2008.05.26

アートとバイト先の先輩

 以前に日本舞踊の公演のことを書いた。金取って見せる会と金払って出る会じゃ、そもそも違うということ。
 ところが、現代舞踊とか現代演劇というのは、この間がシームレス。おまけに公演の採算性とか動員と影響力というのは全く別物。おまけに団体でやるもんだから、同じ公演に、全く別の考えで参加している人もいるわけである。
 例えば、ある舞踊公演。この群舞はトップレスで踊ることにしようという話になる。もちろんブトーなんかじゃ、すっぽんぽんに▼なんてアタリマエだし、少なくとも現代舞踊じゃよくあることだ。そうしたところ嫌だというメンバーが出てきたとする。別に路上でトップレスになれと言ってるわけじゃない。舞踊の会であるから普通のことだし、この振り付けじゃそれが当然だ。何で嫌なの、と「現代舞踊」の枠組みで考えていると理解できない。一方、嫌な人は、嫌なものは嫌なのだ。「現代舞踊」の枠組みで考えることは出来ないのだ。
 もちろん、観客としても、自身が振り付けると考えても、トップレスが正しいことはわかる。でも、そこまで真剣に舞踊をやってるわけじゃないのだ。最初は、お友達と「今度の公演に出るから来てね。」「わー、すっごいキレイだったよ」というのが楽しいから始めたし、所詮、世界ツアーをしたり、公的助成を受けるだけのカンパニーでもないだろ、なんて気もある。もちろん、今では、世に問う意識もあるが、見に来るのは舞踊のことがわかってる人だけじゃない。舞踊のこともわかんないバイト先の先輩にきっと「乳出して踊ってたね」って言われるだろう。さらには、知らないトコロで「着やせするんだねぇ。けっこう立派だったなぁ」なんて言う人だっている。ただ、それが嫌なのだ。
 現代演劇だと、地方の100人も入らないホールで3公演くらいのカンパニーが、何の拍子か、日本のあるシーンを代表する劇団になっちゃうことだってある。でも、そうならない劇団の主宰者が、世界の演劇シーンに対しての姿勢なんてことを言い出したり、そこまで行かなくても、地域文化を支えるのは我々草の根文化活動で何ちゃらと言い出すのは、「道楽でやってるんだろ、ウチワしか見に来ないのに」と思い、ある意味、滑稽でもある。
 かと言って、少なくとも「世に問う」意味で公演しているわけで、宴会芸じゃないんだから、演劇シーンに何の意味もないような舞台を見せられり、「友好劇団」との馴れ合い合評会なんてのは醜いと思うし、ちょとオカシイと思うわけである。世に問う意識を持った主宰者としても「あの人が、綺麗な衣装着て注目されるのに、何で私がゾンビ役なん?」などと出演者が文句言っちゃ困るのだ。困っても、そういう意識で参加して来たんだから、どうしようもない。
 そして、そのどちらでもない、ごく普通の中堅カンパニーに、乳を出すのはアートの論理では正しいが、観客がそうじゃないから、やはり出したくないと苦悩し、やっぱり出せないとするメンバーがいるわけである。
 アートにはアートの論理があるわけである。それが正しいかどうかということは、アートへの距離感に対しては無力なのである。もちろん、無力であるから無価値ってわけではない。
 ともかくも、トップレスで踊るのを嫌がったメンバーがカンパニーを辞めても、舞踊の理解者であり、よき観客であり続けてほしい。

| | Commentaires (5) | TrackBack (0)

2008.05.16

今年のまつり

葵祭
葵祭
葵祭
葵祭 載せるのは3回目か4回目かも知れない。中身が変わるわけじゃないが、比較すると今年は日差しが強め。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2008.03.03

コロは世界遺産になるか

 フランスがフランス料理をユネスコの世界無形遺産に登録申請を行うそうだ。もちろん、登録申請をするのは、外交プロトコルにもなっていて規範が確立している「オートキュイジーヌ」であって、「ヌーベルキュイジーヌ」だとかは入らないんだろうな。当然。
 じゃあ、日本料理はというと、そういう「規範」がある分野はあるんだろうか。江戸のファーストフードの「スシ」とか、一般的な「日本料理」の「テンプラ」「スキヤキ」なんて日本料理の歴史からいえば亜流だから無理だろう。登録しようとすれば「精進料理」とか、規範の定まった「四条流」とかじゃないと難しいだろうけれど、今や、オーセンティックとしての存在じゃないし、登録しても意味あるとは思えない。
 中国だと、中国料理なんて乱暴な括りじゃ無理だろう。じゃあ清朝の宮廷料理として大成された「北京料理」だろうか。でも芸能分野では、清朝の宮廷芸能として成立した「京劇」ではなく、その原形の「崑曲」が登録されている。ということは、北京料理じゃなくて山東料理(魯菜)ということになるんだろうか。でも、そうとなると世界的にも知られた川菜や粤菜はとキリがない。
 たぶん「オーセンティック」として登録が可能なのはフランス料理だけなんだろう。けれども、文化の多様性確保のための「危機遺産」としての登録というのなら、他にもありそうだ。「タイ、ラオ族の昆虫料理」なんてどうだろうか。日本だって「沿岸捕鯨とクジラ料理」を登録申請するとか。あくまで伝統のある「沿岸捕鯨」だけに限って。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2008.02.12

黒いの・赤いの

ご神体 黒い御神体。
神輿 赤い神輿。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2008.01.03

焚き火

たきび 近所の神社での鳥居脇の焚き火。1日に撮ったけど今頃、掲載。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2007.11.23

