22/06/2010

自炊をはじめた

 紙媒体をスキャナー等で自分でデジタル・データ化して、電子書籍を作成することを「自炊」というらしい。その「自炊」とやらをやってみることにした。
 さて「自炊」には手間がかかる。その手間以上に効果がないと意味はなさそうだ。それで選んだのがこの2冊。ともに袋とじの本で、裁断せずにばらせ、ばらした後は裏写りとかを気にせずにスキャンできる。
巡礼歌乃段 まずは、竹中清助版の阿波鳴門八「巡礼歌乃段」である。なぜか数冊あるんで安心してばらせる。著作権は切れているのでテキストデータはネットに公開されている。にもかかわらず電子書籍化しようというのは、その独自のフォントで読むことにも意味があるからだ。さらには、度々、見かえすことも多いだろうと思うからだ。ちなみにフォントの作者は鶴澤清七こと前田虎之助で没年は1920年7月29日なので、電子書籍化した後に頒布しても大丈夫だと思う。ということは、これを電子書籍化することで、他の人が同様の本を自炊したのをいただけることも期待できる。
 すでにテキストがネット上にあるということは、OCRの必要がないわけで、そちらを透明テキスト化して組み合わせることもできるわけである。ただし、この明治期の版に対し、公開されているテキストでは不都合な語彙が改訂されているという問題はある。

私刑類集  もうひとつは宮武外骨編集の「私刑類集」。糸綴じなのでばらしやすい、袋綴じなのでスキャンしやすいというだけで選択。実は入手してまだ読んでない。たぶん紙質のせいで電子書籍化した方が読みやすいので、読まない心配はない。友人・知人に興味を持ちそうな人もいるし。

巡礼歌乃段 
 「巡礼歌乃段」をばらした所。ほとんどスキャナーの読み取り画面と同じサイズなので、あとは、開いた時間にでもスキャンしていけばいい。

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31/05/2008

獅子唐で越後獅子を思い出す

 Fully care,car was to become Ms.note.無意味というか意味不明なフレーズだ。「充分な注意の元、車はノートと渾名される女性になるべきだった。」とでも訳せばいいんだろうか。
 ところが、日本人の中には、このナンセンスなフレーズを聞いて、静寂を感じ、自然を感じ、おかしみを感じる人さえいる。
 言語そのものは単なる記号や空気の振動で、その言語と概念が結びつくから、思考やコミュニケーションのツールになるわけである。そして、コミュニケーションのツールとなるには、その相互間で、言語と概念が同じように対応している必要がある。
 ところが、意味不明なフレーズを聞いて静寂を感じる人もいるわけである。「三尊の弥陀は?」」を「三百にまけぇ」に、「あかんべえ」を「目の下にあり」と解釈するようなことは、言葉を使ったって起こるのである。
 そういや、先日、旅芸人の公演を「越後獅子みたいなもんなんですよ」と評した文に、「長唄や地歌のならいいんですが、美空ひばりのですからねぇ。」という趣旨のコメントをした。後で気付いたのだが、このコメントって、長唄や地歌よりも、美空ひばりが劣ったものだという意味に取れる。
 このコメントを交わしている両人は、熱心なファンではないが、歌舞伎の主要演目くらいは見ている。だから、長唄の「越後獅子」の内容が「旅芸人が郷里や残してきた妻を懐かしんでいる」ということは当然知っている。一方、美空ひばりの方の「越後獅子」の内容は「子供が無理矢理に芸をさせられて泣いている」わけで、一般的には「角兵衛獅子」の方が通りがいい。
 なので、旅芸人の公演に「越後獅子」としか書いてないので、一瞬「?」と思い、それで、子供の健気な芸しか見るべきものがない公演という意味かと思いあたり、「大人の旅芸人ならいいけど、子供の芸で売ってるからねぇ」と同意しているわけである。けれども、長唄や地歌の「越後獅子」と美空ひばりの「越後獅子」の内容の違いを知らなければ誤読をする方が自然だろう。わざわざ「塊」を「魁」に勝手に変えるなどの手間をかけなくてもいい。
 さて、このような誤読をして、「オマエラは文化の相対化をしているようなことを、以前に言ってたけど、ちゃうやんけー」と文句を言った美空ひばりファンがいたとする。問題は誤読をした方にあるんだろうか、誤読をされても仕方がないような書き方をした方にあるんだろうか。

