2007.09.20

チガイのわからんオコト

 先だって、元佐渡ケ嶽親方というか、元琴桜が亡くなった。佐渡ケ嶽部屋の相撲取りは、「琴」という字が付くそうだ。だから、朝青龍も佐渡ケ嶽部屋に入っていたら琴青龍で、春日野部屋なら栃青龍、片男波部屋なら玉青龍だったんだろう。
箏 その「琴」というのはいかなるモノか。1.8メートルくらいの細長い木製の胴に、普通は13本だが、17本とか、他の数もある、の弦を張った楽器であると、多くの人は認識していると思う。ところが、この楽器は、演奏している人や、かなり重なるが鑑賞機会の多い人は「箏」と書く。読み方は「コト」である。「箏」と書いている人のなかにも、世間では「琴」と認識している人が多いため、一般向けに「お琴、教えます」なんて看板を挙げている人もいる。
 最近、書いた文で、この「箏」という単語を使用したのだが、一般向けの文だったので、注釈を入れておいた方が親切かとも思ったが、テーマとは関係ないので、そのままにしておいた。
 この「箏」と「琴」は、どう違うか、教科書的にいうなら「箏」というのは「柱によって、弦の振動する長さを固定することで音程を固定する弦楽器」ということになる。ところが、かような楽器で、古くからある日本の楽器に「和琴」というのがある。そういえば、壇浦兜軍記でも、弾くのは「箏」だが、阿古屋の琴責めと書く。なぜだろう。箏、三絃、胡弓の楽器を使うから、総称して琴責めなんだろうか。
 そんなこともあるので、下手に「正しくは箏と書く」などと書くと、かえって、正確なところがわかってないってばれてしまうかもしれない。とかく、何かを知ることで、識らないことが増えるというのはよくあるわけで、何も注釈をつけずに、ただ「箏」と書いておいた。
 以前に、ある市の教育委員会の用事で、公民館活動を行っている文化団体のリストを見たことがある。そのリストでは分野ごとに。サークルが並んでいた。そして、「お琴・三味線など」の所に、「○琴会」「琴△会」というように「琴」の字を使った団体が載っていた。ところが、このような「琴」の字を使ったサークルは、よくあるのは琴古流という系統の尺八の会か大正琴の会だ。もしくは佐渡ケ嶽部屋を応援するサークルだろう。活動内容を見てみたら、やはり尺八か大正琴で、相撲ファンのサークルはなかった。公民館の現場だと何のサークルかわかっているだろうけど、市全体で集計する段になって、名前だけで、活動内容を見ず、編集してしまっていたからのようだった。「琴」で、こういう勘違いも起きる。

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2007.08.21

常盤津が上方っぽい

 18・19日と上方歌舞伎会の公演があった。若手というか脇役の俳優さんたちの公演で、事情によって極端に稽古不足だったそうで、指導役に先月、急に仕事が増えて、稽古ができなかったという、楽屋の浴場の事情だろうか。
 それでも、新版歌祭文の座摩社というめったに出ない演目が見られた。これって、そこそこ面白いし、あった方が野崎村がよくわかるんだけど、本公演じゃ、演る人がいないのかなぁ。
 そもそもの趣旨が「上方歌舞伎」の伝統継承ということだから、当然ながら、上方の芝居だ。それで「乱朝恋山崎」という舞踊があって、踊りは固い印象だったのだけど、音楽が常盤津だった。教科書的には、義太夫は上方、常盤津は江戸ってことなんだろうけれど、常盤津がとても上方っぽく感じた。
 たぶん、一巴太夫門下の連中だろうし、一巴さんは学生時代に13代目の指導で学生歌舞伎をやっていたということが関係あるのかはわからない。それよりも、通常の公演では、特に「上方」と言うことはないし、「上方」か「江戸」かなんて気にるもしないのだが、こういう「上方歌舞伎の伝承」という趣旨の公演だと、知識としての江戸の常盤津なのに、聞いて上方っぽい音曲と感じるという不思議が気になってしまう。