鴨川千鳥

 昨日のエントリーで、ユリカモメが京都市の鳥という誤解があると触れたが、では京都市の鳥はというと、決めてないらしい。別に、決めなければならないというわけでもないし。
 ちなみに、京都府の鳥はオオミズナギドリで、釜石市の鳥にもなっている。盛岡市の鳥はセキレイらしいが何セキレイかは不明。市のサイトではキセキレイが載っている。郡山市はカッコウ。
シジュウカラ 西東京市は不明。合併前の保谷市はシジュウカラでマンホールにも描かれているようだが、合併後に新たに決めることになって、まだ決まってないのかもしれない。
 青森市も元々は善知鳥村と言われたとかでウトウだったが、やまばとを市の鳥にしていた浪岡町と合併し、フクロウに変わったらしい。
千鳥紋 それで、京都市の鳥を決めるとするなら大本命は、「鴨川千鳥」とも言われたイカルチドリなんだろうかと思う。いわゆる千鳥紋というか千鳥の意匠はいろんな所で見られる。「通り抜けできます」とか「酢」とか「有次の型抜き」とか。でも、このイカルチドリ、護岸や河原の浚渫工事でしばらく姿を消していたらしく、それで決められていないのだろうか。
イカルチドリ 「千鳥」というのは、元々、岸辺にいる小鳥全般を言ったようなので、ぱっと見似ているイソシギも「千鳥」扱いされていたかもしらない。鳴き声もチリチリやー、チリチリらしい。
 イソシギといえば、先日に撮った鳥を何者か調べて、やっと近所にいるというのを知ったくらいだし、「いそしぎ」の映画も見ていない。けれども、テーマミュージックになった「The Shadow Of Your Smile」は聞き覚えがある。
 では、千鳥に関する曲はというと「千鳥の合方」になる。大悟とノブではない、それは「千鳥の相方」。でも、この千鳥の合方は「筑摩川」の千鳥のようだ。
 「チリチリやー、チリチリ」も、元は「宇治の晒」という小謡らしい。ということは宇治川の千鳥か。
 三橋三智也の歌っていた「鴨の河原に千鳥が騒ぐ、またも血の雨、涙雨」は、このイカルチドリだろう。
 本命はイカルチドリとして、対抗は鷺だろうか。カモにはサギである。その昔、祇園祭に笠鷺鉾というのが出ていて、今、津和野でやってる鷺舞は、この鉾の演し物だったらしい。カササギというのは七夕伝説に出てくる鳥で、鳥栖あたりの車窓から、電柱の上に留まっているのを見たことがある。ただし、この鳥は外来生物で室町時代以前にはいなかった。なので、当時の人は鷺の一種と認識していて、白鷺のダンスが出来たのだろう。
 鷺には醍醐天皇が「従五位」の官位に叙したゴイサギというのもいる。五位というと、昇殿が許される位だ。今も、京都御苑に、震災復興対策で山古志村から取り寄せた鯉の稚魚を食べに入ってるらしい。
 大穴としては、オウムはどうだろうか。枕草子の「鳥」のトップはオウムだ。「鳥は 異所のものなれど、鸚鵡、いとあはれなり」。それに、動物園における最長飼育記録は、京都市動物園にいたキバタンというオウムの54年らしいし、同じ「外来種」でもユリカモメの30年ちょっとより、京都市にいた期間は長い。問題は「オウム」という名前の悪印象だが。
 でも、個人的にはトラツグミがいいなと思う。別名「鵺」で、平家物語の源三位頼政のエピソードをはじめ、京都に馴染みの深い鳥だ。

| | Commentaires (0) | TrackBack (1)

2007.11.22

都鳥

 数日の間に「のさばり」だしたユリカモメであるが、こういう好意的でない表現を使うのは、元々はいなかったから、というだけではない。
 このユリカモメ、別名を「都鳥」という。有名なのは伊勢物語だ。

なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中にいと大きなる川あり。それをすみだ川と言ふ。
その川のほとりに群れ居て、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかな、とわびあへるに、渡し守、「はや舟に乗れ、日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。
京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、
「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
名にし負はば  いざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
と詠めりければ、舟こぞりて泣きにけり。
 「京には見えぬ鳥なれば」ということが話の前提になっているわけである。では、京にいないのになぜ「都」ということになるが、かつての「都」は京ばかりじゃない。万葉集に有名な歌がある。
布奈藝保布 保利江乃可波乃 美奈伎波尓 伎為都々奈久波 美夜故杼里香蒙
船競ふ 堀江の川の 水際に 来居つつ鳴くは 都鳥かも
 大伴家持(718〜785年)の歌だから、都というのは平城京になるし、堀江の川にいるわけだから、都鳥の由来は難波の宮かも知れない。いずれにしろ平安京よりも昔のことだ。
 この万葉集の都鳥を、現在の和名をミヤコドリ、Haematopus ostralegusという鳥だとの説も散見されるが、そうなると名前が再逆転したことになって不自然だし、この和名は江戸時代の学者がコジ付けたという説の方が信用できそうだ。
 この2つの歌が引用されているのが、謡曲の「隅田川」。
我もまたいざ言問わん.都鳥。いざ言問わん都鳥。我が思い子は東路に。ありやなしやと。問えども問えども答えぬはうたて都鳥。鄙の鳥とやいいてまし。げにや舟競う。堀江の川の水際に。来居つつ鳴くは都鳥。それは難波江これはまた.隅田川の東まで。思えば限なく。遠くも来ぬるものかな.さりとては渡守.舟こぞりて狭くとも.乗せさせ給え渡守.さりとては乗せさせ.給えや。
 この「隅田川」は歌舞伎舞踊にもなり、清元節の代表曲にもなっているようだ、さらに「隅田川」というか梅若丸伝説は芝居にも取り入れられ、特に、釣鐘建立を「やるやる」詐欺というかカンパの流用で暮らしている法界坊の話「隅田川続俤」は平成中村座の公演でよく知られたわけである。
ユリカモメ それで都鳥といえば隅田川、ということで巨大な金のウンコが似合う鳥であり、ユリカモメは「東京都の鳥」になり、お台場行きの電車の名前にもなっている。
 ところで、難波江、隅田川にいても京には見えぬはずのユリカモメだが、ここ30年あまりの間に大挙して鴨川に飛来するようになった。ネット上には、このユリカモメが京都市の鳥という誤解まで見られる。
 別に害があるというわけではないが、「いない」ことで知られた鳥だけに、大勢いるのには抵抗がある。でも、幸いにしてここ10年は減少しているようだし、一昨年からは組織だった給餌も中止されたようだ。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2007.11.16