 2・3年前だけど、その頃に急に増えたblogの言説を見ていて、このblogで、考察というか愚痴みたいなことを書いていたのだけど、最近、当時と同じようなことをよそのコメント欄で書いたりで、そこらがロード・オブ・ザ・ループというかテンプラ既視団なんだが。
 その以前に書いていた際に、ネットというのは古池じゃなくて「大海でもあって、井戸でもある」みたいなことを書いていた。誰でも見られる「大海」であると同時に、かなり特殊な場も作れる。周囲から一笑に付されるような陰謀論や珍説だって、「一笑に付す」周囲を飛び越えて、支持者どうしで結びつくことが出来るわけで、結果、勝手に一般化しちゃって「皆さん、そう思ってる」なんて思いこみが作られたりする。
 そこまでいかなくても、語彙、さらには論理や美意識や嗜好なども共有している間でコミュニケーションをとっていた方が効率的だ。近代史について考察を行う、情報を共有しようとしているトコロに、異論は歓迎できても、マンガと匿名掲示板の情報だけでわかったつもりになってるようなのに来られても邪魔なだけだ。そんなわけで「大海」であっても「参入障壁」を作って、ある程度に井戸化した方が、合目的なのである。
 「むつかしいことをむつかしく言うのは誰でも出来る。むつかしいことをわかりやすく言うのがアタマのいい人」なんて言葉があるが、たいていのことは、やさしく言うにも限度がある。「シュレディンガーの猫を安倍晋三にわかるように説明する」なんて不可能だ。
 ともかくも、かつても書いたが、世の中には、微バカ、軽バカ、弱バカ 、中バッカ、強バカ、烈バカ、激バカ、ミジンコバカにネバーエンディングバカと、世に様々なバカがいるわけで、このblogだって、自分より軽度のバカに見られても恥ずかしいし、はるか上空の自覚症状もない程のバカにわかるように書くのも無理だ。なのでアクセスが増えても嬉しくないし、むしろ場末感がいいし、自ずと「読む上での前提」が作られており、参入障壁となっている。
 参入障壁があるのに気付かずにぶつかる。こういう誤読はありがちだ。この文だって、辞書に載ってない、辞書と語彙が違う単語がいっぱいだし、その意味がわかる人向けに書いている。誤読して文句を言って来たら、大海にもいるわけだから、誤読だという説明はする。でも反省はしないし、誤読する人は読者として想定していませんとしか言いようがない。所詮、井の中だもの。みつお。
 ショミンの立場だの、世間だの、広く訴えるなんてトコや、ランキングに参加したりでアクセスを増やしたいなら、つまり、大海にいるつもりなら、誤読されないように書くべきだろうけど。

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31/03/2008

三択から二択に

 このblogは、niftyのココログというシステムを使っている。それでココログを使っている人にしかわからない話かもしれない。
 ココログで記事を書いたりのためには「管理ページ」に入る必要がある。さて、この「管理ページ」内で、操作がスムーズに反映しないということがある。画面が切り替わらない、はては止まったままになる。
nttnavi待ち そういう時の画面が左だ。下の方に「ad.nttnavi.co.jp を待ってます」というのが出ている。つまり、ココログの管理ページには、「ad.nttnavi.co.jp」から転送される1行が挿入されるのだが、それが表示されないために、この画面のまま止まっているわけである。この「ad.nttnavi.co.jp」のサーバーに欠陥があるのか、回線に問題があるのかはわからない。
 以前から、niftyには「ad.nttnavi.co.jp」の欠陥が是正されるまで、読み込みを止めてほしいと要望しているのだが「今後のサービス提供における検討材料とさせていただきたく存じます。」という回答が来ただけであった。
 今日のエントリを書こうとした時も、この状態になった。さて、明日から携帯電話のキャリアーを変えなければならない。どこでも大差なかろうから、店に行ってから決めるかと思っていたのだが、この「ad.nttnavi.co.jp を待ってます」で止まってしまった画面を見ていて、「nttnavi.co.jp」のグループ会社のNTTドコモには絶対にしないぞ、と決意したところだ。

