急行電車2
国鉄・JR最後の定期「急行電車」の「きたぐに」の以前に撮った写真が出てきた。
さて、国鉄・JR最後の「急行電車」が「きたぐに」なら、最初は、というとやや話がややこしい。鉄道省の時代から「急行電車」は走っていたのだが、これは急行料金が不要で、私鉄の特急や急行のような存在で、今の「新快速」の前身だった。それで、急行料金が必要な、いわゆる「急行列車」が電車で定期的に運行されるようになったのは、1960年6月の急行「せっつ」からだそうだ。
で、たぶん20年以上の前の、関水金属製のNゲージの模型。後に、右側のタイプの正面窓の低いタイプも発売されたけど、当時は、左側の正面窓の高いタイプしか発売されてなくて、GMというメーカーから発売されてた皇室用電車のキットの正面の部品にすげ替える、という当時の定番加工をしている。
さて、この模型だけど、当時の急行「せっつ」を再現しているわけではない。そもそも1960年時点では、正面窓の高い方はまだなかった。実物と模型では現れた順番が逆だ。そして、急行「せっつ」は1964年に廃止されているが、このタイプの電車にクーラーがついたのは70年代以降。なので、屋根の上のクーラーは不要になる。
それで、クーラーのない時代の「急行電車」を作ろうと買っておいた模型の加工をはじめてしまった。製品にはせっかくクーラーが付いてるのに、外してしまうのもナンだけど、自分が乗るわけでもないのは所沢の市長と同じで、その昔の「急行電車」が華やかだった時代がそうだったので。
で、クーラーを取り去ったり、のっぺらぼうの屋根部品に通風機用の穴を開けたりして、グレーに塗った。




えいでんの電車はマーキングを入れた。このマーキングだと台車が違うので適当なのを探して換えないといけない。
模型の方は基本塗装まで。何色のラインにするか、旧塗装にするか決めないといけない。
部品が10個程度なので、すぐに組み上がるけど、やたら薄い板を使ってるんで、扱いにくい。
とりあえず、正面上部も組み立てたが、ぴったりとはいかずに、後でハンダを盛って整形しないといけないし、下部も平滑にしないと。
薄い素材で、扱いに気を遣うが、ここまでは簡単。
雨続きで、あいた時間に外に出るのも面倒なので、放置してあったNゲージ車両のキットのうち、手間がかからなさそうなのを組んでみた。オヤ31、車両限界測定車。測定用の棒がいっぱい出てるんで花魁車と言われてるらしい。ヨシ原に通えないので、代わりに花魁車というわけではないのだが。
コンビニとかで売っていた電車の玩具で、モデルは今の叡山電車、元の京福電鉄のデオ300。
それで、電動化などパーツを交換してちょっと加工してみた。もう1台あるんで、そっちはもうちょい加工度をあげるつもり。
ノースアメリカンB-25Bミッチェル。最近に増えた食玩のひとつ。あまり加工する気もないので、説明の通りにシールを貼っ付けた。
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