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2007.04.25

祖父って誰

 歌舞伎をこれまで1回だけ観た人と話していて、菊五郎と寺島しのぶの話題になったら、親子だって知らなかったと言う、両人とも名前くらいは知っているのだけど。興味のあまりない分野ってのはそういうものかと思った。その一回だけ観た歌舞伎に出ていたのが、オノヨーコのいとこというのもご存じなかった。
 さて、その帰り、地下鉄に乗ろうとしたら墓石屋の広告が目についた。落語家の写真があって、「祖父の代からお世話になってます」という趣旨のキャッチコピーが書いてある。ということは、この人の祖父も芸能人というか、たぶん落語家なんだろうけど、その祖父がわからない。たぶん、落語に詳しい人なら知ってるんだろうし、広告を作った人も知られていると思っているんだろうけど、この広告を見る度に、祖父って誰だと思う。かと言って調べてみたこともない。今、調べようにも、広告に出ていた落語家の名前を覚えていない。
 同じようなことなんだな、と思った。

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2006.07.24

山崎街道

 またも降り来る雨の足、人の足音とぼとぼと、ということで、今日は山崎街道の日だそうだ。
 となると、山崎街道に蛙の鳴き声がないのはおかしい、稲藁が積んであるのはおかしいということになる。
 なので埼玉県のとある町、といっても秩父の奥なのだが、他にない形で演じていた人がいたらしい。定九郎は稲藁に隠れるのではなく二重舞台の上段に隠れている。上から与一兵衛を襲って、そのまま財布を奪い取る。そして、勘平に撃たれるシーンでは上段からトンボを切って、下段に倒れるという派手な死に方だそうだ。中村仲蔵より目立ちたくて合理的な人もいたようだ。
 一度、見てみたいが、その町では、最近、五段目自体が上演されることがないらしい。

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2006.07.22

なぜA級なんだろう

 「お宮詣り」「お寺詣り」という言葉がある。本来の意味は神社に参詣すること、寺院に参詣することだ。「本来の」というのは、かつての京都では、もうひとつの意味があったからだ。それは、それぞれ「大宮劇場」と「DX東寺」という劇場へ行くことを意味していた。
 ちなみに、この種の劇場として、もうひとつ有名な所があった。「A級伏見」だ。だが「A級詣り」に類する言葉はなかった。
 その後、「大宮劇場」は「A級京都」になった。「お宮詣り」という言葉もなくなったのか、よく知らない。そして「A級京都」は閉鎖、解体された。「A級伏見」も「新星DX伏見」になったそうだが、閉鎖され更地になっているらしい。
 何となく、思い出した。

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2006.05.13

東遊

Img065 昨年、お買い物に出た時に「まつり」の行列に遭遇した。その「まつり」は勅使がお供えを届け、祝詞を読み上げるのだが、その前に神社に神様が行く行列が、12日に行われる。その途中で行われるのが「東遊」。
 下鴨神社の祭神は「賀茂建角身命」と「玉依媛命」ということになっているが、こういう伝説が出来る以前からおそらくあった神社が境内にある他、比叡山の麓にもあって、その御蔭神社の神様が下鴨神社にやって来るという行列だ。同じような行事は上賀茂神社にもあるが、すぐ裏山からで非公開で移動する。
Img066  下鴨神社の方は、その昔は、ずっと行列を作って移動したようだが、最近は御蔭神社から下の道路まで降りると車で移動し、下鴨神社に着いてから近所を回ってってする。そして本殿に入る直前に、馬に乗った神様に「東遊」を奉納する。
 日本では、昔から外来の芸能が流行ったわけで、古代には「唐楽」と「高麗楽」という、つまりは舞楽があったのだが、それ以前の土着の歌舞音曲もあって、東国風のを「東遊」と言うらしい。
 文化相対主義的に言えば、近代にでっち上げられた新興宗教、祭礼ではミリオタのコスプレや蛇女の見せ物が出るような新興宗教も「日本の文化」のヒトツで優劣はないんだろうから、産経新聞の書いてる通りなのかもしれないが、私の場合、「日本の文化」とか「伝統」というと、こういう行事から近世芸能に至る流れの方だと、つい思ってしまう。