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04/11/2007

アルファ・ブロガーになった

X-7のCM かつてミノルタのX-700というカメラを使っていた。以前にも触れたが、このCMのせいということにしている。正確にCMの機種ではなく、その後に出た上位機種だが。
 CMだけが理由じゃなくて、Nikonのは何か大層だし、オリンパスOMシリーズは軽くてブレそうということで、手頃で扱いやすそうだったというのが実は大きいのだけど。
 写真を撮るのが趣味というより、資料収集とか記録用という意味が大きかったから、いろんな条件で撮らなきゃならない、だからレンズを複数用意しないといけない、すると本体の他に複数のレンズを持ち歩くとけっこうな大荷物になる。
銀塩カメラ それで、日常のちょい撮りやスナップとか用には、フルオートのコンパクトカメラを使うようになった。最終的に使っていたのがオリンパスの「μ」というシリーズで、「フルオート、小型軽量、リモコン付、生活防水」という条件で選んだものだった。雪上ハイキングとかじゃ、この条件が威力を発揮した。

 90年代後半からデジカメを使い出したが、当初は493×393くらいだった。97年に640×480のに、2000年に1600×1200になり、この頃からフィルムのコンパクトカメラは使わなくなってきた。この頃、使っていたデジカメはキヤノンのだったと思う。2005年半ばまでは、IXYシリーズの2048×1536くらいのを使っていた。このblogの写真も当初はそれで撮っている。
 このくらいの解像度だと軽オフの製版にも耐えるので、フィルムのカメラ自体をほとんど使わなくなった。
 ところが、以前にも書いたが、2005年にデジカメが壊れた時に、やっぱり生活防水がほしいということで、オリンパスのμデジタルに変えた。2560×1920のものだ。現在もμシリーズで、防水性能と耐ショック性能が上がって、大きさが6割程度になった3872×2592のやつだ。
デジカメ 一方、やはりコンパクトカメラじゃ間に合わないこともたまにある。フィルムのカメラを持ち出してきても、使う機会が少ないとカンが働かないのでボケてしまう。それで、レンズ交換可能なデジカメも用意することにした。
 今さら「白い恋人」や「赤福餅」を買う人もいないだろうし、偽装のキヤノンは除外。製品で偽装していたわけじゃないが、耐震偽装する人は頭髪を偽装していても不思議じゃないし、耐震偽装のアパグループのマンションの温泉に国の指針の八千九百倍のレジオネラ属菌が検出されたなんてこともあったし、偽装関連銘柄は避けるのが賢明かと思ったわけだ。
 Nikonもオリンパスもデジカメだと大きさは大差ないけど、結局、ミノルタの後継だということでSONYにした。宮崎美子のインパクトはすごかったわけだ。でも、もうXじゃなくて、αシリーズというやつだ。ということで、かつてのフィルムのカメラの後継どうしの組み合わせになったわけである。
 フルオートで撮影できるけど、マニュアルにも出来るんで、そのカンのためにと、いくら撮ってもフィルム代もDPE代も不要なので、必要もない写真を撮っている。このblogでも、カエルシリーズの写真はほとんどμだが、野良鳥とか最近に載せている写真にはαのも多い。
 なので、αブロガーと名乗ってもいいだろうか。μブロガーでもあるが。

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21/07/2007

南極4号・鑑識眼テスト

 ちょっとよそ様のblogっぽい記事。
 ひとつは、船の名前を公募しているという話。4代目の南極観測船の名前を公募するようだ。
 船名は、名所旧跡の名称をひらがなで付ける。名称の前後に、第二、新、号、丸などを付けない。という条件があるらしい。なので「金鵄丸」はダメらしい。

テスト結果 もうひとつは、フラッシュを使ったゲームというか、本物とフェイクを見分ける鑑識眼のテスト。やってみたら、85点だった。画像では正解が出ているのでモザイクをかけている。もう1問正解すれば、トップランクだったのだが、2番目のランク。
 骨董屋の小僧には、鑑識眼を養わせるために、本物だけを見せ続けるそうだ。本物しか見たことはないのだが、その数が少ないから上のランクに行けないのか。

