今日のヨシ原・昨日の島原(2/20)
チュウヒ、Circus spilonotus。遠い。


ハイイロチュウヒ、Circus cyaneus。遠い。
オオタカ、Accipiter gentilis。遠い。
ノスリ、Buteo japonicus。遠い。歌舞伎の「御存鈴ヶ森」の台詞に「阿波座烏は浪花潟、藪鶯は京育ち、吉原雀を 羽交につけ……」というのがある。
阿波座烏というのは、「阿波座に住むカラス」でも「たまたま阿波座で捕獲された烏」でもない。大阪新町遊郭の冷やかし客のこと。「買う買う」と言いながら群れてるからだとか。
吉原雀というのは江戸吉原の冷やかし客。雀というのは、かしましい町民達を言うことも多いけれど、特に「吉原雀」というのはヨシキリのことだとか。オオヨシキリなんかもっとうるさい。
だから「藪鴬」は京島原の冷やかし客のことだというのは文脈上からは明らか。でも、何で「藪鴬」と言うのかがわからん。
ネットで検索してもわからんので、昨日、用事のついでに現地に行ってみたんで、今日のヨシ原ついでに昨日のシマ原。
島原大門、小暮警視のとこの団長、バビロンの妖怪とともに、三大大門と言われる。ただし、通っても普通の住宅ばかり。路面が石畳になってるのが違うくらい。
、たまに登録文化財だという旅館なんかがある。
角屋、ここが博物館になってるんだけど、しばらく閉館中だとか。問い合わせ電話番号があったんで、学芸員がいるか聞いてみたら、相手が代わって何を聞きたいかというんで、藪鴬のことを言ったら「聞いたことない」。何か資料でもと思って行ったんだけど、閉館中なんでそれで終わり。途中で、3階の廊下の奥に食堂があるという看板があった。面白いじゃないか。そう来る所じゃない、入ってみよう。客が多けりゃテイクアウトもあるらしい。
親子丼を注文する。値段が変わらずに大盛りに出来ると言われたが、どうも嫌な予感がするので、普通盛りにした。
普通盛りでも、量が多い。予感は当たった。それはいいんだけど、「藪鴬」のことは進展なし。まあ、島原の専門家が分からんということが分かったのは、それは貴重な情報だ。昨年の記事では「連子窓の向こうをウロウロしてる様子から」という仮説を書いてるけど、連子窓があるのは確認できた。
そういやウグイスは、江戸時代になって「法、法華経」と鳴くようになった。その昔は「うぐひー」だったんでウグイスになった。室町時代、蓮如の時代は「法を聞け」だった。ところが。藪鴬は「法華経」と鳴かない罰当たりなのだ。そのあたりが由来かな、という仮説も考えた。

15日に撮ったスズガモ、Aythya marila。近所にいないので、見かけたら撮るし、撮ったら載せることも多いのだけど、この時期には必ず見られるということで、記録の意味もあまりない。なので当日には載せなかった。
沖をカモの群れが飛んでて、群れの1/3くらいだけど、ほとんどスズガモ。
ついでながら、24日は天気が良かったので、ちょびっと近場の山際に行ってきた。もうウグイスやミソサザイの囀りが聞こえているけど、シャターを切ったのは遠くの稜線の上を飛ぶおくまさんだけだった。
こちらは人形浄瑠璃から歌舞伎に移された「恋娘昔八丈」で、さらに後の幕末の月岡芳年の絵。黄八丈といえば、黄色地の濃色の細い格子というのが、現在では一般的だけど、錦絵などでは、こういうパターンも見られるようだ。そういう背景もあって、八丈って島じゃなくて織物じゃね、と思ったのが昨年の記事。
23日に撮ったいつものハチジョウツグミ。
なんのこっちゃない「八丈ノ産に非ズ猥ニ名ツクルノミ大サツクミノ如シ赤褐色八丈嶋産スル所紬ノ色ニ能似タリト云ヘリ」とあるやん。
載せ忘れてたけど、先週、地下鉄構内に、なぜか関羽さんがいらした。
しめ縄。
御幣。
「神楽宿」
顔が赤いのは恥ずかしいからではなく、岩戸を開けようと力を入れたからだと思う。
しめ縄が柱にくくってある。
最後に、しめ縄を引く。
前回の焼き場の場面しか記憶に残っていないというのが、秀太郎さんが本水の中で逃げ回りながら殺されるシーンが印象的だったから。今回は、あまりにあっさり殺される。この場面、3人が3様に殺されるわけで、せっかく本水を使うわけだけど、やっぱり正月ってことで、あっさりめにしたのか。
小さな「松三郎改め」の板の付いた「片岡仁三郎」のまねきをバックに本人。

南座に「まねき」が上がっていた。左の「片岡仁三郎」さんのは脇に「松三郎改め」という小さな札が付いているが、下から見たときには気付かず、写真を見て初めて気付いた。8年前に名題試験に合格していたんだけど、この人が抜けると脇役が手薄になって困るのか、この11月に名題披露となり、仁三郎となったわけで、まねきが上がるのは今年が最初ということになる。




そして、この日は、新吉原揚屋の段がやはり文楽的。千歳さんも演劇的な語りではあるのだが、義太夫として演劇的。そういや千歳さんは、いい悪いというのではなく、何か時に「一生懸命感」が気になることのある人だったのだが、楽に聞けた。
さて、このハナシは、おのぶの奥州弁というのがひとつの趣向になっている。当然に、本当の奥州弁ではなくて、作られた当時の人たちの奥州弁イメージを戯画化したものなおだが、その表現がそれぞれに違う。 咲さんは戯画化したという表現。咲甫さんもそういうつもりだったのか。千歳さんは「わからなさ」を強調。嶋さんは音楽的というか、大阪弁ベースの義太夫に異なった旋律を持ち込んだ感じで、詞の意味はわかりやすい。それぞれのシーンの違いもあるんだろうけど。そして、文雀さんが、何気ないトコロで、おのぶがマジメに動いているのだが、見ていると何か面白いという所を見せていたが、これも、おのぶはマジメに喋っているのだが面白く聞こえるという、当時の趣向の、人形としての解釈なんだろうなとも思う。
その「琴」というのはいかなるモノか。1.8メートルくらいの細長い木製の胴に、普通は13本だが、17本とか、他の数もある、の弦を張った楽器であると、多くの人は認識していると思う。ところが、この楽器は、演奏している人や、かなり重なるが鑑賞機会の多い人は「箏」と書く。読み方は「コト」である。「箏」と書いている人のなかにも、世間では「琴」と認識している人が多いため、一般向けに「お琴、教えます」なんて看板を挙げている人もいる。
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