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2006.05.07

ミヤコ

 このblogを読みに来ている人、というかワタシが先方のblogを見ている人が、このGWに宮古に行ったらしい。それも2人というか2組。以前に1kmほど手前まで行きながら行かなかった「本州最東端」にも行ったらしい。車を停められるところから往復2時間ほどの山道を行く必要があり、同行者の体力や時間の都合もあって「次回」ということにしたのだ。
 2時間の山道はこたえる人にはこたえる。そういや、以前にそれくらいの山道をご案内した方で、やはりワタシがblogを見に行ってる人で宮古に住んでる人もいる。こちらは、宮古市ではなく宮古島だ。
 その宮古島が「宮古市」を名乗ろうとして、宮古市からクレームが付いたという話から、以前にエントリーを書いた。それにコメントとTバックを付けた人がいた。その人にはお近づきになりたくなかったし、そのblogも管理者に削除されてしまったのだが、その不思議ちゃんのblog経由で知った別のblogを見るようになり、その別のblogの書き手もこのblogにコメントをくれるようになったということもある。
 ということで、このblog関連の人との間でミヤコといえば地名なのだが、個人的には「ミヤコ」というとまず思い出すのは人名なのだ。
 1996年6月19日、37歳で亡くなった吉崎勢津子さん。芸名が「ミヤコ」で「非常階段」という漫才をやっていたが、NSC第1期生で、同期のダウンタウン、ハイヒール、トミーズと比較して売れたコンビではなかった。
Img059 さて、1990年頃だったと思うが「寄席」であった梅田花月が閉館し、新たに「うめだ花月シアター」となって「新喜劇」ではない演劇をやることになった。その舞台での「ミヤコ」の芝居というのが凄かったのだ。主役というわけではなかったが、その表現の幅の広さに驚いた。ディスカウントストアの社長の娘と結婚したために、コンビ名が同業者の称号だったため引退したきびのだんごも出ていたとか、他の出演者は断片的にしか覚えていない。ミヤコのための芝居だったという印象しかない。
 入れて貰った当時の支配人さんに、ミヤコの芝居が凄かったというかなり長い目の感想を翌日にfaxで送った覚えがある。漫才での評価はともかく、女優としての将来が楽しみだと思った。その後も、第2弾の芝居を見に行ったが、その時は、彼女を使い切れていない芝居という印象だった。
 それだけに彼女が亡くなったというニュースを聞いた時は、すごく残念に思った。夏目雅子や堀江しのぶよりも惜しいと思った。
 そのミヤコさんはケヅメリクガメを飼っていた。最近、ガメラからみでケヅメリクガメの話題も目にするのだが、やはりミヤコさんのことを思い出してしまう。