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02/02/2007

機械の性能を錯覚したい人

 Yahoo!ブログの「転載機能」は、私にとっては、不思議であり、バカみたいな機能だと思った。けれども、そのアホな機能を備えたYahoo!ブログと、このblogは、ネットの上で繋がっているわけであり、クリックひとつで行き来できるわけである。なので、アホかだけですますわけにもいかずに、自分の判断とこの機能を作ったYahoo!ブログの中の人との「分岐点」はどこかと考えたのが、先日のエントリーだ。
 その結果が、著作物への考え方が違うんじゃないかということだった。この差というのは、ネット上に著作者の権利についても、従来の著作者人格権を歪めたような「人格権」と捉えてしまうことが多くなっていることとも関連しているのではないか、ということだった。
 それに対して、同じく「転載機能」を不思議な機能と思ったロジックな姉さんがTバックを送ってきたのは、blogコミュンケーションでは「議論」や「意見交換」ではなく「共感」だけを求めているからだろうというハナシだった。
 blogを書いている人がいる。書く機械と言っては何だが、機械によって著作物という製品が生産されたとすると、機械と言っては申し訳ないが、機械と言ってごめんなさいね。製品の批判的検証によって機械の性能向上に頑張ってもらうことで、よりよい製品が作られるというのが、従来の考え方だ。
 ところが「製品への批判は機械そのものへの否定である」という考え方を、ネット上でしばしば見かける。
 「なぜならば」売ることを前提としない製品は改良の必要がない。機械の性能向上ということも考えないから、というのが私の仮説であり、「そうだから」機械の性能が充分に高いと思いたいために、互いの自分の製品の宣伝を、ただ、しあってるんだろうというのがロジックな姉さんのハナシを受けての仮説だ。ヤフーblogのファン登録とか、はてなのブックマーク数をひたすら集めるというのも、この錯覚の効果的な材料になっているんだろうな。
 この「錯覚による現状肯定」というのは、いつぞやも書いたようなことがある「勝ち組@元祖」と似たような病理なのかとも思う。そして、どうしても錯覚が得られないほど、悲惨な部分があると「不完全でもいいじゃないか、人間だもの」思考に陥ったりするわけである。
 Yahoo!ブログの「転載機能」という不思議な機能、争点が噛み合ってない論争や揉め事、こういうネットに漂う「やや不思議な傾向」の言動というのは、「典型的な症例の人」に遭遇することで、「こういうことなのか」と思いあたることが多々ある。なので、コミュニケーションと文化についての「勉強」になることも多い。しかし、その「典型的な症例の人」というのは、書いていること自体は無意味なことが多いので、別に読みたくもないし、さらには遭遇もしたくない。でも、反応は観察はしたい。勝手なもんである。

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22/01/2007

ポリシーのサンプル

 昨日にも触れたが、世の中には「他人が勝手にして何ら問題のないこと」を、あえて「お断り」とか書く間抜けなポリシーを掲げるサイトがある。
 そこで、「他人が勝手にして何ら問題のないこと」を「お断り」とする「リンクポリシー」の実例を作ってみた。世の中には、たぶん、リンクされることよりも批判されることを嫌がる人の方が多い。そこで、批判されたくない人用である。○○の部分はサイト主の名前。もちろん、サンプルであって、このblogのポリシーではない。

 このWEBサイトは、○○が開設し、管理・運営しています。○○WEBサイト(以下「当サイト」とします。)ご利用に際し、以下のサイトポリシーをご熟読いただきたくお願い申し上げます。また、当サイトのポリシーは更なる改善の必要性に応じて予告なく改訂する場合があることをご了承ください。

批判について

当サイトへの批判は、原則お断りいたします。特に以下の批判は固くお断りいたします。

● ○○の意見・主張への反論、信用を毀損するおそれがある批判
● 公序良俗に反する内容を含んだサイトとの批判
● 違法なコンテンツを掲載したり、違法な活動に関与した、または関与した可能性のあるサイトとの批判
● アクセス稼ぎ活動もしくはファン獲得を目的とするとの批判、またはそれらの準備を目的とするとの批判
● 転載やその他の方法で、他のコンテンツであることが不明との批判
● サイトの意見・主張が不明、またはダブルスタンダード等により主張しているとの批判、あるいはウケウリで書いているサイトなどの批判