Pthirus pubisに関する考察

わかめさけ 先日の陰毛のエントリーきっかけとなったblogに、一理系研究者の方が考察を寄せていた
 「陰毛の手入れは毛虱(シラミ)対策の意味が大きかったんだろうな」ということだ。ただ「江戸時代に遊郭の女性や客層が毛ジラミ対策として陰毛処理していたんじゃないかとの考えは妥当な線か」には疑問を呈せざるを得ない。
 毛ジラミの対策としては、全く剃ってしまう必要があるらしいのだが、江戸時代の手入れというのは、無毛にするわけではないだろう。
 当時の絵画に、陰毛が精緻に描かれている。一般鑑賞者向けの絵画はその願望を誇張することがある。現代の美少女マンガがやたらに巨乳なように、当時の春画はやたらに巨根である。そこに精緻に陰毛が描かれていたということは、陰毛の状態も魅力の重要な要素のひとつと考えられていたからだろうし、それゆえに手入れをしたと思うからだ。
 「楊貴妃の陰毛を引き伸ばすと膝頭を過ぎる」という伝説があるそうで、日本では、なぜ中国では手入れしない、と思うより面白がるというのも、それはそれでいいという意識があるからかとも思うし、一方で、天然のカワラケもまた珍重されたようで、むしろ多様性があったのでは、とも思う。
 一方、近世のヨーロッパでカツラを着けていたのは、シラミ対策に坊主頭にしていたからだという説がある。同じように、ヨーロッパの古典絵画で陰毛が描かれていないことや、欧米では、陰毛の手入れは常識、ということについては、毛ジラミ対策の意味があったというのは納得できる。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2007.11.14

売ってて便利なんだろうか

 コンビニの品揃えってどういう基準なんだろうか。やっぱり「売れるもの」なんだろう。じゃあ、コンビニではどんなものが売れるんだろうか、言い方をかえれば、人々はコンビニでどんなものを買うんだろうか。
 「convenience」というのは「都合のいい」という意味だから、「都合よく売って」るといい品物だろう、おそらく「急に必要となるもの」と「つい衝動買いするもの」なんだろうと思う。そして、付け加えるなら「選択性の低いもの」なんだと思う。
 近所のコンビニでは、卵は6個パックで売っている。生鮮食料品店では10個パックがメインだ。コンビニでは、米も2kg入り、調味料類も小サイズと「急に必要になる量」がメインになっているし、種類は多くなくてベーシックなものだけだ。先日に、出し昆布が切れてたので行ってみたが、昆布も粉末にしたものも売ってなかった。酒は売っているのにみりんは売ってなかった。
 「つい衝動買いするもの」といえば食玩の類がそうだろう。お菓子とかも。
 コンビニでは下着を売っているが、上着は売っていない。「選択性が高い」からだろうし、下着の場合には、多忙だったり、天候の都合とかでストックがなくなり、明日の用意がない、なんてこともあるから「急に必要となるもの」でもあると思う。そして、数を置けないので、ベーシックなものが売っているんだと思う。
コンビニ そこでひとつの疑問であるが、近所のコンビニでは、黒のレースの「ガーターベルト」を売っている。「ガーターベルト」というのは、コンビニで売ってると都合のいいものなんだろうか。
 用途として思いつくのが、黒というところから、フォーマル・ウエアである。キオスクでも白ネクタイ・黒ネクタイを売ってるように、急にフォーマルっぽい格好をする必要というのはありうると思う。けれども、ストッキングとガーターだけフォーマルっぽくするという事態が思い浮かばない。
 また、パンツ履く前に着けなきゃいけないわけだから、明日のがない、ということになったら、出先で買うよりも、近所に売っていたら便利だとも思う。でも、それならパンストで間に合わせられないんだろうか。ガーターベルトの着用率って、そもそもそんなに高いのだろうか。
 ともかく、売っている以上は、売れるということなんだろうし、コンビニで買う人がいるわけである。少なくとも出し昆布よりも「売ってると都合いい」と思われているわけである。どういうケースで、売っててよかったということになるのか、どうも謎なので、誰か教えてほしい。

| | Commentaires (2) | TrackBack (0)