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2006.01.24

脚光かスポットか

 トンデモ記事でにわかに脚光をあびた伊勢崎の・・・と書きかけて、ふと思ったのだが「脚光をあびる」というのは何なのだ。で、調べてみた。脚光というのはフットライトのことらしい。
 そこで、疑問なのだ。「今週のスポットライト」とか「にわかにスポットをあびる」とかスポットライトならわかるのだが、なぜに「フットライト」なのだ。
 昔の歌舞伎とかでは、俳優の顔をロウソクの灯りで照らしていた。ロウソクだし、舞台の前からだから、脚元から照らしたわけである。これは、いわばスポットライトと同じ効果のものだ。でも、これはフットライトとは言わない。
 俳優に当てる照明には、大きく分けて「地明かり」と「スポット」がある。使ってる器具とかは共通することもあるが、「地明かり」というのは舞台全体を明るくするもので、「スポット」というのは特定の場所や特定のタイミングで照らして効果をあげるものだ。
 知人の発表会とかの手伝いに駆りだされた時など、私はエエカゲンなので「地明かりは常で、生と#78」(舞台全面の明かりは普段使っているセッティングのままで、色なしと濃い青の2色)で済ませて、この場面では、こんな雰囲気、この人を注目させる、というソロ用のスポットライトのセッティングだけ指示したりする。
img068 それで、フットライトというのは最近はほとんどいっていいほど使わないが、特定の俳優を照らすものではない。舞台の先端にあって、なるべく陰影を付けないように舞台全体を明るくするものだ。
 ということは、フットライトをあびるのは、舞台の前に出てくるということなのだ。結果的に注目を集めるわけだが。
 ということで、今後は、本人にその気がなくともs、周囲の状況で注目された場合に「スポットライトをあびる」、本人の行為によって注目される場に出てきた場合「脚光をあびる」と使い分けることにした。
 耐震偽装でにわかにあびたのは、伊藤公介はスポットライト、渡辺無能は脚光という感じだ。
 伊勢崎のジャンヌダルクの場合は「脚光をあびた」でいいかと思ったが、むしろ群馬だけに「馬脚をあらわした」がいいのかも知れない。

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2006.01.20

説得力か納得力か_8

 黒子、あるいは黒衣という人が芝居に出てくる。芝居で死んだことになった人は、黒子が黒布で隠すと、おもむろに起き出して退場する。始めて見る人は異様に思うかも知れない。
 劇場に電気照明が本格的に使用されたのは20世紀のことである。四国琴平の金比羅歌舞伎に江戸時代の劇場が復元されており、現在は電気照明が使われているが、昔ながらの形で芝居を上演したことがある。全身、黒ずくめの人や黒い布は見えなかった。
 見えないということは、ないように見えるということだ。映画のワイヤーアクションのワイヤーと一緒で、存在はわかっていても、「見えない」ことが「ない」ことの「説得力」になっていた。だから対応する「納得力」を観客が持っていた。
 ところが、劇場が明るくなると、黒子も黒布も見えてしまった。それで「説得力」がなくなっても、観客に「納得力」があるために、100年を経過しても続いているわけである。
 普通は「説得力」がなくなれば、「説得力」のある方法に変えればいいのだが、この黒子や黒布に関しては、代わるべき方法もないままに、観客に「納得力」」があるからいいやと、劇場が暗かった時代からあった歌舞伎の場合には続いているのだ。舞台の両側で裏側を隠している黒幕は他の舞台でも使われるし、耐震性能を隠すのに関連しても使われる
 演劇には、ないものをあると伝える、あるものをないと伝える、見えているものを違うものだと伝えることが必要だ。この伝達には「説得力」が必要であるが、観客の「納得力」に依存することがある。これが様式である。

 死んだ落語家の桂枝雀の目標は、「出てきて高座に座ってるだけで、全く噺はしなくとも、客が喜ぶ」ことだった。その枝雀は英語落語を演っていた。落語に対する「納得力」は日本語に依存する。だから、言語を超越した「説得力」を得るためだったのだろうか。でも、彼の目標は、芸の「説得力」ではなく、客の「納得力」だけで喜ばせるという方法だと思う。