また、当サイトを賞賛するサイトであっても、○○ならびに取り巻きグループ以外による運営サイトである場合、そのサイトを運営する個人・団体との特別な関係は無いとともに、当該サイトを○○が推奨するものでもありません。


 こんなポリシーのサイトって、ポリシーとして公表はしていないけど、ありそうだな。

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23/12/2006

間抜けな架空請求

 SPAMや架空請求は無視するんだけど、あまりに笑えるのが来たので、お裾分け。

From: post.in.-mail.box@forest.ocn.ne.jp
Subject: 緊急告知-重要なお知らせ
Date: 2006年12月23日 4:32:58:JST
To: <略>
Return-Path: post.in.-mail.box@forest.ocn.ne.jp
Received: by <略>; Sat, 23 Dec 2006 04:33:06 +0900
Received: from smtp.forest.ocn.ne.jp (forest.ocn.ne.jp [60.37.40.138])by <略>; Sat, 23 Dec 2006 04:32:57 +0900
Received: from PC (bmdi7003.bmobile.ne.jp [202.32.97.3]) by smtp.forest.ocn.ne.jp (Postfix) with SMTP id 913454C93 for <略>; Sat, 23 Dec 2006 04:32:55 +0900 (JST)
<略>
X-Mailer: Microsoft CDO for Windows 2000
<略>

当社はトップシークレット東京本社と申します。
一般的な個人情報リサーチ会社をはじめ探偵事務所、
特殊調査事務所などを全国ネットで運営しております。

当社は貴方様の素行調査依頼を受け
依頼主からの情報を元に指定された25日間にわたり
昼夜問わず交友関係、異性関係をはじめサラ金及び借金関係や
細かな身辺情報に至るまで
貴方様の行動や私生活全般におよぶ素行調査を実施いたしました。
しかし当社が素行調査を終えた段階で
依頼主の本当の調査依頼が目的が判明しました。
突然の事で驚かれると思いますが貴方様の今後の生活に
支障が生じる重要な話をさせて頂きます。

依頼主は貴方様に対して社会的制裁や精神的苦痛を与える事と
あらゆる手段で貴方様にダメージを与えたいという
目的である事がわかりました。

通常ならば素行調査が終了すれば調査報告書を
依頼主へ提出するはずですが
しかし本件のように調査依頼目的に問題があると発覚した場合は
当社で慎重に検討したうえで依頼主へ提出しています。

当社は調査依頼を受けた以上調査会社としての
任務及び責任を果たすため
本件の場合につきましても従来通り調査報告書を
依頼主へ提出する義務があると考えますが
しかし前記に述べた通り依頼主の調査依頼目的が
貴方様に対する悪意または嫌がらせが目的であるという事が
判明したことにより
本件の場合は従来通り調査報告書を依頼主へ提出する事によって
依頼主の嫌がらせ目的を当社が幇助する形になる事は
当社及び系列会社も含めグループ全体の経営理念に
そぐわない上に貴方様の赤裸々な身辺情報が
全て外部に流出することになり
貴方様の立場や私生活全般に支障が生じる重大な問題または
事件に発展すると判断しました。
従って本件の場合につきましては特別な措置をとらせて頂き
今度は貴方様にお知らせいたしました。

当社の意向としましては本件を従来とおりの形で
依頼主へ調査報告書を提出することは誠に不本意であります。
そこで本件については調査費用を依頼主に返金することで
調査依頼を白紙に戻す方向で和解を進めさせていただき
そして貴方様に関する素行調査を実施した際に当社が出費した経費を
貴方様に負担して頂きたい次第です。
貴方様が当社の意向に同意して頂けるのであれば
記載の合計金額を12月29日(金)までに
下記の指定銀行口座へお振込みください。

