チガイのわからんオコト
先だって、元佐渡ケ嶽親方というか、元琴桜が亡くなった。佐渡ケ嶽部屋の相撲取りは、「琴」という字が付くそうだ。だから、朝青龍も佐渡ケ嶽部屋に入っていたら琴青龍で、春日野部屋なら栃青龍、片男波部屋なら玉青龍だったんだろう。
その「琴」というのはいかなるモノか。1.8メートルくらいの細長い木製の胴に、普通は13本だが、17本とか、他の数もある、の弦を張った楽器であると、多くの人は認識していると思う。ところが、この楽器は、演奏している人や、かなり重なるが鑑賞機会の多い人は「箏」と書く。読み方は「コト」である。「箏」と書いている人のなかにも、世間では「琴」と認識している人が多いため、一般向けに「お琴、教えます」なんて看板を挙げている人もいる。
最近、書いた文で、この「箏」という単語を使用したのだが、一般向けの文だったので、注釈を入れておいた方が親切かとも思ったが、テーマとは関係ないので、そのままにしておいた。
この「箏」と「琴」は、どう違うか、教科書的にいうなら「箏」というのは「柱によって、弦の振動する長さを固定することで音程を固定する弦楽器」ということになる。ところが、かような楽器で、古くからある日本の楽器に「和琴」というのがある。そういえば、壇浦兜軍記でも、弾くのは「箏」だが、阿古屋の琴責めと書く。なぜだろう。箏、三絃、胡弓の楽器を使うから、総称して琴責めなんだろうか。
そんなこともあるので、下手に「正しくは箏と書く」などと書くと、かえって、正確なところがわかってないってばれてしまうかもしれない。とかく、何かを知ることで、識らないことが増えるというのはよくあるわけで、何も注釈をつけずに、ただ「箏」と書いておいた。
以前に、ある市の教育委員会の用事で、公民館活動を行っている文化団体のリストを見たことがある。そのリストでは分野ごとに。サークルが並んでいた。そして、「お琴・三味線など」の所に、「○琴会」「琴△会」というように「琴」の字を使った団体が載っていた。ところが、このような「琴」の字を使ったサークルは、よくあるのは琴古流という系統の尺八の会か大正琴の会だ。もしくは佐渡ケ嶽部屋を応援するサークルだろう。活動内容を見てみたら、やはり尺八か大正琴で、相撲ファンのサークルはなかった。公民館の現場だと何のサークルかわかっているだろうけど、市全体で集計する段になって、名前だけで、活動内容を見ず、編集してしまっていたからのようだった。「琴」で、こういう勘違いも起きる。


昨年、
下鴨神社の方は、その昔は、ずっと行列を作って移動したようだが、最近は御蔭神社から下の道路まで降りると車で移動し、下鴨神社に着いてから近所を回ってってする。そして本殿に入る直前に、馬に乗った神様に「東遊」を奉納する。
さて、1990年頃だったと思うが「寄席」であった梅田花月が閉館し、新たに「うめだ花月シアター」となって「新喜劇」ではない演劇をやることになった。その舞台での「ミヤコ」の芝居というのが凄かったのだ。主役というわけではなかったが、その表現の幅の広さに驚いた。ディスカウントストアの社長の娘と結婚したために、コンビ名が同業者の称号だったため引退したきびのだんごも出ていたとか、他の出演者は断片的にしか覚えていない。ミヤコのための芝居だったという印象しかない。
それで、フットライトというのは最近はほとんどいっていいほど使わないが、特定の俳優を照らすものではない。舞台の先端にあって、なるべく陰影を付けないように舞台全体を明るくするものだ。
古本屋の前で、1冊100円で売ってた中に、稽古本が混ざっていたので買って来た。「寺子屋」と「合邦」。たぶん、既に買っているとは思うが、書き込みがないのと、100円ということで買ってしまった。高山書店だと1000円だし。
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