 「説得力」と「納得力」で連想するのは市川團十郎だというコメントを別ブログで見た。市川團十郎は、ただいま病欠中だが、すごい人だ。なぜ、すごいかというと、客の「納得力」の喚起力がすごいのだ。
 そもそも歌舞伎というものは、ドラマを描くだけのものではない。ドラマを描くなら「毛抜」は「粂寺弾正」のドラマだ。でも歌舞伎は「粂寺弾正実ハ市川團十郎実ハ堀越夏雄」を見せる必要がある。だからスターが必要であり、襲名が行われる。
 市川團十郎はあまり「説得力」のある芝居をしない人だ、できなかったのかも知れないが。堀越夏雄氏は「市川團十郎」になる前から、将来のポジションに相応しい役を演じてきた。「説得力」がないという自覚はされており、既存の「納得力」の利用に努力された方だ。言い方を変えると「不器用だからカタを守ることに徹する」だ。また「説得力」がないということは、誤解して受けとる人もいないわけである。さらに、市川團十郎実ハ堀越夏雄が、ファンを大切にする極めて好人物だということも知られている。
 そのような積み重ねが、何を演っても「團十郎だから、これでいいのだ」と客が「納得力」を持つようにな状況を作ったのだ。演技における「説得力」のなさは「鷹揚」と評価されている。
 私も馴れない間はドナルドダックみたいに感じた声も、違和感があるだけで不快というものではなかった。だから、馴れればそれが特色だと思うし、今は彼の魅力と感じており、あの声だから粂寺弾正の愛嬌が強調され、「毛抜」が単なるヒーロー物語でなく、コメディとしての魅力を持てるのだと思ってしまっている。
 「毛抜」にはバカでかい毛抜や磁石が小道具に出てくる。かつての観客は、小さいと見えないから大きくしているという「納得力」を発揮していた。本当は小さいと変換する必要があった。彼の「毛抜」では、その大きさをコメディの要素とする「納得力」を持てるのだ。本当は小さいという変換の必要もない。彼は「毛抜」の見方を変えてしまったし、変えた方が魅力ある芝居になっている。
 ここでは「毛抜」を例にあげたが、彼の出る芝居は、市川團十郎でもなく堀越夏雄の魅力を見せる芝居になったのだ。歌舞伎がスター演劇である以上、それは正しい。そして「鷹揚さ」とあわせて、演じる芝居への支配力の大きさから、「スケールが大きい」「骨太な芸格」と評価されている。

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2006.01.05

ヨゴレ

 「ヨゴレ芸人」とか言う「ヨゴレ」って何だろ。
 この手の一部の世界で使われるコトバ、特に一般的なコトバで表現できる場合は、多用するとバカに見える。けれども、この「ヨゴレ」のように一般的なコトバで表現が難しいから使われている場合には便利だ。
 この「ヨゴレ」、最近の用法にどうも違和感を感じたので、ネットでチェックしてみたら、「いじられて」笑いを取る芸人、リアクション芸人という意味で使われているようなのだ。
 私が、従来から思っていたのは、その場での芸じゃなくて、既に持っている特色で、笑いを取る、というか武器にするようなことだと思っていた。つまり、そういう武器を常備していると言えばいいが、逆に脱却できないから「ヨゴレ」だと思っていた。
 だから、上島竜平が「ヨゴレ」を自称していても、出川が言われても、そういう意味だと思っていた。
 また、芸人さんによっては、身体的特徴からイメージが固定してきてしまうと、自嘲的に「俺、ヨゴレ、入ってる」なんて言い方をしているんだと思っていた。
 単に、私が勘違いしてただけなんだろうか。というか、語源は何なんだろう。かつて、関西の寄席芸として流行った「安来節」では、ソロで滑稽な泥鰌救いを踊る役を「ヨゴレ」と言っていたようだが、それが語源なんだろうか。
 そして、現在の用法への由来が知りたくなった。

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2005.12.30

E=Mc^2

 E=Mc^2、有名な式だ。最初に知った時には、そう衝撃でもなかった。それまで、質量は質量、エネルギーはエネルギーと思っていたのだから、本当なら衝撃的なはずなんだけど。おそらく、この式が「実感できる」ものじゃなかったからだ。

