ないと案内される。
3月31日
従来は、4月1日0時に契約解除となるため、3月31日までに契約を切り替えないと番号は引き継げない、と案内されていたのが、4月1日以降も引き継ぎ可能という案内がwebサイトに掲載される。なお、4月1日以降も同番号継続可能ということは3月27日に「部外秘」で代理店に案内されていたようだ。
23:56 携帯電話が趣味というお友達から電話。最近は早寝だそうなので、前もって「かけて来ますか。こちらからかけようか」と聞いていたため。
4月1日
tuka0:00 通話が続く。ネットで見ると「圏外になった」という書き込みが見られる。
0:10 ネットにまだ話せてます、と書く。同じ書き込みが数人から。電話の相手から音声が小さくなったと聞く。
0:20 まだ、通話は続く。ネットで見ても、数人が通話中の模様。通話相手は無料通話分が残っているとのことだが、長時間になると悪いからかけ直す、ということが不可能な状況。
0:25 通話している限り、切れることはないのかと電話を切る。表示が圏外になる。
0:29 ネット上に、関西エリアの人から通話中に切断との書き込みがある。もう5分、粘ればよかったのかも。
0:30 自分の携帯番号に電話をかけてみると、使われていないとアナウンスされる。
1:00過ぎ 関東エリアでも切断された模様。
13:30 新しい携帯電話の契約・購入に行く。番号継続は可能。新規契約になるが新規契約事務手続費用は無料。
14:00 登録が済むまで40分ほど待って欲しいとのこと。
15:00 混んでいて登録が済まないので、もうしばらく待って欲しいと言われる。
16::00 従来の端末が「圏外」のまま電源を入れていたため、急激にバッテリーを消耗したらしく、電池切れ。メモリーの転送は再来店してということになる。その前にと、店の人は1900年代発売の機種からのメモリー転送が可能か調べる。新しい携帯電話を受け取る。留守電に一本入っている。
18:00 メール・アドレスは継続不可能だったことがわかる。関係各位には、新アドレス設定後に連絡します。
22:00 1時間ほどかけて、やっと新端末の待ち受け画面のうっとうしいアニメやニューステロップを消すことが出来る。

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2008.04.01

今日の野良鳥(四月一日)

孔子鳥 コウシチョウ、Confuciusornis。
白鳥 トレビアンなハクチョウ、Cygnus samurai。

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2008.03.29

矢口は真里

キリスト看板 ふりがながついているのは、看板の古さから考えると、天地かアンヌを意識したのか

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2008.03.27

今日のINDEX

橋上通る 通りがかった橋の上から見た川。この川沿いの桜は毎年、載せているような気がする。
A ;今日の野良鹿(3月27日)
B :一部咲きくらいか
C、D:今日の野良鳥(3月27日)

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2008.03.15

銀河

銀河 急行銀河がニュースネタになっていた。相当回数使ったので写真でも残ってるかと思ったら、フィルムをスキャンしたのがあった。

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2008.03.11

食い物バトン

 よそで見かけたので拾ってきた。

問1:コンビニで買うおにぎりの種類は?
ます寿司

問2:コンビニでよく買う飲み物は?
ビール

問3:目玉焼きはソース派?醤油派?
どっちもつけない

問4:寿司で好きなネタは?
はまち

問5:好きなアイスクリームの種類は?
シンプルなバニラ

問6:いつもつい買ってしまうお菓子は?
フルーツパウンドケーキ

問7:マックで好きなハンバーガーは?
なし。もちろんマクドでも。

問8:ミスドで好きなドーナッツは?
飲茶セット

問9:味噌汁で好きな具は?
○めこ

問10:好きなおでんの具は?
コロ

問11:好きな中華まんは?
豚まん

問12:ご飯が少しだけ余った。さて何で食べる?
お箸。1杯分くらい余るとチャーハンにしてレンゲで食べることもあるけど。

問13:他人には理解されない食べあわせは?
イナゴとシイタケ。一部の人には理解されないだらふ。

問14:マヨネーズ好きはマヨラー。ではあなたは何ラー?
ギャンブラーかな。普通に美味そうよりも、とても美味いか不味いかわからんというのに惹かれる。

問15:最近はまってる食品は?
度々、載せている「塩ばら」

問16:アンパンマンに出てくるキャラ、誰を食べてみたい?
ドキンちゃん

問17:次にバトンを渡す人の名前と、その人を連想させる食べ物を。
ご自由にお取り下さい

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2008.03.05

まだまだ、こがらし

からし 寒い季節になるとコンビニのカウンターに並ぶのが「おでん」と「豚まん」。ついつい買ってしまう。その際に付いてくるのは小袋入りの「からし」。面倒で使わなかったり、うちにあるチューブ入りの方を使ったりで、たまってくる。
 梅は咲いても、今日のようにちょい寒いと、つい豚まんを買っれしまい、まだまだ小辛子の季節は終わりそうにない。

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2008.02.29

産経は入れていいの?

新聞受 たまたま見かけた金属製の新聞受け。

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2008.02.27

よみがえった

ポスト たまたま見かけた金属製のポストと革製のポスト。この写真では革製のポストにピントがあっていないので読めないが「新聞・牛乳」「この中に入れて下さい。」と書いてある。郵便はどうするんだろう。
 ランドセルはゴミからよみがえった。

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あわ・きび、グラム1円

農産物販売テント 粟は400gで400円。黍も同じ値段で、米よりも倍ほど高い高級品だ。きっとこういうものを食うと、「希望は戦争」とかいう下流の人に妬まれそうだ。でも、稗はもっと高いようだ。

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2008.02.25

女湯

女湯 女湯、3500円だそうだ。裏に男湯の値段が書いてあるのかと思ったが、裏も「女湯」。女湯しかないようだが、3500円というのは高くないのか。

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エルピス・ブレスリー?

エルピス 所々で見かける「エルピス」という看板。何だろう?
 エルピス・ブレスリーのファンとかいう人でもいるんだろうか。

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2008.02.24

モリマン

モリマン モリまん。

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2008.02.22

今日のお弁当