2007.11.13

両毛のおしゃれ

 昨年の顔見世に「雁のたより」という芝居が出た。それに「下剃の安」という役がある。よく演じられる芝居では「梅雨小袖昔八丈」つまり「髪結新三」に「下剃勝奴」という役がある。この「下剃」というのは、髪結の弟子で、親方が仕上げる前の「下準備」を担当するようだ。
 ところが、現代劇となると「寝取られ宗介」という芝居があり、その劇中劇に「下剃り宗介」という演目がある。この「下剃り」は、遊女の陰毛を剃る職業ということになっている。映画にもなったマンガに「下苅り半次郎」というのもあって、これも陰毛を刈る仕事だった。
 実際に遊女の陰毛を手入れする職業があったのか、不勉強にして定かではないが、少なくとも自分で行うなどによって、手入れをしていたようであり、「うっちゃって置けば地者のようになり」という川柳があるそうだ。放置しておけば、シロートさんのようになるという意味で、どうやら、当時のクロートさんは陰毛の手入れをして、シロートさんはしなかったらしい。
 突然、こんなことを書き出したのは、サイドバーに表示しているRSSフィードメーターのせいだ。これを付けていると「あわせて読みたい」という機能が付いてきて、このblogを見ている人が他にどんなblogを見ているか表示される。そのblogのひとつが、現代失われてしまった江戸の技術として陰毛の手入れをあげ、さらに陰毛の手入れについて、いくつかのエントリーをあげていたからだ。
 さて、欧米では、と書くと、「欧米では」って言うな!と言われそうだが、ネットで容易に見ることの可能な、北米や西欧の女性ヌードの写真を見ると、概ね、陰毛は不自然に思えるほど巾狭い範囲にしか生えていない。(fig1)つまり、先に言及したblogでも書いているように「陰毛を短く小さく剃り整えるのが常識である。」ということなのであろう。全く無毛状態の人もいるようだ。
 一方、日本の場合、無毛状態のヌード画像はめったに見られない。おそらく、日本では具を写してはいけないので、マスメディアに出る場合は毛で隠す必要があるんだろう。それでも、巾を狭く整えている人がほとんどだ。
 つまり、陰毛の手入れは「短く巾狭く」というのが基本になっているようである(fig2)。おそらく鋭角の下着を着用してもはみ出さないというのが基本なんだろう。モデルになる人は、陰毛を見せるのはいいが、着衣からはみ出た陰毛は見せたくないということなんだろう。
 ところで、そんなに数多くのサンプルに当たったわけではないのだが、これまでに見たほとんどの「手入れしていない陰毛」では、狭い範囲に密集しているケース以外では、斜辺が窪んだ逆三角形が基本となっている場合が少なくない。というか、ほとんどであった。その上変がやや窪んでいる例(fig3)や、膨らんで菱形に近付いていく例(fig4)があり、おそらく、両翼と上方のバランスによるのだろう。また、上辺が明確でなく、グラディエーションの範囲が広い例(fig5)が、なぜかふくよかな方に多いと感じている。なので、元々、そうという人には申し訳ないが、ヌード写真によくある巾の狭いモヒカン風陰毛には、個人的に違和感を感じてしまう。
 かつての、シロートは手入れをしない、するのはクロートという風潮がもはや忘れ去られた今日では、手入れは一般的になったようであり、さらに手入れにとどまらず、陰毛のおしゃれが普及しつつあるらしい。群馬は上毛というのに、栃木が下毛と言えないのは不公平だし、陰毛も髪の毛と同様におしゃれの対象とするのはいいことだと思う。
 先のblogでも紹介されていたが、女性の手入れ用の型紙まで売られているようで、鋭角三角形、縦長のハート型というか里芋の葉型、味付け海苔型の3種があるようだ。もちろん、おしゃれは個人の美意識でやるものではある。けれども、皆が皆、それがおしゃれだと左右の張り出しを剃ってしまうのはどうかと思う。つまり、規範に合わせることだけがおしゃれでないはずであり、美意識の多様性や伝統的形態の尊重という面からも、左右両翼の張り出しを美しく残した手入れというのもあってほしいと思う。
 髪でいえばスキンヘッドに相当する選択肢もあるようで、実見していないが知人に実践しているという人も数人いる。一人は聞いていないが、他の人は男性の要望によるそうだ。温泉とかの大浴場ではどうするのか聞いてみたことがあるが、気にしないそうだ。この例だけで、男性の方が規範意識が強いとはいえないだろうけど。
 それで、個人的な好みから言えば、両翼と上方に存在感のある十字というか熨斗型(fig6)で、上部の毛は短くしない方が好きだ。下毛出身の某のように、自分の希望にそってくれる女性がいないからと社会に文句は言わないけど。
ヘアスタイル

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2007.11.10

シークレット足袋

 先日、いつのまにか、シークレットな被り物に増毛造詣の深い姉さんの子分にされてしまった。なので、親分のためにシークレットな履き物についての調査を行ってきた。近所に、ついでの用事があっただけ、というのはシークレットだけど。
シークレット足袋 そして、これが「シークレット足袋」である。シークレット部分は別部品で、専用の足袋があるらしい。
シークレット足袋 横から見ると、数センチはかせげるようである。
 陳列してあったのは白足袋であるが、黄足袋もあるのかは、店員さんが接客中であったので聞けなかった。履いた場合の動きがどうなるのか、珍妙な烏跳びになるのかも不明。
シークレット足袋 後は、親分直々に取材をしてもらいたい。カバンを買うついでにでも寄って。

| | Commentaires (5) | TrackBack (0)

2007.10.22

行きすぎたジェンダーフリー

時代祭
時代祭↑ これは、きっと産経新聞に非難されるだろう。

← 烏帽子に狩衣という男装で舞う「性差を超えたエンタメ」の女性。東海大学文学部広報メディア学科の時野谷浩(ときのや・ひろし)教授の言うように「テレビの登場以前は社会のモラルが明確だった。男は男らしく、女は女らしかった。そのけじめを壊したのがテレビ文化。社会秩序を破壊している」の実例か。
 ところで、「性差を超えたエンタメに詳しい」時野谷浩って、「沖縄戦に詳しい」時野谷滋の縁者なの?
 