 さて、唐突に歌の話である。「お〜ま〜え〜は〜あ〜ほ〜や」という歌詞があったとする。この歌で「あ」と「ほ」の音の周波数の比は一定じゃなくてはいけない。つまり、「あ」と「ほ」の音程は一定なのだ。最初の「お」の音の高さ、つまり周波数を自由に決めるのはいい。けれども、「お」が決まれば、「や」に至るまでの音の高さは決まってしまうものだ。歌というものは、そういうものだと思いこんでいた。
 ところが、浄瑠璃とか「語りもの」の日本音楽を聴いていると、「あ」と「ほ」の音の周波数の比、つまり音程は一定じゃなくてもいいようなのだ。でも、全く勝手というわけではない。音程が変わるのと同じ効果を得られるように、音量やテンポを変えなくちゃいけないらしい。
 単純化してしまうと、「あ」に対して「ほ」を高い音にする代わりに、「ほ」の音程を下げ、音量を上げるという感じである。
 それまで、歌においては、音の高さ、大きさ、長さと間隔というのものは「別物」だと思っていたのが、音の大きさを強さに替えてもいい歌があるらしい。そう感じただけで、ホントかどうかは知らないが、それに気付いた時は、けっこう衝撃的だった。質量がエネルギーに変わるよりは、実感できたし。
 じゃあ、その変換式は、というとワカラナイのだが。

 私が昔に、歌とはそういうもんだと思っていたリクツはヨーロッパ伝来の歌のリクツだ。そのリクツでは、周波数が2倍になる間のうち12の音しか使わずに歌うようなのだ。無限にある周波数のうち、なぜ12だけかというと、複数の周波数を合成した場合の聞こえ方が、周波数比が単純な方が、ヒビキというのがいいかららしい。それだけじゃなく、いろんなリクツがあるんだろうけど、そういうリクツの結果、ヒトリで伴奏無しで歌っても音程というのは歌の基礎なのだ。
 日本の楽器でも、このヒビキのリクツは三味線の調子とかに見られる。ところが、浄瑠璃の場合など、三味線に「つかず離れず」なんて言う。日本の歌にどういうリクツがあるか知らないのだが、ヨーロッパ伝来の音楽でとても大事なヒビキやメロディとは別のものを大事にするリクツがあるようで、その結果、音程が決まっているわけじゃないという歌もあるようなのだ。

 今、日本の昔からの歌を聴いてもいいと思うものは多いし、ヨーロッパ伝来の歌もいいと思うものが多い。中国や中近東の歌でもいいなと思うことがある。そういう古くからの歌だけじゃなくて、最近の歌でもいいと思うものはある。それぞれの歌にどういうリクツがあるのかわからないのだが。
 けれども、明治に、日本にヨーロッパ音楽が入ってきた時には、「うまく」取り込むのは簡単じゃなかったような気がする。
 この時期から出来た歌というのは、何か貧粗な感じがして、聴く気にならないのだ。唱歌、軍歌、歌謡曲の類だ。きっと、日本の音楽とヨーロッパの音楽のそれぞれのリクツを整合させるような「統一理論」が作れなかったからじゃないのかと思う。それとは逆に、日本の歌も、ヨーロッパ伝来の歌も歌えなくても、それでも歌える歌という感じなのだ。だから、自分で歌うにはいいんだろうけど、聴いて感動するようなもんじゃないという気がするのだ。
 演歌とかだと、和風の「だし」も取れない、洋風のスープも取れない、だから味に深みの出ない煮物をキムチで味付けしたような感じがする。
 まあ、茶漬けでいいや、という感じの良さも歌謡曲にはあるだろうし、酔っぱらった時には、ちゃんと味わえるもんじゃなく、軍歌やなぜかよく似たアニソンなんていいのかも知れない。、
 さて、大晦日。「御馳走」は正月に食べることにして、蕎麦ですますかというののが「年越し蕎麦」か。同じように、正月休みに劇場に行くことにして、大掃除の仕上げの「ながら」には歌謡曲がいいのかも知れない。でも、やっぱり、私は、歌番組は観ないだろうな。野球拳がなくなったのが残念だ。