人件費 当社負担
車両費 33,600円
交通費  8,350円
通信費 13,980円
合計  55,930円

貴方様のご希望があれば振込完了後に
調査報告書は写真を含めメールにて送信させて頂きます
調査報告書は情報という性質のため先渡しは出来ません。
また依頼主の個人情報は一切公開できない事を御理解ください。

誠に勝手ながら貴方様からの振込がない場合は
当社の意向に同意できないと判断させていただきます。
その場合は従来通りの形で調査報告書を依頼主へ
提出させて頂く事になります。
当社が依頼主へ調査報告書を提出する事により
赤裸々な身辺情報や写真などが外部に流出することも含め
貴方様の私生活に支障が生じたり問題やトラブルが発生しても
当社は貴方様に対して一切責任を負う義務がないことを
予め御了承ください。

株)トップシークレット東京本社
東京都新宿区西新宿2−3−4
代表 0120−042−043(AM10:00〜PM6:00)

代表取締役 原田 雅司

振込先)新生銀行 本店(400)
    普)1443250
ハラダ マサシ


 25日間にわたって「行動や私生活全般におよぶ素行調査を実施いたしました」けれども、氏名はわからなかったらしい。
 送られて来たメアドは、webサイトに使っているもので、本名が記載されているんだけど。
 法人名義の口座のない株式会社というのも面白い。調査会社の下請けとかにした方がリアルなのに。
 bモバイルから、発信しているということは、発信元の方には気を付けているんだろうけど、文面が間抜けすぎ。

 ところで、このエントリーは著作権違反だろうか。

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19/12/2006

アホな機能じゃないかも

 ヤフーの囲い込み機能、「転載機能」が問題になっているのはチェーンメールもどきの使い方をする人がいるからだが、それとは無関係に思ったこと。
 私は法律に関しては素人であり、著作権に関してもよくわかっていない。だから、かなりイイカゲンなとこもあるけど、検証は後回しで。
 かつて、一般の人が目にする著作物というのは、ほとんどが商品価値を持っていた。ところがネットの普及によって、商品価値のない著作物を目にする機会が飛躍的に増加している。
 日本の著作権法は「文化の発展に寄与すること」を目的として、そのために公正な利用に留意しつつ、権利の保護をするものらしい。つまり、著作物の価値の共有のために、価値ある著作物の創作や公表のインセンティブとして、権利を保護すると読める。異論があるのは知ってはいるが。
 だから、論評等のために利用することは、文化の発展のために必要だから認められ、著作権者の権利を横取りするような利用は認められていない。というのが私の理解だった。「引用」における出所明示や引用著作物の扱いは、そのための形式的基準であり、あくまで、ケースバイケースで判断されるものだと。
 著作物というものが普通は商品価値を持っていたということは、著作者の権利というのは、得るべき利益で代表されていると考えれば、わかりやすかった。このblogでも、DVDの感想とかの記述に際し、ジャケット画像を使うのにアフェリエイトにリンクしたり、キャプ画像を載せる場合にも「権利者の利益」を損なわないように扱ったり、「言及のために必要」以上の対応を、一応はしている。
 つまり、著作権の所以をインセンティブと捉えるということは、ユーザー側というか再利用する側にとって、公正な利用にあたるかを、その目的と著作物の商品価値への影響を考えることで判断しているところがある。
 なぜ、著作権の侵害が親告罪になっているかは、ばれなきゃいいということではない。レイプは常に犯罪であるが、犯罪を告発することで、さらに被害を受ける、つまり、セカンドレイプの所以で親告罪になっていたと思う。ところが著作物の無断使用は、常に、権利者の利益を侵害することにはならない。例えば、CMソングを勝手に使うことは、むしろ利益になることもある。その是非の判断は、権利者に委ねることしかできないからだろう。
 以前にも書いたことだが、日本のアニメの世界での市場は「違法コピー」によって形成されたところがある。結果論になるが、市場がない所には、そのコピーによって侵害された「権利者の利益」は存在しなかったわけで、市場が形成されることで、後に他の権利者が利益を得るというヤヤコシイ経緯があるわけで、「違法行為」であっても、マクロに見れば、結果的に「不法行為」ではなかったわけである。
 さて、ネットに公表されている著作物には、それ自身に商品価値のあるものは少ない。ほとんどはタダだから読まれているわけである。それどころか、お金を払ってblogを開設している人も多い。彼らはなぜ書くか、読んでほしいからである。こういう著作物は一種の「財産」であっても、経済的価値として考えるのは難しい。さらに、こういう人の多くは「好意的」に転載してくれるのは歓迎し、「批判的」に転載する場合は「権利の侵害」という意識を持つようであり、一種のというか極めて特殊な「人格権」と思われているようだ。
 このような構図は、ネット以前にも例はある。日本舞踊の公演には、歌舞伎俳優が行うものとどこかの教室が行うものがある。前者はお金を貰って踊るし、後者はお金を払って踊る。観客は前者にはお金を払うが、後者は払わないし、お菓子のひとつもお礼に貰える。そして、後者は、どんなに下手糞でも褒めるというマナーが存在する。
 ヤフーの「転載機能」は、機能はオフにできるということで、権利侵害に関する問題は回避できる。前エントリーで「アホな機能」と書いたが、「ヤフーblogの個々の記事には商品価値がない」「ヤフー利用者間では好意的な言及のためコピーされる」という2つの暗黙の了解があるならば、充分に「利用者へのサービス」となるわけで、アホなとばかりは言えないのだと気付いた。少なくとも考案した人には、こういう暗黙の了解があったのだろう。利用者もその暗黙の了解を受け入れていれば「便利」なのだ。
 さらには、この「暗黙の了解」というのは、何もヤフーblogだけのものではなく、ネットの世界にはよく見られるように思う。
 著作者の権利の所以をインセンティブに求める、その前提である著作物の商品価値はほとんど存在しない、さらには「文化の発展に寄与する」上で重要な批評性も、否定的に考えられがち。こういう状況のもとでは、従前の著作権についての考え方とは、その前提が全く違っていることになる。
 ネットには、その技術的な発達の経緯から「ネットに載せた時点で、個人の権利が及ばない公共物」という思想を典型とする、一般の著作権概念とは異なった考え方もある。しかし、「転載機能」にあるのは、こういう古典的な「前提の違い」とは別の、「著作の価値低下」による「前提の違い」なのではと思うのだ。
 だから、どうだってことはないのだが、ネット上での著作権に関する意見を読むには、こういう「世界観」のことも考えないと、理解は難しいんだろうなと思ったので。