| | Commentaires (2) | TrackBack (0)

紫式部と

メジロ
時代祭↑ ムラサキシキブとメジロ。たぶんコムラサキシキブだと思うが。

← 紫式部と清少納言。

| | Commentaires (2) | TrackBack (0)

2007.10.15

みんなのうた

 「夜露死苦」だの「来夢来人」だのを「暴走万葉仮名」と言うそうな。万葉集ファンとしては、「万葉仮名」はアツカマシイので、遠慮して「千葉仮名」くらいでいいと思うが、房総ならともかく、暴走なら栃木や茨城や愛知にもいるって、ある県に怒られそうだ。
 その万葉集には、長歌、短歌、旋頭歌、仏足石歌体歌が載っているというが、なぜか日本では定型詩のことも、言葉による音楽と同じく「歌」と言う。大晦日には紅白に分かれて歌を詠み優劣を競うとか、お正月に皇居で宮内庁式部職楽部の伴奏で歌う会があるとは思われないけれども。
 それで、戦国時代に三味線が伝わって、江戸時代に三味線の演奏で歌う音楽が普及した。関西の人は、地元の歌やから「地歌」、江戸の歌やし「江戸歌」とかゆうてはったけど、江戸の人は「歌」だと、定型詩の「歌」と紛らわしいというので「唄」という字を使って「長唄」とかいうようになったそうだ。「唄」というのは本来は「仏を称える歌」のことだけど、単に「和歌」と紛らわしいので、声楽のことを「唄」ということにしたようで、「江戸長唄」、略して「長唄」というようになったようだ。「長歌」といえば詩で、「長唄」といえば音楽と、わかりやすい。
 江戸系の清元節から発生した「小唄」や「端唄」も「唄」の字を使うし、それで「お座敷小唄」や「, ラバウル小唄」も「唄」だ。一方、上方系では、長い目の三味線音楽の「上方長歌」略して「長歌」というのもあるし、江戸の「端唄」とは別物の「端歌」や「組歌」と「歌」の字を使うようだ。
 けれども「地唄」「組唄」という表記もよく見る。伝統音楽の歌は、皆「唄」という風潮があるのかも知れない。ともかく、先日も「地唄」と変換されたままの所をチェックし忘れて、「地歌」と混在した文を渡した相手から、どちらですかという連絡があったりした。
 それで、江戸や上方以外じゃどうかなと思って、「南部牛追い唄」で検索したら506件、「南部牛追い歌」は1150件と「歌」が優勢。一方「南部俵積唄」は558件、「南部俵積歌」は3件と、こちらは「唄」が圧勝だ。

| | Commentaires (4) | TrackBack (0)

2007.08.16

Lucy in the Sky with

大文字
大文字 こちらは「妙」。
大文字  準備中。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2007.08.08

七夕流し

 七夕は旧暦7月7日で、今年だと新暦の8月19日になる。けれども、たいていの年中行事は、毎年に日が変わると面倒なので、1ヶ月遅れで行うことが多い。
 その七夕だが、かつては雛流しと同じく、人形を作り、それで身体の悪いところを撫でて、川に流すという風習だった。その名残が笹舟だ。後に、人を寝込ませる「魔」を流すようになったのが、ねむり流しやねぶただ。その、人形を流すという七夕流しを行っている「尾山」という所に行ってみた。
七夕流し 水に流す船というか板の上に、人形と飾りを付けたものを、持って集まる。
七夕流し 川というか、道路の側溝のようなというか、農業排水路のような、水路にそれぞれ入って、飾られた船を流す。
七夕流し 流すと言っても、流してしまうわけではなく、流れる後をついてまわるというか、浮かべたものを押してるようにも見える。水路の上には、笹や提灯が飾られている。
七夕流し 水路の巾も広くなって来る。それで、川に出る前に船を回収する。

| | Commentaires (2) | TrackBack (0)

2007.07.23

クリムト

クリムト デラックス版 臨終のクリムトが回想した過去という体裁になっている。だから、現実か妄想かは曖昧。それにドラマが描かれているわけではない。エピソードを重ねて、クリムトが見た世界を描いたという作り。
 そういう話だから、どうしてもクリムトの絵に対する印象が、この話を受け止める前提になってしまう。それに、この映画を見ようとする人は、クリムトが何者か知らないということはないだろう。
 となると私の場合、クリムトの絵は好きじゃない。「好きじゃない」というのは「嫌い」の婉曲表現の場合もあるが、そうじゃない。画像を見ても実物を見に行きたいとか、買いたいと思わなかったということだ。その理由は「うるさい」のだ。饒舌な描写というのは好きなのだが、饒舌というより、ノイズが多いという印象だ。
 映画では、美のあるべき姿についての論争シーンがあって、クリムトがパリでは高く評価されながら、ウィーンではスキャンダラスに扱われるという展開になる。そういったクリムトの外の世界と、おそらくは内の世界だろうが、彼が惹かれる「レア」という女性と、彼のある部分を代弁するような役人の男が出てくる。
 今日では、美のあるべき姿なんてひとつじゃないと簡単に言ってしまえるわけである。けれども、美は乱調にあり、というのは古い言葉かも知れないが、この言葉がインパクトを持つのは、美には一種の「秩序」があると考えられがちだからだ。
 クリムトの当時には、その「秩序」の権威として、アカデミズムがあった。それから「分離」しようとした、ウィーン・ゼセッションの中心がクリムトだったわけである。そして、その後に、多様な「秩序」が産まれ、「秩序」がないという「秩序」も含めて、映画が作られた今日では、その「秩序」は属人化しているわけである。
 「美」が社会的な秩序であった時代を終わらせようとした画家の話を、その結果「美」が属人化した時代に映画にしているということになる。
 この映画で出てくる琳派の手法や五つ紋の着物というのは、私にとっては、というか多少とも日本文化への知識があれば、ある体系で意味を持った要素であり部分であると認識する。ところが、この映画のシーンでは、その体系から切り離されて使われている。全体として表現されている世界と、表現するための要素や手法の部分に整合がないのは、本来は気持ちが悪い一方で、完全な整合にはないトキメキを感じることができるわけである。今日的な「秩序」で作られている映画では、むしろトキメキだろう。一方で、クリムトに感じるノイズというのは、このような切り離されてしまった体系だと思う。だから、クリムトの絵じゃなくて、それを素直に見られない私の方にノイズがあるとも言える。
 たぶん、それまでの「秩序」から分離したクリムトは、代わりうる「秩序」を求めたはずだ、けれども、違う「秩序」からの部分は導入しているけど、全体としての新しい「秩序」が見えない、こういうクリムトの絵への個人的な印象がある。
 だから、この映画の「レア」を、彼の新しい「秩序」と見てしまい、目指すべきところが、リアルでない幻であって、途上で迷子になってしまった画家の物語として見てしまう。
 そういう、自由な見方ができるというか、好きな解釈ができるというのが、この映画のいいところかも知れない。