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2005.11.26

トヨタケさん

img020 古本屋の前で、1冊100円で売ってた中に、稽古本が混ざっていたので買って来た。「寺子屋」と「合邦」。たぶん、既に買っているとは思うが、書き込みがないのと、100円ということで買ってしまった。高山書店だと1000円だし。
 お店のおじさんに、浄瑠璃本がちょいちょい出るのか聞いてみたら、たまに出るが誰も買わないとかで、「昔はトヨタケさんが寄ってくれた」らしい。
 この古本屋は越路大夫の住んでいたマンションから徒歩10分くらい。稽古ついでに誰かが寄ったのか、豊竹さんや竹本さんじゃ、誰だかわからない。。。。。そういや、あるトヨタケさんの通勤路にも近い。
 それで思い出したのが、10年近く前の新聞記事の見出しで「鶴澤氏が人間国宝」。当時、団六さんが既になっていたかは忘れたが、順番から言えば、竹澤、野澤のはずで「え?清治さん?」と思ったら淡路の友路さんだった。芸能や文化の記者なら、こういう書き方はしないだろうが、社会面や整理部の記者が書いたのだろうか。ともかくも「鶴澤じゃわからんだろ」と思った。
 元彌ちゃんが逮捕されたらしくて、このページで記事が紹介されているが、「和泉は云々」と書かれている。読んだ当初は「野村」や「茂山」と表記するのと同じような違和感を感じたのだが、よく考えるとこれでいいのだ。もはや狂言師じゃなくてプロレスラーなんだから、「橋本」「小川」が不自然でないように「和泉」でいいわけである。

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2005.11.18

なな?

 「黒子」には意味によって3種の読みがある。「ほくろ」というのは、皮膚に出来る黒い点。「くろこ」というのは、昔、ロゼット洗顔パスタのCMに出ていたアニメキャラクターで白子さんと黒子さんというのがいた。今のオセロみたいなもんだ。そして「くろご」というのが、歌舞伎とかで黒い着物を着て後見とか道具の出し入れとかをしている人だ。
 ところが、この「くろご」をつい「くろこ」と言ってしまう。服部幸雄さんという歌舞伎の研究者の人が、つい放送番組で「くろこ」と言ってしまい、後で、放送局に「ご」と録音してもらいに行ったという話をしていたから、「くろこ」と言ってしまう人は多いんだろう。
 マチガイとわかっててよく言うのは「けしょう」坂の少将。これは、文章で書くときに「けわい」じゃ変換されないんで。「けしょう」と打ってるうちに言うようになった。
 さて、忠臣蔵の「判官切腹」と「一力茶屋」はそれぞれ何段目か。四段目と七段目である。「よだんめとひちだんめ」と答えるが正しいのだろうか。
 「にだんめ」「さんだんめ」・・・「ごだんめ」だから、本来なら「しだいめ」だけれど、慣例的に「よだんめ」と読んでいるのだと思っていた。そして「ろくだんめ」・・・「はちだんめ」だから、「ひちだんめ」でいいはずだ。
 同じように、初代、二代目、三代目・・・ときて、四代目は「よだいめ」、そして「七代目」は「ひちだいめ」と読んでいる。
 こんなことを考え出したのも、この記事がきっかけ。東京の人なので「ひちだいめ」と言わずに「しちだいめ」と言うんだろうけど、お茶では「ななだいめ」と言うと直されたらしい。
 そして、私も、日常会話の中では、つい「ななだいめ」と言ってしまいかねないが、どう読むと聞かれれば「ひちだいめ」と答えるし、「ななだいめ」には違和感を覚える。お茶の世界じゃ、こんな風習があるのだろうか。それとも、リンク先の人の流派だけなんだろうか。詳しそうな人に聞いてみたくなった。