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22/10/2006

リンク許可、お断り

 私が別に設置しているwebサイトに「被リンク」ポリシーがある。正確には「被リンク」ではないのだが。
 たぶん、7・8年くらい前の話だが、あるカーナビソフトの会社からメールが来た。私が作っていたwebサイトに、そのカーナビシステムから「リンク」したいので許可してほしいということだった。
 そのカーナビのシステムがどういうものかわからないのだが、何か怪しい気がした。「リンク」するのに許可など不要なのに、なぜ許可を求めるのかということだ。カーナビの端末にどういう形で表示されるのかもわからないし、おそらく、通常の「リンク」ではなく、許可の必要な利用の仕方だろうと思い、断った。その後も約1年毎に、数回にわたり「リンク」の許可願いが来たが、同様に断った。
 結局、どういう利用の仕方をしたかったのかはわからない。けれども、その会社は、2003年には地図の著作権侵害でゼンリンに提訴され、2005年に侵害を認めて和解金を支払っている。勝手に利用しちゃいけないケースでも利用してる会社なのに、わざわざ許可を求めてきたのは、おそらくは、勝手にしていい通常の「リンク」じゃない利用の仕方だったという推測は的はずれじゃないと思う。
 それ以来、「リンク」の許可願いには、原則として、お断りの返事をしている。通常の「リンク」なら勝手にすればいい。GoogleもYahooも他のリンクも皆、勝手にしている。なのに、許可を求めて来るのは、通常の「リンク」ではなく、例えば自分のフレームの中に表示して、自分のコンテンツのように見せかけるなど、勝手にできない「利用」を考えている可能性があるからだ。
 利用したいなら、どういう利用か依頼してくればいいし、その場合はたいてい許諾している。しかし「リンク」許可のお願いでは、利用の仕方がわからないから、許諾しないのだ。

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