 映画の中の「美」論議に誘発されての全くの付け足しになるが、自然の「美」というのは、ひとつには、その中で暮らしている馴れもあるんだろうが、それだけではなく、初めて見た景色にも美しいと感じるように、自身もそうである自然法則というものが、見えない「秩序」として背景にあると見ることができる。
 ところが、庭園ということになると、幾何学的な「秩序」に再構築するような方向も、自然の「秩序」の縮小化を目指す方向もあるように、人が考える「秩序」はいろいろだ。
 たまたま、今、テレビで宇高志保さんが写っているけど、入隊前の方がバロック以前の芸術家には美しいと思われるだろうけど、たぶんCMの制作者はバロック以前の芸術家と違う「秩序」で判断してCMを作ったんだろう。そして、見ている中には、また全く別の「秩序」、例えば想像される密着感なんかで、入隊前の方が絶対に美しいと思う人がたくさんいたりする。これも、美を規定する「秩序」の属人化なんだろうね。
 さらには、この映画で「美」と訳されている言葉と、このblogで「美」と表現している言葉、昔の中国人が作った際の「美」の字の意味も違う概念かも知れない。
 「美」の字は生け贄を意味する「羊」と「大」から成るわけだけど、「大きい生け贄」は、それが可能な豊かさか、それを献げる気持ちの強さか、どちらのモノサシで「美」なんだろうか。
 ともかくも、「美」の基準をアカデミズムが決めてくれた時代は100年以上前に終わっちゃったし、さらには文化によって、基準となる「秩序」やモノサシは違うし、今じゃ、人によって違う。
 以前にも、少し触れたが、「美しい景観」や「美しい言葉」という言葉にインチキくささを感じるのは、そういう「美」の根拠が属人化しているのに、社会的に合意されているかのように誤魔化していることだ。「こういう基準で美しい」という言い方じゃなくちゃ、無意味なのに。「歴史的な用法に則っている美しい言葉」「現代人の多くに共通して機能的だから美しい言葉」とか、「激しく感情を揺さぶる美しい景観」「地域の昔からの印象に共通している美しい景観」じゃないと意味をなさないだろう。
 ましてや「美しい国」なんて、よほどの低能でなければ、恥ずかしくて言えない言葉だ。「美という字の成立を考えるに、犠牲が大きいから美しい」とか言わないと。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2007.07.14

今日の蟷螂

蟷螂山 今日は組み立ててあるはずの「蟷螂山」だが、台風の影響の雨のため、柵と土台の一部だけ。
 でも台風なら、まだいいのかも。向かいの建物は、この物件もそうなのかはわからないけど、耐震偽装がばれたアパグループのようだが、台風には耐えるだろうし。
蟷螂 こちらは「蟷螂型おみくじマシーン」。
郭巨山 カマ掘り山も、骨組みだけ。金のオカマを掘り出した郭巨のフィギュアが載ってるので「郭巨山」、通称カマ掘り山という。手前の酒樽には「キンシ正宗」と書いてあるが、昔は「金鵄正宗」だったらしい。
アオサギ こちらは函谷鉾。

| | Commentaires (3) | TrackBack (0)

2007.05.19

昔のトレーラー

御霊祭 御霊祭に出てきた昔のトレーラー、牛車である。
 葵祭にも出てくるが、御霊祭のはそれより小型。
御霊祭 休憩の際には、トレーラーヘッドというかエンジン部を分離。スペアもいる。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

ほこ

 863年5月20日、神泉苑で御霊会が行われた。それが起源というのが御霊祭。
御霊祭 なので京都最古の祭りだそうだ。葵祭の方が古いが、葵祭は市町村合併で京都市になっただけで、元々市外の祭りということになる。
 御霊会では、60余本の鉾が並べられたそうだが、今でも鉾を持った人がいる。盾を持った人もいる。
 甲冑姿の人なぞは、矛と盾を抱えているようだが、この祭礼では鉾と楯は別の人が持っている。

御霊祭 元々は手持ちの武器だった鉾も、巨大化したのが出てくる。すると一人じゃ持てない。
御霊祭 持ちきれないから、車にのせてゴロゴロ引っ張ることになる。
祗園祭 ということで、その車が巨大化すると、御霊祭ではなくて、祇園祭の鉾になる。祇園祭も祗園で行われた御霊会が起源。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2007.04.21