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2005.04.12

ゴルフ中継

 たまたま、点けっぱなしにしていたテレビで、ゴルフ中継が始まった。さんまの番組でも見ようかと点けていたのだが。
 見る気もないのに数分見ていたのだが、全く退屈なので、当然、消してしまった。そして、この退屈さって何かに似てるなと、思いあたったのが「能」だ。
 よく、歌舞伎文楽能狂言と伝統演劇は一緒くたに扱われる。でも、私の場合、歌舞伎文楽は好んで見るし、狂言も好きではないが見るのは嫌だとは思わない。でも、能を見るのだけは勘弁してほしいと思っている。とにかく退屈なのだ。
 単に趣味に合わないということかも知れないが、ゴルフ中継の退屈さで、能だけを退屈に思う理由が思い当たった。
 歌舞伎文楽は興業として成立した経緯がある。だから観客にウケないといけない。一方、能の場合は習うモノだった。そういうことかなと思った。
 たぶん、テレビのゴルフ中継って、自分でやってる人には面白いんだと思う。でも、野球じゃ、「アホー、ボケー」と罵声が飛ぶなかでも動いてる球を打つ。なのに止まってる球を打つのに、周囲に静粛を要求するのか、さっぱりわかんない。でも、やってる人にとっては、それがわかるんだろうと思う。
 たぶん能を見てる人には、私が退屈するだけの場面でも、その動く意味、止まる意味を感じることができるから、退屈しないのかな。そして、私の場合、退屈だから見に行きたくない。それで、ますます退屈になるんだろうか。
 京劇は好きだ。日本での公演はわかりやすい覇王別妃や孫悟空の公演が多いようだけど、わけのわからん演題でも、動きや音楽が楽しめる。老旦が主人公で起伏の少ない演題でも、舞台の緊張感の流れが面白かった。単純に、わかるから、わからないからということではない。京劇というのも、成立こそ清朝の宮廷だったらしいが、その成立経緯には富を蓄えはじめた民衆への興業があったらしい。
 不特定の観衆に伝えよう、感じて貰おう、芸能にそういう意志の有無を感じてしまうのかな。

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2004.11.01

沖縄の蛇

 コンビニに沖縄の三線が置いてあった。売り物ではなくて、沖縄関連のキャンペーンをやっていて、そのディスプレーだった。
 この三線は内地の三味線の元になった楽器だ。
 ところで、1ヶ月くらい前だったかに、津軽三味線を紹介するテレビ番組でこんなことを言っていた。テレ朝系で土曜か日曜の11時過ぎにやってる香取慎吾が司会の番組だ。「沖縄では三味線に蛇の皮を張っていたが、内地には大きな蛇がいないので、猫や犬の皮を張るようになった。」
 これは、間違いではないが、誤解を招くための言い方だなぁと思った。これだけを聞くと、沖縄には三味線の皮にするような大きな蛇がいると思ってしまう。
 確かに「沖縄では三味線に蛇の皮を張っていた」のだが、それは東南アジアに生息するニシキヘビの皮だ。琉球王朝は中国と交易をしており、三線の原形となった楽器も入ってきたし、東南アジア産のニシキヘビの皮も入ってきた。そして琉球王朝にとって、中国の使いのもてなしは重要な行事であり、三線の演奏は琉球王朝の貴族の仕事だった。
 ところが、日本に入ってきた三味線は、琵琶法師などの旅芸人によって演奏されることになった。琉球王朝の貴族なら入手できた輸入品で高価な蛇の皮は、彼らには入手できない。そこらにいる動物を使うしかない。だから「内地には大きな蛇がいないので、猫や犬の皮を張るようになった。」わけだ。
 この間の経緯を無視すると、テレビ放送のような誤解を招く言い方になる。
 ところで、沖縄にいる蛇っって、どれくらいの大きさなんだろうか。ハブというのは有名で被害も大きいが、そんなに大きいとは思えない。
 でも、あの放送を聞いた人で、沖縄には、三線の皮に張れる大きさの蛇がいると思った人がきっといると思う。

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