めめ絵馬

 楽屋になってた建物の横にあった薬師堂にかかっていた古い「めめ絵馬」。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2007.03.11

姫の宮豊年祭

 以前に「ご神体」を紹介したことのある姫の宮の豊年祭があった。
豊年祭 沿道に並ぶ旗で、お祭の雰囲気を盛り上げる。この「おかめ」さんの口元はエロっぽいのだが、この写真じゃわかりにくい。
豊年祭 まずは、諸钁神社にて神輿を前に神事。
豊年祭 この人たちはアラブの人じゃなくて、神輿と一緒に行列する鈴のお供。「ヒネ様」じゃなく「ヒメ様」だそうだ。
 この衣装は「ご神体」というか、ご神体によく似たモノを表現しているとか。名古屋からアゴアシ付きで御奉仕に来ているらしいが、メンバーの新陳代謝がないらしい。それでも衣装はピンクのまま。
豊年祭 猿田彦の先導で、姫の宮までの神幸祭の行列が出発する。
豊年祭 御神輿。昔は「ご神体」の形というか、その元というか、モロの格好の神輿だったそうだ。相方の田県神社の御神輿が、今でもモロなのに、これも性差別じゃないのかね。
 どうでもいいが、このあたりは「裏之門」というらしい。ぜひ、表の門の神輿を復活させてほしいものだ。
豊年祭 神輿の後ろには酒樽とコップを載せたリヤカーが続き、沿道の人に振る舞う。
豊年祭 諸道具、金の鈴、銀の鈴、日月旗、四神旗を担ぐのは還暦の人の役目だそうだ。青龍旗を持ったおじさんは、まんこ衣装のヒメ様、オーストラリアから来たという観光客とポーズを取る。
 なお、相方の「田県神社」の豊年祭は15日らしい。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2006.10.04

国民的人気画家

 ネット上で、そして、ほぼネット上だけの大きな謎が、なぜあべしの支持率が2/3もあるかということだろう。なにしろ、実感としても、ネット上での調査でも、多くて2・3割というところなのだ。
 反対する人から見ても、小泉氏の5割以上は理解できたと思う。けれども、あべしの場合、産経新聞や世界日報のシェア並ということはないにしろ、小泉氏の半分もあればいい方だろうと思っている人は多いようで、いろんな人がこの謎を解こうとしていて、陰謀説だの捏造説まで出てきている。
 その謎のヒントを与えてくれたのが「希少検索ワード」だ。
 「安倍晋三、鶴太郎」というワードでの検索があって、何でと思って検索してみたら、2人は同い年で、鶴太郎が安倍晋三の絵の師匠となったという記事があった。
 それで何となく、謎が解けた気がした。それは鶴太郎が「国民的人気」のある「芸術家」だからだ。デパートで個展が開催されて、覗いて行く人もいる。けれども、絵に興味のある人の間で評価されることはない。おそらく、ネット上での評価では、まともな画家はもちろん、はいだしょうこ画伯にも及ばないだろう。
 でも、リアルな世界では確実に「芸術家」鶴太郎は認められており、支持されているのだ。国民的人気があるのだ。たぶん、書も「みつを」より「みつを」的人気がある。「国民的人気」というのは、そういうことなのかと思った。
 ともかくも、「美しい」が好きなあべしは絵も描くらしい。師匠が鶴太郎だが。

| | Commentaires (2) | TrackBack (0)

2006.09.26

ゴジラの復習

 1954年の秋に誕生し、演出で作られた存在でありながらも、実際の中身は空っぽで、中の人が動かしているにすぎなくても、世界的に認められいる存在もある。それはゴジラで、作られた存在にすぎなくても、物語がよくできているからだ。
 以前に、ゴジラは実在しない、中に人が入っている。だから身長50mの人がいる。というような思考法をする人について書いた。そんなことを考える人は実際にはいないだろう。同じように、ゴジラはほんとうは身長50mじゃないのだ。ミニチュアと撮影しているのだ。ということで、ゴジラは本当は身長2mの生物なのだ。と考える人もいない。
 ゴジラはフィクションであって、フィクションとして意味も価値もあるのだ。そのフィクションの世界で身長50mのゴジラは存在する。現実の世界には身長50mのゴジラは存在しない。このどちらかであって、それは違う世界のことだから共存できるのだ。
 けれども、身長50mの人が中に入っているとか、身長2mのゴジラを特撮で50mに見せているというのは、50mのゴジラよりは、一見「現実的」であっても、こういう考え方は「ナンセンス・ギャグ」の一種としての意味しかないと思う。
 けれども、50mの人間や2mのゴジラが実在するというのと、同じようなプロセスで考える人がけっこういるように思う。
 私はクリスチャンではないが、物語としての創世記には意味があると思うし、科学としての進化論を信じている。まともなカトリックの人は、当然に物語としての創世記を尊重しているし、科学としての進化論を信じている。両者は次元の違うものだから両立するのだ。ところが「高度な知性」によって宇宙や生物が誕生したとかいう説になると、「創造科学」と称しているが、次元の違うハナシを無理矢理にくっつけたわけで、身長50mの人間や2mのゴジラが存在するというのと同じプロセスの発想だろう。
 さて、私はフェミニズムに関して全く無知なのだが、「女系天皇を容認するフェミニズム」などというものが存在するのだろうか。天皇には皇族を父とする者しかならなかった。というのは「平等」という概念の生じる以前からの歴史的事象だ。男女平等という近代の概念を持ち出すなら、そもそも血縁による地位という近代以前の制度が否定される必要がある。近代的概念を導入するなら「誰でもなれる」か「やめる」でなければおかしいのだ。つまり、天皇の後継問題はフェミニズムの埒外とするか、制度そのものを否定しなければ「身長50mの人」や「身長2mのゴジラ」と同じレベルなんじゃないだろうか。だから、女系天皇の容認というのは、フェミニズムの文脈とは全く違った発想だと思うし、むしろ背反する発想じゃないかと思う。
 男女平等だから云々と同じように奇妙に見えるのが、旧皇族の復帰とかいう説だ。天皇には皇族を父とする者しかなれないから、候補者を増やすために、皇籍を離脱した者を戻してしまうわけだ。それが出来るなら、女性皇族の配偶者の父を代々遡って皇族にしてしまえば、女系天皇は男系になる。過去の事象に則らないということでは「臣系」容認も女系容認と同じことだろう。昨年以来の女系か臣系かどちを容認するかという論議は、50mの人間か、2mのゴジラのどちらが科学的かという論議のように思えてならない。過去の事象に則るなら「どちらも容認しない」だし、現代の価値観によるなら「誰でもいい」か「やめる」だ。
 私としては、少なくとも、このblogで「どちらも容認しない」か「誰でもいい」か「やめる」かのいずれかを主張するつもりはない。つまり社会的な主張をする場とは考えていないということだ。しかし、身長50mの人間や2mのゴジラの類のハナシをネタに面白がるのは好きだし、書いてみたい。ナンセンス・ギャグを解説するのは野暮だし、文化の問題について見識があるわけではないけど、つい好きな分野のことは、ヒトコト書いてみたいのだ。

| | Commentaires (9) | TrackBack (2)

2006.08.23

ガセネタビール国産で復刻

デマビールデマビール 今ではデマだったことが知れ渡った「ロシアの圧政に苦しんでいたフィンランドの人たちは東洋の小国・日本が大国ロシアを破ったのを聞いて驚き,そして喜んだ。トーゴー・ビールはこれを記念して作られたのである。」(藤岡信勝著・呪縛の近現代史)という話だが、そのデマの元になったのが1970年から売られ、その後に醸造元が倒産して作られなくなった提督ビールだ。
 その後、日本の商社がオランダだったかどこかで、提督ビールの東郷バージョンの復刻版を作らせて、東郷ビールとして売っていたようだが、ついに国産化された模様。
 中身は飲んでいないが、沼津の地ビールのようだ。

| | Commentaires (0) | TrackBack (0)

2006.08.22

くだんの件

 小泉首相が靖国神社に行った時のニュース画像で、小泉首相はモーニングを着用していた。その後に全国戦没者追悼式があるので、その都合だったのか。一方、案内役の靖国のスタッフは烏帽子着用で普段着だった。正装の場合は冠を着用する。
 普段着なのは靖国神社が「8月15日」に特別な意味はないという見解だからだろう。靖国にとって8月15日が特別な日でない理由はおそらく2つある。ひとつは「祭祀上」の理由であり、特別な日とは例祭の日であり、その日であれば、スタッフは正装するんだろうが、そうではない。
 もうひとつは「世界観」による理由だ。靖国のサイトに「終戦記念日は4月28日」とする記事が掲載されている。講和条約発効の日が終戦の日だという論法で、「松平の子」もこの論理で、東條らも終戦前に処刑されたから戦死だということになる。
 ところが、靖国にとって特別な日でなくても、行く側にとっては、特別な意味があるようだ。ひとつは「戦没者を追悼し平和を祈念する日」だ。1982年4月13日鈴木善幸首相の時に「先の大戦において亡くなられた方々を追悼し平和を祈念するため」設けられ、全国戦没者追悼式の根拠となっている。もうひとつはお盆だ。伝統的に死者を供養する日になっている。
 小泉首相の談話では、行った理由がこの「戦没者を追悼し平和を祈念する日」の趣旨と同じなのだ。ところが靖国自身には「戦没者を追悼する」ことも「平和を祈念する」ことも、その本来の「御神徳」にない。
 さらに、かなりの人たちは「お盆」ではなく「終戦記念日」と言いつつも、そのメンタリティにはお盆と変わらないものが見られる。
 どうも、この日に靖国に行くという人には、靖国の「教義」を歪めて解釈している人が少なくない。といっても、その教義自体も明確ではない。
 本来の神道というのは、世界観ではアニミズムを基本に、祭祀ではシャーマニズムを基本に、仏教、儒教、道教など外来の宗教などの影響によって発展してきたもので、特に厳密な教義は存在しない。一方、国家神道は、伝統的な宗教観を「迷信」と否定し、祭祀上に伝統的な形式だけを取り入れて作られたもので、世界観は異質のものだ。ところが、既存の仏教や、キリスト教禁止に反対する国外への妥協のために、あえて世界観としては、「国体」に関する以外は多様な解釈を許容していた。
 だから、同じように教義は厳密でないとしても、意味は全く違う。伝統的神道で「全体におおらかな体系」であったのが、国家神道では「部分的にしか教義がない」ということだ。
 その上に、皇国史観が否定された戦後には、あえて靖国自身も「国体」に関しての教義も明確にすることを避けているようだ。例えば、靖国のサイトでは、幕末から西南戦争に至るまで全ての戦死者を祀っているような誤解を誘導している。
 靖国自身は合祀したら一体の神霊となり、個々人の削除は出来ないという姿勢だ。石原慎太郎は靖国に行った際は、心中で東條だけを除外して参拝しているらしい。その東條の孫という人も、東條が合祀されているのが嫌ならそうしろと言っている。ということは、この人たちは、靖国の神霊を歪めて解釈し、参拝することを是認しているわけだ。
 戦争犯罪人の合祀を容認するが「